「エリネージュ王女、あなたに話しておきたいことがあります」


 レクシオンの美貌は完全に母親に似たのだろう。

 女神のごとき美しさと今にも消えてしまいそうな儚さを持つフェリエを前に、エリネージュの方がドキドキしてしまう。


「は、はい」

「十年前、わたくしはレクシオンを傷つけることしかできないのならば、せめてレクシオンが傷つかずにすむ場所に連れて行ってあげたい、と密かにグレイシエ王国へ使者を送りました……人ならざる力を理解する魔女なら、レクシオンを救ってもらえるかもしれないと思い……今思えば、本当に軽率な行動でした。きっと、わたくしが毒を盛られたのはそれが原因でしょう」


 フェリエは静かに嘆息する。

 休戦中とはいえ、敵国に接触を図ることはかなり危険だ。

 それに、グレイシエ王国は魔女の国。

 魔法の障壁があり、外部からの侵入には敏感である。


「わたくしの侍女で、グレイシエ王国につながりを持つ者がおりました。エリネージュ王女もご存知でしょう。カトリーヌです。彼女自身は魔法を使えませんが、グレイシエ王国の魔女の血を引いています」


 カトリーヌが魔女の血を引いている、ということにエリネージュは驚く。

 しかしどこかで納得もしていた。


(年齢不詳な見た目は、魔女の血によるものだったのね……)


 グレイシエ王国の女性は総じて、若々しく美しい。

 それが魔女となれば別格であるが、平均的に見ても年齢を感じさせない女性が多いのだ。

 カトリーヌが魔女の血を引いているならば、きっと魔法障壁はすり抜けられる。

 そしてもし、グレイシエ王国の王城で働く者に知人がいたならば、協力をあおぐことも可能だろう。

 だが、それでも一国の王妃が計画するにはあまりにも無謀だ。

 そうまでして、フェリエがグレイシエ王国と接触しようとしたのは、ひとえに愛する息子レクシオンのためだったのだろう。


「フェリエ王妃は、グレイシエ王国に何を求めたのですか?」


 エリネージュの問いに、フェリエはにっこりと美しく微笑む。


「あなたですよ」

「え、私?」

「エリネージュ王女に、レクシオンとの婚約を申し込んだのです。しかし、返事はもらえませんでした……というより、返事があの毒だったのかもしれません。ですから、わたくしは目覚めた時にあなたがレクシオンの側にいることが信じられなくて、とても嬉しかったのですよ」


 フェリエの言葉に、嫌でも「運命」という言葉を思い浮かべずにはいられなかった。

 十年前、フェリエが結ぼうとした縁は、形は違ったが確かに今につながっている。


「やっぱり、僕たちの出会いは必然であり、運命だったんだよ」


 隣で、レクシオンが嬉しそうに言う。

 グレイシエ王国からの返事が毒だった、ということは喜べないが、実は十年前からレクシオンとの縁があったのだと知れたことは素直に嬉しい。


「そうかもしれないわね」


 だから、エリネージュは頷いた。

 しかしその言葉を聞いたレクシオンは、とんでもないことを言い出した。


「母上、僕は絶対にリーネと結婚しますので、安心してください。これから、リーネと一緒にグレイシエ王国へ結婚の挨拶に行ってきます」

「え!? な、何言っているのよ!? 今のはそういう意味じゃ」

「僕たちは十年前から結ばれる運命だったのに、こんなにも遠回りしてしまった。そう思うと、今すぐリーネと結婚したい。いや、それよりも、また君と引き離されてしまう前に、二人で人生を共にすると神に誓ってから行く?」


 レクシオンの目は本気だった。

 このままだと教会に直行しそうな勢いだ。

 そしてこの場にいる誰も、レクシオンを止めようとしない。

 というより、こんな彼を見るのが初めてで対応しきれていないのだ。


「ちょっと、落ち着いて! そんなすぐに結婚なんて無理だから! 私は、グレイシエ王国でやらなければならないことがあるのよ」


 生きているかもしれない母。

 助言をくれた父。

 ずっとエリネージュの命を狙っていた、ユーディアナ。

 そのすべては、エリネージュが逃げ出したグレイシエ王国にある。


「それなら、早く行こう。いやでも、結婚の挨拶にこの黒の騎士服ではまずいだろうか?」

「あのね、だから、そういう意味で帰る訳じゃないからね!?」

「うん。大丈夫だよ。僕の両親は認めてくれているし、あとはリーネの家族だけだ。緊張するけど、僕も認めてもらえるように頑張らないとね」


 駄目だ。全然話を聞いていない。

 しかし、心なしかいつもよりも浮かれている気がする。 


「ちょっと、どうしてそういう話になって……」


 ハッとしてジルモンドを見ると、目線を逸らされた。


「父上が、幸せになれって言ってくれたからね。二人で、幸せになろう?」


 いい笑顔で、レクシオンはエリネージュの肩を抱いて歩き出す。

 そうだった。

 話はせずとも、レクシオンは心の声を聞くことができるのだ。


(でも、そっか。ちゃんと、伝えられたんですね)


 一瞬、ジルモンドを振り返れば、罰が悪そうにこちらを見ていた。

 きっと、ハッピーエンドはもうすぐだ。


 あとは、エリネージュが逃げ続けていた問題にけりをつけるだけ。

 すでに結婚式の話をしているレクシオンを横目に、エリネージュは決意を新たにする。


(待っていなさい、ユーディアナ。私はもう逃げたりしないわ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る