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「それにしても、どうして僕は生きているのかな?」
意識がはっきりしてきたのだろう。
少し起き上がって、レクシオンは自分の体に不思議そうに触れていた。
あるはずの傷がない。あるはずの痛みがない。
「君が僕から逃げようとした時からすべてが夢だった、なんてことはないよね?」
「夢なら良かったわ……」
自分を庇って誰かが傷つき、苦しむなんて。
あんな思いは二度としたくない。
「夢じゃないなら、誤解を解かなければいけないな。誰に何を言われたのか分からないけど、モルト伯爵の死を調べるためだけに僕はデートなんてしないし、花束も、愛の言葉も贈ったりしない」
離れた距離を縮めるように、レクシオンはベッドから降りてエリネージュに歩み寄る。
まだ寝ていないと駄目だ、と思うのに、その情熱的な瞳にからめとられて動くこともできない。
「もう僕から離れたりしないと約束してくれ。君が男たちに囲まれているのを見た時、どれだけ怖かったか……僕は、君を失うことが何より怖いんだよ」
震えるレクシオンの指先が頬に触れて、ようやくエリネージュの体は解凍されたように自由を取り戻す。
与えられた熱に呼応するように、心臓がどくどくと動き出す。
(私は……)
レクシオンのことを知りたい。知るのが怖い。
レクシオンに近づきたい。近づくのが怖い。
眠っている彼の前では素直になれたのに、エリネージュを見つめる瞳、求める言葉、触れる熱に惑わされてしまう。
このまま、何も知らないふりをして側にいればいい。
そんな考えすら浮かんでしまう。
しかし、向き合わなければならない。
ずっと、エリネージュは逃げ続けていた。自分自身の力からも、ユーディアナからも。
真正面から向かい合い、立ち向かうことをしなかった。
逃げて、逃げて……いつまで逃げ続ければいいのか。
生きている限り。
そんな人生は生きているといえるのか。
たくさんの初めてをくれたレクシオンからは、逃げたくない。
だから、エリネージュは頬に触れるレクシオンの手を振り払った。
「……どうして、あの時、私をエリネージュと呼んだの?」
教えた名前――リーネではなく、本名を。
素性知れぬ女ではなく、最初からエリネージュの正体を知っていたのか。
ぐっと拳を握りしめて、エリネージュはレクシオンの答えを待つ。
「……グレイシエ王国のエリネージュ王女。君のことは、知っていた」
まっすぐに向けられたアメジストの瞳が、嘘ではないと語っている。
やはりレクシオンはエリネージュの正体を知っていたのだ。
覚悟はしていたが、衝撃が大きかった。
(どうして、今になって正直に話すのよ……知らないふりを続けてくれたらよかったのに)
不可侵の森で、自分から告白するつもりだった事実をすでにレクシオンは知っていた。
知っていたのに、何も知らないふりをしていたのだ。
しかし、初めて二人で紅茶を飲んだ時のように、レクシオンはエリネージュの問いに嘘は吐かない。
それが憎らしく、彼らしい優しさだとも思う。
「レクシオン王子、何故、私がグレイシエ王国の王女だと知りながら、あなたの側においたのですか?」
警戒心を強くして、エリネージュは王女として問う。
レクシオンの目的は、一体何なのか。
平和条約に王女であるエリネージュを利用するつもりなのか。
アーリアが言うように仕事の調査のためなのか。
何かの目的がなければ、敵国の王女などを側に置こうとはしないだろう。
誰かに利用されることは慣れている。
慣れているだけで、傷つかないほど強くもない。
「死を抱いて眠る君が、あまりにも美しくて、愛しいと思ったから」
うっとりと、レクシオンはエリネージュにとろけるような笑みを向ける。
それは、目覚めた時と変わらぬ笑顔で。
彼はもしかしたら本当にそれだけの理由でエリネージュを連れ帰ったのではないかと思わせる。
「一番の理由は君を手にしたいという欲だったけれど、もちろん理由は他にもあった。少しだけ、僕の昔話を聞いてくれるかな?」
母親殺しと噂される、レクシオンの過去。
少し前までのエリネージュなら、他人のことに深入りはしなかった。
しかし今は、表面だけで、噂だけで、他人の言葉だけで、判断したくない。
レクシオンの言葉でレクシオンの気持ちを知りたい。
エリネージュは、レクシオンの言葉に頷いた。
「座って話そう」
レクシオンはベッドに腰かけ、エリネージュは近くの椅子に座った。
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