第七章 白雪姫は王子様の死体コレクションを見る
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レクシオンが死体コレクションしている場所は、王都の別邸だという。
まさかそのために別邸を購入したのか、と問えばから笑いを返された。
事実なのだろう。
途中で暗殺者の別動隊に出くわし、現在は応戦中だ。
しかし、防御魔法をなんとか発動できるようになったエリネージュには敵なしだった。
「またリーネに守られてしまった。僕もかっこいいところを見せたいんだけどな」
そう言って、レクシオンは肩をすくめる。
好きだと自覚してしまったからか、彼の仕草ひとつひとつにときめいてしまう。
それどころか、エリネージュはレクシオンとすでにキスも経験しているのだ。
思い出すだけで、顔が熱くなる。
もう暗殺者どころではない。
(こ、こんなにも恋って厄介なのね……)
エリネージュは少しでも落ち着こうと、火照った頬を両手で押さえる。
「リーネ? もしかして、どこか怪我したの?」
そんなエリネージュの心中などおかまいなしに、レクシオンは距離を縮めてくる。
心臓が痛い。ときめきすぎて。
「もう、顔近いっ!」
「え? だって、リーネに何かあったらと思うと」
「だから、私は怪我なんてすぐ治るから心配ないからっ!」
「リーネは無茶ばかりするから、目が離せないんだ。君に何かあれば、僕の心は死んでしまうよ」
「お、大げさだわ」
「本当のことなんだけどなぁ。だって、僕の世界はリーネのおかげで輝いている」
「~~~っ!」
あまりにも眩しい美貌が、幸せそうに微笑んでいる。
彼を笑顔にできるのが自分で嬉しい。
好きだ。
(でもまだ、言えない)
先ほどは勢いに任せて気持ちを告げようとしてしまったが、よくよく考えればこの問題だらけの状況で恋だ愛だ言っていられない。
おもいきり愛を囁く王子は目の前にいるが。
流されてはいけない。
レクシオンに常識が通じないのなら、自分が常識人にならなければ。
そんな不思議な使命感がエリネージュには芽生えていた。
「それよりも、まだ着かないの?」
「あぁ、もうすぐだよ」
歩いて数分後、レクシオンが(死体のために)個人的に購入した屋敷に着いた。
別邸は、二階建ての素朴な屋敷だった。
住むための屋敷ではないから、特にこだわりはなかったのかもしれない。
どうぞ、とレクシオンにエスコートされて扉を開けると、バタバタと足音が近づいて来た。
「レクシオン様~! お嬢様~!」
涙を流しながらやってきたのは、カトリーヌだ。
「カトリーヌ!? どうして……王城にいたのではないの?」
「オルスにこの屋敷の管理を頼まれて、地獄のような一週間でしたわ!」
「そんなに辛いことがあったの?」
エリネージュはカトリーヌが心配で駆け寄った。
「えぇ……だって、レクシオン様に睨まれることも、お嬢様にドン引きの視線を向けられることもなく……それに、風邪で寝込んだレクシオン様をお嬢様が看病していたのでしょう!? お二人の仲に変化があっても良い時にお側を離れるなんて……地獄でしかありません」
何か辛いことでもあったのかと心配した気持ちがいっきに冷めた。
「あぁっ、お嬢様、その目です! 最高ですわ!」
「カトリーヌ、僕のリーネだ。それ以上近づくな」
「はあぁ、ありがとうございます」
もはやレクシオン相手にも感情を丸出しである。
「ふっ、あはは」
こらえきれずに、エリネージュは笑いだしていた。
命を狙われたり、陰謀の影が見えたり、とんでもないことが次々に起きていたのに、今目の前には平和な日常が広がっている。
「リーネが笑ってる……」
「なんてお可愛らしいのでしょう」
うっとりとリーネを見つめる二人の顔にも笑みが浮かんでいた。
*
「それにしても、カトリーヌが無事でよかったわ」
シーノの計画とやらが動いている今、レクシオンが選んだ侍女カトリーヌも巻き込まれていたかもしれない。
「オルスには元々、僕に何かあった時は別邸を頼むと伝えていたからね。そのうち、ここにオルスも来るだろう」
レクシオンが地下への道を先導しながら答える。
長い階段を降りて、ひたすらまっすぐに地下の道を歩く。
「それよりも、僕の方が驚きだよ。リーネが死体に興味があるなんて。まぁ、一度リーネには見てもらいたいと思っていたけれど……あ、もちろん、調査のためにね」
「分かっているわ。でも、私もこういう状況でなければ自分から調べようとしなかったと思うわ」
いくら魔女だとて、死体を好んでみようとは思えない。
(お母様の亡骸も、怖くて見られなかった……)
しかしそれは、死体が怖いというよりも、母の死を認めたくなかった、というのが一番の理由だった。
「私も魔女だもの。レクシオンが倒れた時は何もできなかったけれど、魔法の痕跡を見つけることはできるかもしれないわ。それに……」
エリネージュに使われた毒も、レクシオンに使われた毒も、他の不審死と同じ毒だとするならば。
シーノが持つ母の魔法道具を見て、もしかしたらという可能性が見えた。
「それに?」
「やっぱり、いいわ。まずは確認してみないと」
軽々しく口にしていい仮説ではない。
エリネージュは首を振る。
「うん、そうだね」
レクシオンは、それ以上追及することはしなかった。
「リーネ、足は大丈夫? もし辛かったら、僕が背負っていくよ」
薄暗い地下の道は長く、終わりが見えない。
だから、レクシオンが心配して定期的に声をかけてくれる。
(レクシオン一人なら、もっと早く着いていたかもしれないのに……)
エリネージュの歩く速度に合わせてくれている。
それがまた嬉しくていちいちときめいてしまうのだが、やはり申し訳ない。
レクシオンに頼って、背負われた方が早く着けるかもしれない。
そう思うが、彼は病み上がりだ。
これ以上の無理はさせられない。
「大丈夫よ」
エリネージュは気合を入れて、歩く速度を上げた。
そうしてようやく扉が見えた。
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