第44話


 しばらくして、美月のマネージャーに電話がつながった。

 

『あら、雄一くん? 久しぶりね、どうしたの?』


 彼女も声優なのでは、と思えるほどに透き通る聞き取りやすい声だ。


「美月がストーカー被害を受けているのは知っていますよね?」

『ええ、もちろんよ。今それで雄一くんのところに行っているって聞いているわ。友人の週刊誌にもそう伝えてもらって、色々根回ししているのよね』

「……ああ、そうだったんですね。それならいいか……今日からしばらく、美月と一緒に行動して犯人を刺激しようと思いますので、その辺根回ししておいてくださいって伝えようと思ったんです」

『……なるほどね。それであぶりだすということね?』

「ま、そんなところです」

『美月に怪我だけはさせないようにね? もちろん、雄一くんもね?』

「ええ、分かっています」


 これで、マネージャーに話したい事は終わったな。

 電話を切ろうとしたところで、待って、と呼び止められた。


『そういえば、愛から聞いたんだけど』


 愛は、友梨佳のマネージャーだ。

 一体何を聞いたのだろうか?


「なんですか」

『なんか、今度一緒に男の娘役でコスプレしてくれるって話が――』

「失礼します」


 電話を切った俺は、次にアパートの管理人に連絡する。

 電話をすると、すぐに管理人が出てくれた。


「もしもし、管理人さん? 俺だよ俺」

『おお、その声は……もしかして孫の聡かのぉ?』

「そうそう、息子の聡だよ。ちょっと事故っちまって金が必要でよぉ」

『わしにおまえのような孫はいないんじゃよ!』

「悪かった管理人。ちょっと頼みたいことがあってな」


 俺の演技に気さくに応じてくれたのは管理人だ。このアパートの一階で暮らしている。

 俺の父の知り合いであり、俺もよく知っている人だ。

 管理人は考えるような声をあげた。


『今は部屋におるのだが、どうしたんじゃ? 最近、女をよく連れ込んでいることを注意してほしいのか?』

「いや、別にそういうわけじゃないんだが。そうか、部屋にいるならちょうどいい。今から行ってもいいか?」

『ああ、いいよ』


 直接会って話したほうが良いだろう。俺はそう思って、電話を一度切ってから一階の管理人の部屋へと入った。

 扉をノックすると、すぐに管理人は出てきた。今年で七十になるが、元警察官にして今でも散歩をしているだけはあり、背筋はぴしっとまっすぐに伸びていた。


 俺の祖父の知り合いであり、俺にとっても祖父のような存在だった。


「久しぶりじゃな。どうしたんじゃ?」

「ちょっと頼みたいことがあってな。中入ってもいいか?」

「ああ、構わないんじゃよ。加齢臭できつい部屋かもしれぬがの」


 冗談めかして笑う管理人の部屋にあげてもらった。

 部屋に入ると、一室でモニターが動いているのが分かった。


「ああ、やっぱり監視カメラちゃんと使ってるんだな」

「そうじゃよ。入り口とポストの位置にあるのぉ」

「……それならちょうどよかった。昨日の映像で、このアパートにこんな男が来ていないか調べてくれないか?」


 俺がスマホの画像を見せると、管理人はこくりと頷いた。


「たぶん、この時間じゃな」


 管理人はすぐに目的の時間を示してくれた。


「……ほぉ、こんなすぐに出てくるとは思わなかったな」

「はっはっはっ! 可愛い女の子を追いかけまわして居ったら、変なのが映っての」

「エロ親父が。まあいい。確かこの入り口のところにあるカメラって、動く奴だよな?」


 監視カメラには固定のものと、動かせるものがある。

 そして、俺の知識が正しければ、アパート入り口の電灯近くに設置されていた監視カメラは、動くタイプのものだった。


「そうじゃな。それについては動かせるのぉ」

「……良かったらしばらくの間。俺の家の出入り口を映してくれないか?」

「……なんじゃよ? それはまたどうしてじゃ?」

「……ちょっとな。最近俺の部屋に泊まりに来ている女の子いるだろ? あの子がストーカー被害にあっているからな。決定的な瞬間を残したいんだよ」

「なるほどのぉ。ストーカーとは、情けない男じゃの。わしが鍛え上げてやりたいくらいじゃな」

「それができればいいんだがな」

「分かったんじゃよ。しばらくはおぬしの部屋を嘗め回すように見てやるんじゃよ」

「……気持ち悪い言い方するんじゃねぇよ。まあ、いいやありがとな」

「はっはっはっ、このくらい気にするでない。わざわざ部屋をターゲットにしたということは、狙っているのは住居侵入罪、といったところかの?」

「まあ、その辺りが妥当なところか?」


 それも狙っている一つではあるが、それだけでは罪としては弱い。

 できれば、もう少し厳しい罪を与えてやりたいと思っていた。

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