第41話


「明日、良かったらでいいんですけど、二十時にカラオケで待ち合わせってできませんか?」


 彼女はまだ高校生なので、二十二時までしか利用できない。

 それでも行くということは、よっぽど行きたいのだろう。


「別にいいがどうしてだ?」

「ちょっと発声練習もかねて歌いたいんです。……歌の収録が近々あるので、事前に軽く練習しようと思いまして」

「キャラソンか……あれって凄いよな? キャラクターの声で歌う人とか尊敬するわ、マジで」

「あはは、そこは努力しているからですよ。というわけで……一緒にカラオケ行きませんか?」

「別にいいが、俺は歌わないからな?」

「えー、センパイの歌も聞きたいです」

「おまえの練習じゃないのか?」

「練習ですけど、遊びにも行くんですから、楽しくやりたいんです」


 ……そういう指導を受けたことはあるからな。ボディーガードは声を出す場面もあるため、いざというときにすぐに声を出せるように指導を受けていた。

 ……俺の場合、声音を変える訓練もされていたため、歌はまあまあ歌えるほうだ。


「はぁ、分かったよ。カラオケね、了解。場所に関してはあとで教えてくれ」

「あはっ、ありがとうございます! 明日が今から楽しみですよ!」

「……そうか。ま、仕事頑張ってくれよ? アニメ、楽しみにしてるからな」

「本当ですか? ちょうど、次の話でヒロインが主人公に告白するシーンがあったんですよ。センパイがそう言ってくれるなら、頑張れます」

「なんで俺が関係するんだよ?」

「だって、センパイを想いながらやれば、演技の必要ありませんから。い、今ちょっとやってみましょうか?」

「……いや、やらなくていいんだけど」


 俺がそういって、彼女に背中を向けると、ぎゅっと背中側から抱きしめられた。

 そうして、もぞもぞと動いた美月が、耳元に息を吹きかけてきた。


「……センパイ、大好きですよ」

「……やらなくていいって言っただろ?」

「……小学校の頃、私の声のこと、ほめてくれましたよね? 変な声だって、周りの子がバカにするのに、センパイはほめてくれました。その時から、ずっと、ずーっとセンパイを見てきました。……ずっと、大好きですよ、センパイ」

「……だから、やらなくていいって」

「返事を聞かせてくれませんか、センパイ」


 そう言ってきた美月を見るように、振り返る。

 彼女は上目遣いで、目尻にはぐっと涙がたまっていた。半分は演技だったのだろうが、半分は本気なんだろうと思えた。

 俺は小さく息を吐いてから、俺の気持ちをはっきりと伝えた。


「俺は、有名人と、そして依頼主と恋仲になることは絶対にない。おまえが声優のプロで誇りを持っているように、昔刻まれた俺のボディーガードとしてのプロの誇りってやつだな」

「やっぱりセンパイはそうですよね。……でも、いつか必ず私を選ばせますから」

「その日は……来ないんじゃないか?」

「そんなことありませんよ……。それで、センパイ、私の告白シーン、どうでしたか?」


 俺の顔を覗きこんできた、美月に、俺は頷いた。


「完璧だろうな。お前のファンたちはたぶん血を吐いてぶっ倒れるだろうな」

「そうですか。じゃあ、ファンの皆さんのためにも、頑張りますね」

「……これ以上頑張ったら、病院が大変になるんじゃないのか?」

「あはっ、それは楽しそうですね!」


 ……なんてドSなんだこいつは。

 俺は小さくため息をついていると、美月は俺の心臓に耳を当ててきた。


「どうした?」

「センパイも、少しくらいはドキドキしてくれましたか?」

「まあな。ボディーガードじゃなかったら、堕ちていたかもな」


 軽く頭を撫でてから、俺は目を閉じた。

 

「明日のカラオケ、楽しみにしているからな? だから、きちんと休んでおけ」

「はい、分かっていますよ」


 にこりと微笑んで、美月が目を閉じる。その頬はどこか赤い。


「おまえ、緊張して寝られないとか馬鹿なオチはやめろよ?」

「……い、言わないでください。……こ、こんな風に一緒に男の人と寝るなんて、初めてなんですから……っ。センパイはもう一度経験していますもんね? 余裕そうですね……っ。せ、背中撫でてくれませんか」


 ちょっと怒った声でそう言ってきた美月をあやすように、俺は彼女の背中を軽く撫でてやった。

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