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「……ごめんなさい。レクシオンに無理やり話をさせたのは私なのに、うぅ」
「どうしてリーネが謝るの? 僕はリーネを無断で連れ帰った誘拐犯で、変態キス魔だろう? その上、君の正体を知りながら黙っていた最低の男だよ」
「そ、そうなんだけどっ」
ぐすん、とエリネージュは洟をすする。
まさか変態キス魔の王子様に重い背景があるとは思わないではないか。
「リーネの泣き顔も可愛くてたまらないけど、元気よく怒っている方が、僕は好きだよ」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
「うん」
レクシオンに笑顔で頷かれた。
きれいな笑みを見ていると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
まだ涙は止まりそうにないけれど、これだけは確認しておきたい。
「私の存在は、少しでもあなたのお母様の死の真相に近づくことに役に立てたの?」
エリネージュの問いに、レクシオンは頷いた。
「あぁ、まったく同じ毒だとは言い難いが。他にもここ最近、国内で眠っているような死体が増えている。不審死を調べるのも墓騎士の仕事だからね。それで、モルト伯爵の件も調べていたんだ」
モルト伯爵令嬢から話を聞いた時からもしかしてとは思っていたが、本当にエリネージュに使われた毒と繋がりがあるのだろうか。
もし、本当にそうだとしたら。
「レクシオンのお母様の死にも、最近の不審死にも、グレイシエ王国が関わっているの……?」
思わず、声に出していた。
あり得ないとは言えない。
しかし、何故だ。
休戦中に敵国の王妃や国民を毒殺することに、何の意味があるのか。
ユーディアナの目的は、エリネージュの排除ではなかったのか。
一体、何を企んでいるのか。
「リーネに出会うまでは可能性の一つとして考えていたけれど、今は確信している」
自分から聞いたことだが、かなりのショックを受けた。
「黙っていて、ごめん。グレイシエ王国でリーネがどういう扱いを受けていたのか、僕には分からなかったから」
「いいえ。レクシオンの判断は正しかったと思うわ。私がもし、グレイシエ王国とつながりがある者だとしたら危険だもの。魔女である私なら死を偽装することもできたかもしれないし……でも、それなら尚更、レクシオンは私を庇うべきではなかったわ」
暗殺者は毒のことを知っていた。
捕えて調べれば何か分かったかもしれない。
エリネージュを囮にしてでも、暗殺者の捕縛を優先すべきだった。
「いいや、僕は何度でも君のためなら刃でも毒でも喜んで受けるよ」
「私は魔女だし、どんな傷でもすぐに治るわ。庇う必要なんてない」
「それでも、痛みは感じるんだろう? いや、痛みを感じなくても、君に一瞬でも傷がつくところを見るのは耐えられない」
「私だって! 目の前でレクシオンが倒れた時、どれだけ怖かったか!」
そう叫んで、エリネージュはハッと口元を押さえた。
レクシオンが真顔になって、こちらを凝視している。
「ねぇ、少しは僕のことを好きになってくれたと思っていいよね?」
「そ、それとこれとは……」
もごもごと口を動かしながら、頬に熱が集まってくる。
「僕を好きだと言って欲しい」
「だ、だから、違う」
「僕はリーネを愛しているよ」
「……絶対、言わないから」
「やっぱり、リーネは可愛いね」
くすり、とレクシオンが笑う。
その笑顔にときめく心には気づかないふりをする。
「きっと、それは私の心の声が聞こえないからよ! もし私の心が聞こえたら、きっとあなたは幻滅するわよ」
エリネージュの心は、見た目のように美しいだけではきっとない。
化物じみた力にふさわしい、醜いものだって混じっている。
「聞こえなくても分かるよ。君のすべては美しい。だから、幻滅なんてしない」
レクシオンはまっすぐにエリネージュを見つめた。
きれいなアメジストの瞳に、真っ赤な顔をした自分が映っている。
ずっと心に張っていた氷の膜に、ヒビが入った。
「敵国の王女なのに?」
「僕が心を奪われたのは、グレイシエ王国の王女ではなく、リーネだ」
「私が、魔女の中でも異質な存在だとしても?」
「それを言うなら僕も同じだ」
「私は我儘で強情な女よ」
「リーネの我儘なら何でも聞くし、強がっているリーネも可愛い」
「レクシオンを利用して、傷つけるかも」
「うん、リーネのためならかまわない」
「馬鹿なの? 私は傷つけたくないのよ」
「ほら。やっぱり君の心は優しくて、きれいだ」
レクシオンの言葉で、弱い自分を守っていた氷の膜が崩れ落ちていく。
目の前が、涙で見えなくなる。
「だから、もう諦めて僕に囚われて。好きだと言って」
いつの間にか、距離を詰められていた。
優しく耳元で囁いた低音が、優しく包みこんでくれる腕が、エリネージュの心をあたためる。
もう逃げられそうにない。離れたくない。
このぬくもりを失いたくないと思ってしまった。
「……う、うぅ」
しがみつくようにしてレクシオンの背中に手を回す。
涙でぐちゃぐちゃの顔はお世辞にも可愛いとは言えないし、嗚咽だってきれいとは言えない。
それなのに。
「リーネは涙の女神かもしれないね」
「君の涙になりたい」
「リーネの泣き顔なら永遠に見ていられる」
「泣いている声まで美しいね……」
レクシオンはこちらが恥ずかしくて真っ赤になるような言葉をかけ続けた。
「リーネ、やっぱり僕のために死んでくれない?」
そうかと思えばまたこれだ。意味が分からない。
できることなら今すぐにレクシオンの心が読みたい。
しかし、彼が本気でエリネージュを殺すつもりがないことは分かっている。
「どうしてそう、すぐに殺そうとするのよ!」
「殺すなんて言ってない。僕と死ぬまで一緒に生きてほしいっていう意味で……」
「分かりにくすぎるわ!」
思わず、涙も引っ込んで全力で叫んでいた。
「え、そう? 僕としては求婚のつもりだったんだけど」
「そんな求婚お断りですっ!」
ついさっきまでの雰囲気は一瞬で吹き飛んだ。
それでも、近づいた距離はそのままで、離れがたいぬくもりをしっかりと握っていた。
考えなければいけないことはたくさんあるけれど、今はまだ、こうしていたい。
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