3
死んだはずの王妃フェリエの登場で、空気が一変した謁見の間。
レクシオンの罪を証言した宰相シーノは今、騎士に取り押さえられている。
エリネージュから離れ、レクシオンはシーノに近づく。
「宰相という地位にありながら、グレイシエ王国の毒を使用し、王妃や貴族たちを殺そうとした罪は重いぞ」
レクシオンが怒りをにじませた冷たい声で言葉を吐く。
「それに、国王陛下への虚偽の報告、第一王子の名誉を傷つけたことも、許されるものではない!」
レクシオンの隣に並んだのは、アレックスだった。
その目は泣きはらして真っ赤だったが、毅然とした態度で、兄を支えるべく立っていた。
「なぜ、生きている!? たしかに殺したはずだ! 心臓は動いていなかった!」
シーノはもはや取り繕うことをやめていた。
暴れるシーノを騎士たちが押さえた拍子に、かしゃん、と金の懐中時計が落ちる。
エリネージュがそれを取りに行こうとする前に、突然横から現れた騎士が拾った。
「アルディン王国の者にこれは渡せない」
邪魔しにくるだろうと思っていた、ユーディアナの暗殺者だ。
いつの間にか騎士に紛れ込んでいたらしい。
しかし、今回は一人だけだ。
エリネージュは顔見知りの暗殺者を睨みつける。
「それは、どういう意味?」
暗殺者はエリネージュの問いには答えず、金の懐中時計を開いて呪文を唱えた。
直後、エリネージュと暗殺者以外の時が止まった。
「これで、余計な人間には聞かれないな」
ふっと暗殺者は笑う。
エリネージュは警戒心を強くしていたが、彼が側に来てしたことといえば。
「……え?」
優しく、頭を撫でられた。
暗殺者に触れられたというのに、振り払うことすら頭に浮かばなかった。
「リーネ、今までよく頑張ったな」
その声は言い表せないほどの何かをエリネージュにもたらした。
そんなはずはない。あり得ない、と思うのに。
口は勝手に動いていた。
「……おとう、さま?」
「あぁ。この姿なのに、よく分かったね」
「でも、どうして、ここに…‥? お父様は、ユーディアナに心酔していると、噂で……」
母マリエーヌが死んだ後、父ブライトは王配としてユーディアナの側にいた。
ユーディアナが新たな王配を迎えなかったのは、以前からブライトへの恋心を抱いていたからだと噂されていた。
そして、ブライトはユーディアナに心酔し、女王の好き放題を止めようともしない、と。
だから、エリネージュは母が死んでから父とは会っていない。
「ユーディアナに近づけば、マリエーヌを見つけられると思ったからだ。私が愛しているのは今も昔もマリエーヌとリーネだけだよ。今までずっと、ユーディアナのところで足止めを食らっていて、リーネが大変な時に側にいられなかった。すまない」
「い、いえ……」
エリネージュも、父のことを知ろうとしていなかった。
愛している、と言われた記憶は古すぎて、父との会話にひどく緊張してしまう。
「この身体に憑依できる時間はそう長くない。手短に説明する」
「……はい」
ブライトは憑依魔法が使える。
しかし、その魔力量が少ないため、使い続けることは難しい。
ブライトが何を伝えるためにエリネージュに会いに来たのか。
エリネージュは覚悟を決めて頷く。
「グレイシエ王国は今、危機に瀕している。グレイシエ王国が、ユーディアナを王とは認めていない。リーネが国を出た時から気候は荒れ始め、今では国中が氷に覆われている。その力は強大で、個々人の魔法では対抗できない」
グレイシエ王国が大変なことになっている、というのはシーノも言っていた。
まさかそれが、自分がグレイシエ王国を出たからだというのか。
「ユーディアナにとっても予想外だったはずだ。だからこそ、リーネを連れ戻そうと必死になっている」
「でも、私を殺したら意味がないのでは……?」
「リーネは見たはずだ、生き返った人間たちを。ユーディアナはお前の魔力を欲しているんだ。仮死状態にして、魔力だけを奪う気だろう。おそらく同じ方法で、ユーディアナはマリエーヌの魔法を使っていると私は考えている」
ブライトの言葉に、エリネージュは息をのむ。
しかし、それは一つの希望も与えた。
「そ、それは、お母様も、仮死状態でグレイシエ王国にいるということですか?」
エリネージュの問いに、ブライトは頷いた。
「だが、仮死状態のマリエーヌでは、グレイシエ王国の土地を抑えることはできない。女王となる、正統な魔女の力が必要だ」
ブライトが強く、エリネージュの両肩をつかむ。
そこには愛する妻を取り戻そうとする、男の必死さがあった。
じりじり、とブライトのポケットで金の懐中時計が震える。
時を止める魔法が、解ける。
そして、ブライトは金の懐中時計をエリネージュの手に持たせた。
「リーネ、一刻も早くグレイシエ王国へ戻ってくるんだ……」
その一言を最後に、時の魔法は効力を失い、ブライトが憑依していた暗殺者が倒れた。
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