第27話


 日曜日の握手会は、昨日のような問題は起こらず、無事終わった。

 イベントの代表者たちが参加する打ち上げに参加したあと、俺たちは車に乗ってマンションへと戻っていた。

 友梨佳はあくびをして、目をこすっていた。


「もう眠いのか?」

「昨日ほどじゃない」

「そうか」


 確かに今日の友梨佳はまだ目がぱっちりとしていた。

 俺は軽く伸びをする。金曜日からの三日間……色々とあったな。


「雄一はどうだった? 仕事、楽しかった?」

「楽しいというか……また非日常に足を踏み込んでしまったと思ってな。平和で平穏な生活に戻らせてもらうよ」

「……むぅ。これからもずっとお願いしたかったのに」

「さすがに毎日雇っていたら破産するんじゃないか?」

「そこは、月額プランとかで」

「そんなお得なプランねぇんだから」

「家族割りは?」

「スマホの契約感覚で言うのやめてくれないか? つーか、家族割りって?」

「結婚すれば問題ないってこと」

「それは別の意味で問題があるけどな」


 友梨佳のようなまだ若くて男性ファンが多い人が、結婚なんてしたらかなりファンが離れてしまうだろう。

 いくらファンたちは『歌が上手だから』と評価していても、少なからず思うところはあるだろうしな。

 女性の人気者が結婚した後のネットには様々な名言が生まれるほどにコアなファンがたくさんいるものだ。


「……またしばらく会えない?」

「そりゃあな。そっちは忙しいだろ?」

「……忙しいけど、家には基本的に帰っている。だから、一緒に暮らせば問題ない」

「俺に、毎日女装して生活しろと?」

「それはそれでいい」

「俺が良くねぇんだが……とにかく、俺は明日から高校が普通にあるからな。この辺で元の冴えない高校生に戻させてくれ」

「……うぅ」


 まだ俺を引き留めるように彼女が腕を引っ張ってくる。まるで、駄々をこねる子どもそのものだ。


「とりあえず、今日だけは泊まって行ったらどうでしょうか? 契約的には、明日の朝までですし」


 マネージャーがそう言ってきた。……げ、そういえばそうだったな。

 友梨佳もじっとこちらを見てくるので、俺は頭をかいた。


「分かりました。今日は泊まっていきますから」

「はい。それでは、運転手さん。マンションまでお願いします」


 すっと運転手が頷き、車が動き出す。

 マンションにはすぐについた。そこで俺と友梨佳は車から降りた。


「それでは友梨佳。また明日の朝迎えに行きますから」

「うん、わかった」

「それでは、お二人とも、良い夜を」

「色々あって明日の仕事休むことになったらごめん」

「何もねぇよ」


 俺がいうと友梨佳はむすーっと頬を膨らます。マネージャーは笑いながら車へと乗りこみ、俺たちはマンションへと向かう。

 部屋へと入ったところで、友梨佳が伸びをした。


「やっと戻ってきたぁ」

「そうだな……とりあえず、シャワー浴びたいんだが、友梨佳先入るか?」

「先入っていい?」

「ああ。俺はリビングで休んでるから」

「分かった」


 俺も体の凝りをほぐすように肩を回した。

 リビングに向かい、ソファに座る。

 スマホを弄りながら、明日の授業を思いだしていた。


 ……宿題とかはなかったよな? 大丈夫だよな?

 でも、確か水曜日くらいまでに提出しないといけない宿題があったような。

 

 土日でやろうと思っていたからなぁ。まあ、明日頑張ろうか。

 そんなことを考えながらスマホを見ていると、友梨佳に関するニュースがいくつもあった。


 ……そういや、昨日の件とかはどうまとめられているのだろうか?


 軽くニュースになっている記事を見つけたので、見てみると動画も張られていた。

 ……そして、驚いた。普通に俺が暴漢を止めたときの映像があったのだ。

 ……うわあああ! 女装姿が全国にさらされてるぅ!


 その後の友梨佳が抱き着いたところまで、きっちりと書かれている。

 コメントもたくさんつけられていた。


『マジで危険だよな? 握手会とかなくしたほうがいいだろ』

『これやらせじゃなくてマジの事件なのかよ……現場にいたけど、普通にパフォーマンスだと思ってたゾ』

『怯えている友梨佳ちゃん可愛い……興奮するのだ』

『このマネージャーさん、滅茶苦茶可愛くね?』

『友梨佳ちゃんもかなり信頼しているみたいで、この二人の絡みは色々捗る』


 ……おい、やべぇ奴らしかいねぇのかこの世の中。

 もう二度と女装はしない。そう決意した。


「シャワー、使えるよ?」


 と、いつの間にか湯上りの友梨佳が部屋にいた。そして俺のスマホを見ていた。


「あっ、昨日の事件?」

「あー……悪いな。見せるつもりはなかったんだが」

「別にもう気にしてない。……雄一、かっこいい! ……動画、保存しておこ」

「いや、こんなの保存すんなよ」

「ううん、絶対保存する」


 ……友梨佳はもうまったく気にしていないようで、自分のスマホを操作していた。

 そして、俺が友梨佳を助けたシーンを何度も繰り返してみていた。


「……うん、最高」


 とても幸せそうである。……まあ、特に後遺症がないのは喜ぶべき、だよな。

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