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「何から話せばいいのか……この不可侵の森ができたのは、ただ一人の方をお守りするためでした」
「もしかして、その人って」
「はい。《白雪姫》は、魔力の根源を生み出した大精霊グラシエース様に愛された存在です。そして、あなたは《白雪姫》の生まれ変わりなのです」
告げられた言葉に、エリネージュは息をのむ。
母に特別な存在だと言われ続けた意味を、今ようやく理解した。
大精霊グラシエースといえば、この地に魔力を宿した存在だ。
そして、その魔力から始まりの魔女が生まれたといわれている。
しかし、そんな大精霊に愛された《白雪姫》の生まれ変わりなど、そう簡単に信じられるものではない。
「でも、誰も……そんなこと教えてくれなかったわ」
エリネージュを「白雪姫」だと呼ぶ者たち皆。
今まで、この白い肌を揶揄して「白雪姫」と呼ばれているのだと思っていた。
誰も、大精霊に愛された存在がいたなんて、それが《白雪姫》だなんて言っていなかった。
「それは仕方ないんじゃないかな。本来の《白雪姫》について知る者は、僕たち以外もういないと思うから」
「うんうん。それでも、不思議と《白雪姫》の生まれ変わりはみんな雪のように美しい白い肌を持っていて、何故か『白雪姫』って呼ばれるんだ」
サンとドゥーエの答えを受けて、エリネージュは少しだけホッとした。
あえて黙っていたのではなく、皆も知らなかったのだ。
大精霊に愛される《白雪姫》のことを。
しかし、自分が《白雪姫》のなのだとしたら、エリネージュという存在はどうなるのだろう。
自分という存在が不確かに思えてくる。
うつむいたエリネージュの顔をそっと上げたのは、レクシオンだった。
こちらをまっすぐに見つめる、レクシオンのアメジストの瞳。
「リーネが《白雪姫》の生まれ変わりだとしても関係ない。僕が愛するリーネはここにいる君だけだよ」
レクシオンの言葉で、不安定だった自分の形を取り戻す。
そう。自分は、大精霊ではなく、変態王子に愛されるエリネージュ・ワイトリーだ。
たとえもし本当に前世が、《白雪姫》なのだとしても。
「でも、僕以外がリーネを愛するなんて許せないな。しかも、この森ができた時からって、数百年は経っているだろう。そんな昔からリーネを付け狙っているのか? リーネは誰にも渡さない。その大精霊とやらはどこにいるんだい?」
嫉妬をむき出しに、レクシオンが小人たちに冷たい笑みを向ける。
これに焦ったのは小人たちだ。
「大精霊グラシエース様はこの森で眠っているんです! 今、《白雪姫》の不在と危機を感じて怒っているところなので、これ以上その怒りをあおらないでくださいっ!」
目に涙を浮かべてシエンがレクシオンに訴える。
この変態王子は何をしでかすか分からない、と本気で警戒している。
「まだ僕の話は途中ですから! とりあえず聞いてください!」
インスが両手を振って訴える。
「僕たちにも時間はないんだ。手短に話してくれ」
「分かりました」
そうして、インスは語る。
「《白雪姫》に記憶はなくても、大精霊グラシエース様の加護を受けて生まれ変わり続けます。その加護の力は大きく、本来であれば誰に侵されることもありません。しかし、転生を繰り返せば、その加護も薄れてしまう。それを危惧したグラシエース様は、《白雪姫》を守るために、不可侵の森をつくり、守り人として僕たちが《白雪姫》を見守る役目を担っているのです」
この不可侵の森が《白雪姫》のためのものであるから、ここで過ごした日々はエリネージュに安心をもたらしてくれたのだ。
守り人である小人たちの家に迷わずたどり着いたのも、きっとそのためだろう。
そして、魔女がこの森に手を出せないのも、魔女を生み出した大精霊を相手に勝てるはずがないから。
「もしかして、この森に入った時に刻まれるこの印も、《白雪姫》に関係している?」
レクシオンが小人たちに手の甲を見せた。
その印を見て、小人たちは目の色を変える。
「僕たち以外に、守り人の印が刻まれるなんて……っ!」
「どういうことだい?」
「さっきも言った通り、この森は《白雪姫》を守るための場所。だからこそ、外部の人間が入らないように印を刻む。森の最深部には入り込めないように……。最近は国外追放扱いになるから入り込む者はほとんどいないけど、普通刻まれるのは茨の模様なんだ」
「雪の結晶の模様は、《白雪姫》の守り人の証だ」
フィーが説明し、トリーが断言した。
「そうか。それなら、僕は正式にリーネのための騎士になれた訳だ。大精霊によるものならば、何か特別な力があったりするのかな?」
右手の甲に刻まれた雪の結晶を見て、レクシオンが問う。
「この印は、大精霊グラシエース様の力が眠る最深部に入る通行証のようなものです。もちろん、《白雪姫》は無条件で通ることができます」
