第39話
ベッドに座り休みながら、俺は寝る場所についてどうしようかと考えていた。
……確かに俺のベッドはダブルサイズで普通のものよりも大きい。
だが、一緒に寝るつもりは当然ない。となれば、寝袋でも引っ張りだすか?
一応押し入れにあったはずだ。去年、一人暮らしを始めるためにこのアパートを借りたとき、まだベッドが決まっていないときはその寝袋を使って寝ていた。
そんなことを考えながらクローゼットへと向かう。と、ドライヤーで髪を乾かしていた美月がちらとこちらを見てきた。
「どうしたんですかセンパイ? 実はエッチな本を持っていて隠しているんですか? 安心してください、センパイの性癖が後輩に甘やかされるのが大好きなことくらいは分かっていますから」
「勝手に人の性癖を作らないでくれるか? 第一前にも言ったが、すべてパソコンに封印されているからな。おまえに見ることはできないぞ?」
「パスワードは誕生日なんですよね?」
「知らん!」
「……開いて、すべて後輩ものに変えておくくらいはしたいですね」
「もはや洗脳だなおい」
友梨佳も美月も……幼馴染というのは危険な存在だな。
「あっ、洗脳で思い出しました」
「いやな思い出し方だな」
「どうすれば、センパイが私にメロメロになるかと考えまして、洗脳についても調べたことがあるんです。そしたら、色々と出てきたんですよ」
「……インターネットで便利になるっていうのも、いいことばかりじゃないな」
「でもセンパイだって無料でエッチなサイト見て回っているんじゃないですか?」
「……メリット、デメリット、使う人次第ってことか」
「なんだか、パソコンの先生みたいなこと言っていますね」
話している内容は洗脳とエッチなサイトについてなんだがな。
髪に触れていた彼女はそれから、じっとこちらを見てきた。
「まず、洗脳についてなのですが――」
「え、その話続くのか?」
「いえ、センパイの許可が下りれば実行したいと思いまして」
「許可出すつもりはないぞ?」
「まあ、聞いてください。一生懸命調べたんです。アフレコの休憩時間とかにめっちゃ調べたんですから」
せっかくの休憩時間、もっと有効的な使い方なかったのか?
「それで?」
「相手に好きになってもらうための技、その一。その人を監禁するんです」
「その一から物騒で聞きたくないんだが」
「その二、監禁した相手の自尊心を傷つけます」
「……マインドコントロールの基本だな」
ブラック企業などでも使われることがある手法だ。さすがに、監禁はしないが……相手を痛めつけ、相手を追い詰めることで、まともな判断ができないようにするのだ。
「その三、相手が傷ついたところで、褒める」
「……飴と鞭だな」
「その四、そうすると相手は私しかみなくなる、と」
それはつまり、相手を自分に依存させる手段だな。
「……で、実行するのか?」
「センパイがしてほしいというのならします」
「やめろ」
「それは、あれですか? フリですか?」
「ガチだ」
「むぅ、それならどうしたら私にメロメロになってくれるんですか?」
ふざけた調子で笑う美月に苦笑を返した。
「だから、俺は有名人には興味ないんだよ」
「ぶぅー、じゃあ私が売れなくなってからなら結婚してくれるんですか?」
「おまえくらいの実力者なら、おばあちゃんになってもやっていけるだろうさ」
「それはとても嬉しいですけど、センパイと……一緒にいたいです」
「それは……まあ、諦めろって」
「むぅ……」
俺が押し入れから寝袋を取り出す。さすがに埃をかぶってしまっているが、払えば何とかなりそうだった。
「あれ? それどうするんですか?」
「さすがに一緒に寝るわけにはいかないだろ? だから、準備したんだよ。おまえがベッドは使っていいからな?」
「ちょっと待ってくださいね、センパイ。友梨佳さんともシャワーを浴びたんですよね?」
「ああ、浴びたが?」
「寝る場所はどうしたんですか?」
「もちろん別々だ」
「嘘ですよね?」
「なぜそう言い切れる?」
「絶対、友梨佳さんがそのまま見逃すはずがありません。あれこれ理由をつけて、センパイと一緒に寝ようとしたはずです。そうですよね?」
名探偵かこいつは。俺は嘘をつくのは得意だ。
表情一つ変えずに、平然と言える。これも親父に指導してもらった技術だ。
だが、美月はそれを経験で見破りやがったな。
「寝たかもしれないが……どうだったか」
「寝たんですね……? なら、私とも一緒です」
……美月は顔真っ赤にしてそう言い切った。
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