第6話


「食べた」

「太ったな」

「雄一の子ども」

「……俺が悪かった」

「よろしい」


 友梨佳は満足そうに腹をさすりながら歩いていく。

 食べ放題は二時間コースだったのだが、こいつ休みなく山盛りをずっと食べ続けていたな……。

 店に出禁を食らわないことを祈るばかりだ。


「でも雄一……勝手に私の分まで支払った」


 腹をさすり終えた友梨佳が、不満げにこちらを見てきた。


「そりゃあな。……婚姻届と一緒にちらつかせられたくないしな」

「別にそれは冗談。普通に、雄一におごろうと思っていたのに。これでも稼いでいる方」

「みたいだな……なんかまた新曲がめちゃくちゃ売れているとかそんな話があったよな?」

「……まあ、あれは握手券もついていたから。私は歌だけで勝負したかったのに、なんかつけられた」

「……そうなんだな。でも、ひとつのCDを売るだけでもたくさんの人が関わっているんだ。少しでも売れるようにしたかったんだろ?」

「……うん、分かってる。だから、次はもっと頑張る」


 友梨佳は不満げであったが……そういった世界を多少見てきた俺には色々な事情があるんだろうというのはよくわかる。


 CD一つ販売するだけでも、色々な人がかかわる。CDのジャケットを書く人はもちろん、それらを増産する人たち……。

 さらには、CDを並べる店舗などなど……。一つの品物が店頭に並ぶまでには、多くの人の生活がかかっている。


 友梨佳もそういった部分を理解しているようなので、問題はないだろう。


「そういえば……新曲聞いた?」

「ラブソングなんだってな」

「うん、ある人を想って作った」

「そうか。その人は幸せものだな」

「よかった、幸せ感じて」

「……」


 やっぱり俺なのね。今は仕事中だ……気にしない、気にしない。

 暗くなった夜道を歩いていき……絶えずついてくる男に俺は小さく息を吐いた。

 ……友梨佳に伝えるかどうか迷った。


 伝えた場合、もしもの場合に対応がしやすくなる。だが、同時に精神的な負担をかけてしまう。

 伝えなかった場合、緊急時の対応が難しい。だが、うまく対処できるのなら、驚きは一瞬で済むだろう。


 ……冷静に分析した結果。俺は、友梨佳に伝えることにした。


「友梨佳、誰かにつけられている」

「……つけられて、る。もしかして、脅してきた人……?」


 友梨佳の表情がひきつった。みるみる顔が青ざめていき、元気がなくなっていく。

 ……友梨佳にこんな表情をさせる奴がいることが腹立たしい。

 だが、友梨佳は……ただ怯えるだけの子じゃない。俺は彼女の手をぎゅっと握りしめた。


「安心しろ。必ず守ってやる」

「……雄一」

「傍にいてくれれば、安全は保障する」

「……うん。分かってる。雄一も……こんなこと頼んでいるけど、ケガ、しないでね」

「もちろんだ」


 ……100パーセント安全ということはない。

 だが、ここでそんな現実的な話をするのはボディーガードとしてはナシだ。


 友梨佳がぴたりと腕にくっついてきた。友梨佳の体はいつも以上に震えている。

 ……どれだけ元気に振舞っていても、命の危険があるかもしれないのだから仕方ない。


 そうして、くっついたまましばらく歩いたときだった。

 ――背後から殺意が迫ってきた。

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