<閑話2>

 

 吐く息が白い。

 肺が凍りそうなほどの冷気。

 白い雪はちらちらと舞いながら、少しずつ、地面を、建物を、国を、すべてをのみ込もうとする。

 触れれば消える、無害な白雪。

 しかし、ふわふわとした見た目に騙されてはいけない。

 その雪は、魔女の住むグレイシエ王国を破滅させることもできるのだ。

 

「忌々しい、《白雪姫》」


 ユーディアナは、魔法によって寒さと無縁の室内から、眼下に広がる雪景色を睨みつける。

 女王に仕える魔女と魔法使いによって、王城内は比較的に過ごしやすく保たれていた。

 しかし、国内の状況は深刻だ。

 グレイシエ王国は、ただでさえ資源が乏しく、領土も狭い。

 その上、閉鎖的で、豊かな資源と技術を持つ人間とは敵対している。

 それでも長く王国として続いていたのは、魔女にとっては魔力こそが資源で、魔法こそが技術だったからだ。

 そんなグレイシエ王国で、雪が猛威を振るっている。

 魔法ですら、対処できないほどに。

 その意味が分からないほど、魔女の国は馬鹿ではない。

 そして、ユーディアナも何も知らない女王ではない。

 

 ――ユーディアナが女王になったせいではないか。


 という噂は、ユーディアナの耳にも届いていた。

 

 ユーディアナは暖炉で燃える炎を見て、ふっと鼻で笑う。

 本当はどうでもいいのだ。

 グレイシエ王国がどうなろうと。

 自分さえ、守れればそれで。


「鏡よ、わたくしが求める《白雪姫》はどこにいるの?」


 あの娘は嫌いだ。憎いといってもいい。

 《白雪姫》という特別な存在なんて、許せない。

 しかし、その特別な存在はユーディアナが求める力を持っている。


 ユーディアナは【真実の鏡】に問う。

 姿見の形をとったそれはふわりと浮き上がり、光を放つ。


『あなた様の求める《白雪姫》は、グレイシエ王国へと向かっています』


 いい加減、暗殺者を差し向けることも馬鹿らしいと思い始めていたところだった。

 自らこの王国へ戻ってくるというのなら、歓迎しよう。


「ようやく、この時がきたのね……」


 女王になったのは、ただの手段にすぎなかった。

 手に入れたかったものは、国ではない。

 何者にも負けないための――強大な力。


「お前のおかげだわ」


 女王の座を手に入れることができたのも、この座にとどまり続けることができたのも、すべては【真実の鏡】があったから。

 問えば何でも答えてくれる。

 もちろん、ユーディアナにとって都合の良いものばかりではない。

 その最たるものが《白雪姫》に関することだ。


「わたくしは、《白雪姫》を超えられる?」

『いいえ』

「わたくしは、《白雪姫》に勝てる?」

『いいえ』

「わたくしは、《白雪姫》を殺せる?」

『いいえ』

 

 《白雪姫》が生まれた時から、変わらない答え。

 最初は苛立ち、怒りを覚え、鏡に怒鳴り散らしたこともあった。

 何故、自分が負けるのか。

 美しさも、気高さも、魔法の知識も、自分の方が上であるはずなのに。

 しかし今は、その答えにも笑みを返す余裕がある。


「でも、《白雪姫》が自らわたくしにその身を捧げるならば、わたくしがその力を手にすることはできるのよね?」

『はい』


 あの娘を超えることも、勝つことも、殺すこともできないのならば。


「どうすれば、わたくしは《白雪姫》になれる?」


『《白雪姫》は、この地を守り、守られる存在。あなた様が《白雪姫》となるためには、今の《白雪姫》に魂を宿す必要があります』


 ユーディアナは微笑を浮かべる。

 十年、待っていた。

 その身体ごと、《白雪姫》を手に入れるために。


「きっと、美しい姿に成長しているのでしょうね」


 本気で殺せるとは思っていなかった。

 ただ、その力がどれだけの力を持っているのかが知りたくて、様々な方法で殺そうとした。

 ユーディアナが欲しいのは、美しい“永遠”。

 今の自分の美しさには敵わないだろうが、白雪姫の容姿は憎いほどに美しい。

 【真実の鏡】がこの世で一番美しいと答えるほどに。


 鏡はユーディアナに答えるように、黒檀の髪に黒曜石の瞳、白雪の肌を持つ美しいその姿を映した。

 彼女の隣には、金髪の見目麗しい青年がいる。


「早く来なさい、《白雪姫》」


 ユーディアナは、鏡越しに《白雪姫》を指でそっと撫でた。

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