「エリネージュ王女殿下、ですね? あなたが逃げたせいで今、グレイシエ王国は大変なことになっていますよ」

「私を殺そうとしたのはグレイシエ王国よ。どうなろうと私の知るところではないわ。それよりも、その懐中時計を返しなさい!」


 母の形見だ。

 何故、シーノが持っているのか。

 考えられる可能性はひとつだ。


(ユーディアナ……人間は醜いと嫌っていたはずなのに、一体どういうこと?)


 分からないことが多すぎる。

 そして、それはレクシオンも同じことだ。


「シーノ、これまでの不審死もすべてお前が仕組んだものだな。一体、何のために」

「ふふふ、知りたいのなら、どうぞ。私の心を読んでみればいい」

「………いつもお前の心は雑音ばかりでうるさい。それも、魔法の力か」


 苛立つレクシオンにも、シーノは微笑むだけだ。

 それが答えなのだろう。


「さて。私はこれから国王陛下へ報告にいかなければなりません。レクシオン殿下がグレイシエ王国の王女と手を結び、アルディン王国を売ろうとしている、と」

「それで僕を反逆者として処刑するのか?」

「……レクシオン殿下がアーリアを受け入れてくれなかったせいですよ。もう少し平和的なシナリオも用意していたのですからね」

「どうせろくでもないものだろう」


 ふっとレクシオンは鼻で笑う。

 シーノも笑みを深くして、暗殺者たちに視線を向ける。


「今回はしっかり頼みますよ。先日はせっかく情報を流したのに王女を殺し損ねるなんて、プロ失格でしょう」


 先日襲われたのは、シーノがエリネージュの情報を流したからだったのだ。

 そういえば、アーリアと王城で会った時、シーノも側にいた。

 グレイシエ王国とつながっていたから、逃亡中のエリネージュのことを知っていたのだろう。


「勘違いしないでいただきたい。我々の主はあなたではない」

「えぇ、ですが、その方に頼られているのはこの私です」


 シーノと暗殺者たちの関係が少し見えた気がした。

 しかし、吞気に観察している場合ではない。


「レクシオンっ!」


 今度こそ、暗殺者たちが向かってくる。


「リーネ、絶対に僕から離れないでね」


 レクシオンは近づいてきた暗殺者の一人から剣を奪い、投げられる暗器をすべてはじく。

 あの時とはレクシオンの動きが違う。


(そういえば、レクシオンは実力者だったと……)


 以前、カトリーヌが言っていた。

 彼は騎士団長になれるほどの実力を持っている、と。

 その評価は間違ってはいなかったのだとその剣さばきを見れば分かる。

 しかし、エリネージュを庇って応戦しているため、防ぐことで手一杯だ。

 その上、レクシオンはまだ体力が完全に回復していない。

 このまま戦い続けるのは危険だ。


「せいぜい頑張ってください。あなたはここで死ぬか、捕えられて処刑される未来しかありません」


 そう言って、シーノは倒れているアーリアを背負い、王城へと歩いて行く。


「くそっ、待てシーノ!」


 暗殺者からの攻撃を防ぎながら、レクシオンが叫ぶ。

 レクシオンの意識が逸れた隙に、別の攻撃が飛ぶ。


(危ないっ!)


 エリネージュはレクシオンを庇うように暗器の前に立った。

 絶対に守る。もう誰も傷つけさせない。

 その瞬間、周囲に強い風が吹いた。

 暗殺者たちは風に飛ばされて、遠くでのびている。


「君が、やったの?」

「……たぶん?」


 こんな風に魔法を使ったことはないから、自信がない。

 それでも、身体は熱いから、魔法を使ったのは間違いないだろう。


「ありがとう、リーネ。怪我はない?」


 レクシオンは心配そうにエリネージュを見つめる。


「えぇ、大丈夫。それよりも、確かめたいことがあるの」

「何だい?」

「死体をコレクションしているって本当?」


 エリネージュの問いに、レクシオンは一瞬固まった。


「……え、それ今聞くこと?」

「大切なことよ」


 エリネージュはいたって真剣だ。

 しかし何を勘違いしているのか、レクシオンは言い訳のように言葉を重ねる。


「えっと、死体をコレクションしているって言い方はどうかと思うな。僕が心惹かれたのはリーネだけだからね!? 死体を相手に浮気しようとか、そういう訳じゃないから……」

「事実なのね?」

「うっ、さすがに気持ち悪い?」

「いいえ。今すぐそこへ連れて行って」

「はぁっ!? いや、ごめん。本気? というか僕、シーノをこのまま放置できないんだけど」

「私も今すぐあなたの死体コレクションを確かめたいの! それに、城にはアレックス様もいるでしょう?」


 あとは頼む、とレクシオンが任せた弟が。

 あの素直で優しい王子なら、レクシオンが反逆者だという無茶な話に疑問を抱くはずだ。

 味方になってくれると信じている。

 エリネージュが笑いかけると、レクシオンも覚悟を決めたように頷いた。


「分かった。僕の特別な場所に君を連れて行こう」


 わざわざ特別な場所だと嬉しそうな笑みを浮かべて言うところからして、やっぱりただの死体愛好家かもしれない、なんてエリネージュは思ったのだった。

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