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「ここだよ」
にっこりと微笑んで、レクシオンが扉を開く。
そこは独特の空気が立ち込めていて、それでも何故か腐臭はしなかった。
「ようこそ、僕の大切な死体保管室へ」
死体保管室はとても広く、縦長い部屋だった。
両端の壁はすっぽりと棺が納められる大きな引き出しがあり、死体を寝かせられる台が五つ、奥の壁には薬品棚がずらりと並んでいる。
生が感じられない場所で、少し活き活きとした表情でレクシオンが壁からとある棺を引き出す。
棺を運ぶためのストレッチャーを慣れた手つきで操り、エリネージュが固まっているうちに死体を台に寝かせた。
「最近ここに来た、モルト伯爵だよ」
アーリアの父だ。
エリネージュは恐る恐る近づいた。
白い服を着せられた、中年の男性が横たわっている。
その姿は本当に眠っているようで、普通ではありえないほどにきれいな状態で保たれている。
腐臭がしないのは当然だ。
そもそも腐っていないのだから。
(……魔法の気配が濃い。それに、これは……)
エリネージュの中で生まれた可能性が確信に変わっていく。
「リーネ?」
「他の死体も同じ状態?」
「あぁ」
「あなたのお母様も?」
「……そうだよ。もう十年も経つというのに。だからこそ、グレイシエ王国の可能性を感じていた」
「でも、それなら国王陛下だって気づくのではないの?」
「母上のことは、僕だけしか知らないよ」
「どういうこと?」
「母上の死体を僕は秘密裡にここに運び込んだ。あの墓地には眠っていない。もしも父上が僕を受け入れてくれたら話そうと思っていたけれど、父上はずっと僕を避け続けていたからね」
レクシオンのきれいなアメジストの瞳には、仄暗い感情が見え隠れしていた。
孤独で、愛を知らなかった彼が、自分の心を守るために、生きていくために必死で抵抗したのかもしれない。
母の死を調べる使命を自分に課し、生きていていいのだ、と。
(どれだけ、レクシオンは自分を、心を殺してきたの……)
彼は何も感じていないように淡々と話すから、余計にエリネージュの心が痛む。
自分の痛みに鈍感にならざるを得なかった、悲しい過去を思って。
「やっぱり、リーネは泣き虫だね」
「あなたが、そうやってなんでもないことのように話すから!」
「ありがとう、僕のために泣いてくれるのはリーネだけだよ」
そう言って、レクシオンは嬉しそうに笑う。
エリネージュの瞳からは、大粒の涙が次々と零れ落ちる。
ぬぐいきれない雫は、横たわるモルト伯爵の死体にも。
ぽたり、ぽたり。
膨大な魔力を持つ、魔女の体液の中でも、その心を色濃く映す、涙が。
「……っ、ふぁ?」
その声は、レクシオンのものでも、エリネージュのものでもなかった。
「ど、どこだ、ここは……っ!?」
訳も分からずに起き上がったのは、ついさきほどまで心臓を止めていたモルト伯爵だった。
「い、生き返った~っ!?」
驚きすぎてエリネージュが後ろにひっくり返ったのも、いつもならすぐに受け止めてくれるレクシオンが動けなかったのも、きっと仕方がない。
そして、生き返った本人が一番、この状況に疑問符を大量発生させていた。
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