エリネージュは、グレイシエ王国の第一王女として生を受けた。

 グレイシエ王国は、魔女の王国。

 領土は小さくとも、その力を人間は恐れる。

 グレイシエ王国では、美こそが力であり、すべてである。

 男はほとんど魔力を持たず、美しい魔女に仕えることを喜びとしていた。

 魔力が強い者ほど美しく、可憐である。

 それがグレイシエ王国の常識だった。

 これにより、魔力を持たない者は醜いという逆説も定着していた。

 そうして、醜い人間は美しい者が支配しなければならない、という理論で十三代目の女王が人間を相手に戦争を始めた。

 人間の持つ領土の方がはるかに広かったからである。

 狭い土地に追いやられているのは我慢の限界だったという訳だ。

 周辺国は魔女の国を相手に同盟を結び、防衛に徹していた。魔法を恐れていたからだ。

 しかし、グレイシエ王国も、人員不足を抱えていた。

 一時、戦争は休戦となる。


 休戦中に、エリネージュは生まれた。十六代目の女王マリエーヌの子として。

 そして、第一王女であるエリネージュは、この世で最も美しい魔女になるだろうと予言された。

 穢れを知らない真っ白な雪のような肌から、親しみを込めて「白雪姫」と呼ばれることもあった。

 皆が、エリネージュの成長を楽しみにしていた。

 しかしある日、エリネージュの悲劇は始まった。

 まず、エリネージュの母―女王マリエーヌが死んだ。

 休戦中とはいえ、この非常事態を敵国に知られる訳にはいかない。

 王配であった父は王国のためすぐにでも、新しい女王を迎える必要があった。

 いずれ世界一の魔女となるエリネージュを導ける人材として、グレイシエ王国で女王の次に力を持つ魔女ユーディアナを選んだ。

 ユーディアナは妖艶で、男の心を操ることに長けていた。

 王配はすぐにユーディアナの虜になり、王国は彼女の意のままとなった。

 二番手の魔女と呼ばれていたことが屈辱だったユーディアナは、ようやく自分が一番になれたと思った。

 しかし、まだユーディアナは二番手だった。

 年頃に成長したエリネージュが、最も美しく、最も強い魔力を持つからだ。

 ユーディアナは、エリネージュの美しさを損なうため、王城の下働きを命じた。

 しかし、いくら汚れ仕事をさせても、酷い仕打ちをしても、エリネージュは笑顔を絶やさず、その美しさは健在だった。

 それどころか、日々その美しさに磨きがかかっていた。

 訓練と称して矢を放ち、毒を飲ませ、醜い呪いをかけたことも。

 それでもエリネージュは傷一つなく、美しいままだった。

 誰よりも強い魔力を持つ彼女を害することは、中途半端なものでは通用しない。

 遠まわしな方法はやめて、ユーディアナは最後の手段に出る。

 エリネージュの暗殺だ。


「エリネージュ様、お逃げください。ついに女王はエリネージュ様のお命を奪おうと動き出したようです」


 真夜中、エリネージュは下働きの仲間たちに起こされた。

 グレイシエ王国で、女王の権力は絶大だ。

 いくらエリネージュが女王を脅かす気はないと言っても、女王の命ひとつで軍が動く。

 エリネージュが生きるためにとる方法は、逃げることだけだ。

 立ち向かっても殺されるだけ。

 すでにエリネージュを殺すための暗殺部隊は動き出していた。

 十六歳になるまで生まれ育った王城から、エリネージュは命からがら逃げだした。

 エリネージュを助けるために、数人の仲間たちが犠牲になった。

 彼らのためにも逃げて、逃げて、逃げ続けた。

 魔法を使えば痕跡をたどられる。自力でなんとかしなければならなかった。

 グレイシエ王国を出るまでに、何度か暗殺者に出くわした。


「……すでに、エリネージュ王女は死んだと公表されています。あなたにはもう帰る場所はありません」


 だから、大人しく殺されてください。


「だったら、死んだはずの王女のことをこれ以上追いかけてこないで!」


 追い詰められて、エリネージュが逃げ込んだのは不可侵の森だった。

 どこの国にも属さない、どこの国の常識も通じない広大な森。

 しかし、一度不可侵の森に入ると、その人間はどこの王国でも受け入れてもらえない。

 特別なまじないを施していなければ、不可侵の森に入った瞬間に手の甲に紋章が刻まれるのだ。

 国の保護も、衣食住の保証も、何も得られない。

 さすがに暗殺者たちも、不可侵の森までは追いかけて来なかった。

 そうして、走り疲れ、倒れていたところをエリネージュは不可侵の森に住む小人たちに拾われたのだ。


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