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「カトリーヌ、悪いのだけれど、九人分の紅茶をお願いできるかしら?」
死体保管室から汗だくになって戻ってきたお嬢様に、開口一番にお願いされた。
今ここには自分を合わせても三人しかいない。
聞き間違いかと思ったが、二度目もお嬢様は九人分と言っていた。
「かしこまりました」
これから誰かを招くのだろう、とカトリーヌは頷いた。
そうして再び、お嬢様は地下への道を走っていく。
一体、何があったのだろう。
気になるが、主人の行動を詮索しすぎるのはよくない。
カトリーヌは早速、紅茶の準備をするために食堂へと向かう。
レクシオンが購入したというこの屋敷は、必要最低限の調度品しか置いていない。
やはりというか、食堂の食器棚には二人分のティーセットしかなかった。
「どうしましょう。これから買い物に行って、間に合うかしら」
いつそのお客様が来るのかを聞いておけばよかった、とカトリーヌは反省する。
しかしここで悩んでいても、ティーセットは増えない。
カトリーヌは買い物に出ることにした。
色とりどりの花に囲まれた、美しい王都。
しかし、普段から華やかな王城勤務のため、カトリーヌの目にはただの日常にしか見えない。
(お嬢様でしたらきっと、花を見て目を輝かせるのでしょうね)
レクシオンからもらった花束を持って帰った時から、お嬢様が花を好きなのは分かった。
毎日のように花瓶に活けられた花を見ては目をきらきらさせていた。
その様子がとても可愛らしくて、カトリーヌは部屋に飾る花を密かに増やしていた。
早歩きで目的地にたどり着き、カトリーヌはティーセットを購入する。
いつもなら後で城へ届けてもらうが、今すぐに必要なものだ。
店主に無理を言って、すぐに馬車を出してもらう。
馬車に商品を積み込んでいる時、ふと王城の方が騒がしいことに気づく。
「大変だ~っ! ついに、あの変態王子が魔女の王国と手を組んだってよ!」
「レクシオン殿下は今、婚約者の令嬢を襲って逃げているらしい」
「魔女の王女にたぶらかされたって話もある」
「おぉ、怖い」
「……王妃様を殺したのも、実はレクシオン殿下だったんだろ?」
「あぁ、また戦争になるのか」
「ようやく生活が落ち着いてきたっていうのに……」
「レクシオン殿下のせいで」
「国を裏切るなんてひどい王子だ」
「見つけたら、絶対に俺たちで殺してやろう」
「あぁ、そうだ。それがいい」
「戦争になる前に、魔女に傾倒した王子を殺すんだ!」
聞こえてくる声はどんどん大きくなり、狂気が広がっていた。
王都中が、レクシオンの命を狙っている。
大変だ。早く、戻って伝えなければ。
今、外に出るのは危険だ、と。
「商品の積み込み終わったよ。それで、どこまで行けばいいんだ?」
声をかけられてハッとした。
このままレクシオンの別邸に行き、もし姿を見られてしまったら。
「あ、ごめんなさい。やっぱり、後で使いを向かわせますわ」
カトリーヌは慌てて店を出る。
そしてその時、急に誰かに手を引かれ、建物の影に連れ込まれた。
「っ!」
おもいきり叫ぼうとした口は背後から塞がれる。
(誰っ!? もしかしてもうレクシオン殿下の居場所が!?)
何が起こっているのか、正直カトリーヌには分からない。
しかし、どことなく十年前に王妃様が亡くなった時の嫌な雰囲気と似ている気がしたのだ。
今度こそ、カトリーヌは大切な主人を守りたい。
主人の秘密を知ったのに、何もできなかった十年前とは、違う。
だから、こんなところで襲われる訳にはいかないのだ。
「僕です」
その声を聞いて、カトリーヌは抵抗をやめた。
「レディに声をかける時にいきなりこれはどうかと思いますよ、オルス」
そう言って振り返れば、オルスは申し訳なさそうに立っていた。
(あぁもう、本当にかわいい顔にかわいい声なんだからっ!)
オルスが無口なだけで喋れない訳ではないとカトリーヌは知っていた。
誰もいないときに、一度だけ彼が声を出しているところに居合わせたのだ。
さすがにずっと無言でいると、のどの使い方を忘れてしまうから、時々は声を発しているのだろう。
何故か、声を出した後にひどく落ち込んでいたけれど。
オルスは童顔で、声まで可愛い。
しかし、だ。
カトリーヌはマゾで、年上の男性が好みだ。
けっして可愛い男性が好きなわけではない。
それなのに、レクシオンに侍女に選ばれてからオルスと接するようになって、可愛くて仕方がない。
歳が随分と離れているから、恋愛対象ではまったくないのだけれど――新たな性癖に目覚めそうだ。
しかし、今はオルスのうなだれる様子に萌えている場合ではない。
「王城で何があったのか、教えてくださいますね?」
「…………」
「あぁもう、分かりました。レクシオン殿下に説明するのが先ですわね」
どちらにせよ、急いで戻ろうと思っていたのだ。
オルスも一度に説明を終えた方がいいだろう。
そうして歩き出そうとした時、ふいに自分の体が浮いた。
「へっ!?」
間抜けな声を出した、間抜けな顔のまま、カトリーヌはオルスにいわゆるお姫様抱っこをされていた。
オルスの目を見るに、『こっちの方が早い』と言っている。
そしてそれを証明するかのように、オルスはカトリーヌを腕に抱いたまま、全速力で走った。
オルスのおかげで、行きよりもはるかに速い時間で屋敷に戻ってくることができたのだった。
その間、カトリーヌが羞恥で気絶しそうだったことをオルスは知らない。
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