不可侵の森の最深部は、まだエリネージュも行ったことがない。
(でも今は、グレイシエ王国に行くことが先だわ)
小人たちの無事は確認できた。
また新たな真実が明らかになったが、自分の力の意味を知ることができた。
「色々教えてくれてありがとう。私たちはもう行くわ。どうか、無事でいてね」
「白雪姫、もしかして君の命を狙うあの女王のところへ行くの? ここにいれば安全なのに」
心配そうな顔で、シンスがエリネージュを見つめる。
他のみんなも、同じような目で見つめていた。
「みんなと過ごした時間は、本当に穏やかで、安らぎを覚えたわ。でも、私はグレイシエ王国の王女だから。行って、ユーディアナを止めないと」
エリネージュは大丈夫だと安心させるように微笑む。
「心配しなくても大丈夫だ。リーネには僕がついているからね」
レクシオンがそう言って、エリネージュの肩を抱き寄せた。
力強い言葉と、ぬくもりに、胸がときめく。
そして、小人たちは顔を見合わせ、頷き合った。
口を開いたのは、サンだ。
「それなら、最深部を通るといいよ。王城につながっているから」
その一言で、エリネージュたちは最深部を目指すこととなった。
なんと《白雪姫》と守り人だけが見つけ、通り抜けることができる秘密の道があるという。
王城だけでなく、グレイシエ王国内のあちこちとつながっているのだとか。
それはすべて、《白雪姫》に何かあった時のためのもの。
「え。大精霊様、過保護すぎない……?」
ただ一人のために加護を与えたり、森を作ったり、守り人をつけたり。
その上、秘密の抜け道まで用意している。
しかし、エリネージュの意見に賛同してくれる人はこの場にはいなかった。
「僕も、リーネを守るためならこれぐらいするよ」
というレクシオンの言葉に、小人たちもうんうんと頷いている。
さらにこの守りも十分ではないから心配だ、などという話で盛り上がりながら、エリネージュたちは森の最深部へたどり着いた。
そこには建造物ほどの大きさの大木があり、太い木の根の一部がむき出しになっている。
「ここからは、《白雪姫》と守り人しか通れない」
そう言って、小人たちは木の根の、人一人通れるくらいの隙間をくぐっていった。
エリネージュは、隣に立つレクシオンを見る。
人間のレクシオンが本当にこの道を通って大丈夫だろうか。
グレイシエ王国の王城には部外者を探知する結界もある。
もしレクシオンに何かあったらと思うと、先へ進む足が止まる。
「行こう」
しかし、レクシオンは笑顔でエリネージュの手を引く。
何の心配もいらないと言うように。
そして、エリネージュはレクシオンとともに木の根をくぐった。
大精霊の力にはじかれることなく。
くぐった先はぽっかりと開けていて、あたたかな光に照らされていた。
そして、いくつもの扉があった。
「この扉の先がグレイシエ王国王城につながっているよ」
そのうちのひとつの扉を指して、ヘクスが言った。
「案内ありがとう。行ってくるわ」
エリネージュは扉の前に立ち、小人たちを振り返る。
すると、インスが前に出た。
「白雪姫、大切なことを黙っていてごめんね。毒林檎から守れなかったことも。でも、僕たちが望むのは白雪姫の幸せだけだ。それだけは、信じてほしい」
「もちろんよ。でも、これからは私のことだけじゃなくて、みんなの幸せも考えてほしい。《白雪姫》にとらわれないで。私も同じように、みんなの幸せを願っているから」
この不可侵の森でずっと、《白雪姫》を守るために存在していた七人の小人たち。
ひとりひとりの目を見て、エリネージュは感謝の気持ちを込めて微笑む。
すると、彼らの眦には涙が浮かぶ。
「ありがとう、白雪姫――いや、エリネージュ王女」
《白雪姫》ではなく、エリネージュ個人に。
「僕たちはここで、大精霊様に君が無事であることを伝えるから」
自分たちも力になりたいと。
「少しでも怒りを抑えてもらえるようにお願いするよ」
ぎゅっと両手を握りしめて。
「だから、僕たちのことも」
「異常気象のことも気にしないで」
頼もしい笑顔を浮かべて。
「エリネージュ王女の望みを叶えてきてね」
七人の小人たちの言葉ひとつひとつが嬉しくて、エリネージュは思わず彼らに抱き着いていた。
「みんな、大好きよ!」
もう何も怖いものはない。
そう思えるくらい、エリネージュの心は満たされていた。
「僕も混ざってもいいかな?」
レクシオンは嫉妬心を隠しもしなかったが、エリネージュと小人たちの抱擁に入り込むことはなかった。
そうして小人たちに見送られ、エリネージュとレクシオンは秘密の通路を使い、ようやくグレイシエ王国へとたどり着いた。
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