「さっきの使用人とは知り合いなのかい?」


 アーリアが滅多に使用人と話すことがないから、不思議に思ったのだろう。

 叔父がいつになく真剣なトーンで聞いてきた。


「いいえ。名前も知らないわ。でも、彼女はレクシオン様が拾った使用人だそうよ」

「レクシオン殿下が?」

「えぇ……それにしても、あんなにお人形みたいに整った顔の人間が存在するのね。生きて動いているのが不思議なくらいだわ」


 アーリアは正直な気持ちを吐露した。

 美しさに憧れはあったけれど、あれほどまでに完璧な美はある意味恐ろしい。

 自分はただの人間なのだと自覚させられる。


(でも、レクシオン様は彼女を見つめて笑っていたわ)


 悔しくて、自分の父のための調査に利用しているのだと嘯いたが、冷淡なレクシオンに限ってそれはないだろう。

 しかし、彼女はそれを理解していないようで、見事にアーリアの言葉でショックを受けていた。

 あの時の表情だけは人間らしさが垣間見えた気がする。


「私は遠目だったからよく見えなかったけれど、そんなにきれいな子なら、ちゃんと見ておけばよかったなぁ」


 少しだけ父に似た面差しで、叔父は笑った。

 アーリアは、まだ父の死を受け入れられずにいる。


「ねぇ、叔父様。本当に私はレクシオン様と結婚できるのかしら……」

「アーリアは可愛いし、兄上の自慢の娘だ。レクシオン様は多少変わった嗜好を持っているかもしれないが、そこさえ受け入れられれば大丈夫だろう」


 伯爵であった父が突然亡くなり、領地や財産、当主の死による手続きは多く、アーリアと母は途方に暮れていた。

 そこで救世主のように現れたのが、父の弟であったシーノだ。

 藁にも縋る思いだったモルト伯爵家は、シーノの助言と采配に手放しで喜んだ。

 そして、シーノは言ったのだ。

 モルト伯爵家のためにも、王家に嫁げ、と。

 レクシオンの噂だけはよく知っていた。


 死体にしか笑いかけない変態で、王城のどこかにある死体安置室で死体をコレクションしているとか……もし笑いかけられたら死体コレクションにされてしまうのだとか。

 そして――その死体コレクションの一人目の犠牲者が王妃様だったのだとか。


 最初はどんな恐ろしい人かと思った。

 しかし、実際に父の不審死を調査するために現れたレクシオンは、彫刻のように整った容姿をしていて、思わず見惚れていた。

 アーリアからの熱い視線にも無反応で、レクシオンは淡々と状況確認をしていった。

 それなりに社交界ではちやほやされていた自分が、あんなにも相手にされないというのは逆に新鮮だった。

 そして、彼は噂に聞いていた通り、死んだ父に対してだけ笑いかけた。

 その時の笑顔に完全に心臓を鷲掴みにされたアーリアは、本気で叔父の言うようにレクシオンとの婚約を狙うことにしたのだ。

 しかし、あれから父の件を理由に会おうとしても無視され、彼が時々立ち寄る墓地で待ち伏せをしていても相手にされず、そろそろ本気で彼は生者に興味がないのかと諦めかけていた時、あの娘が彼の隣にいたのだ。


 死体にしか笑みを向けなかったレクシオンが、死体に向けるよりも熱い眼差しと嬉しそうな笑みを向けて。


 衝撃が強すぎて、すぐに脳裏に思い浮かぶ。

 あの笑みを向けられたいと願っていたのに、どこの誰とも知れない使用人に先を越された。

 いや、この先アーリアがあの笑みを向けられることなんてないかもしれないのに。

 それでも、どんな手を使ってでもレクシオンと婚約し、いずれは結婚するのだと覚悟を決めて、叔父の手を取ったのだ。

 しかし、いまだレクシオンとの関係は薄いまま。


「そんな不安そうな顔をしなくても、ちゃんと国王陛下にはアーリアのことを話しておいたから。レクシオン殿下自身にその気はなくても、国王陛下の口添えがあれば状況は変わるはずだよ」

「まあ! 本当に?」

「あぁ、アーリアがレクシオン殿下に嫁げば、私も王と姻戚になれる」

「ふふ、モルト伯爵家は安泰ね。お父様にも私の花嫁姿を見せてあげたかったな……」

「兄上もアーリアを見守っているよ」


 優しく頭を撫でられ、アーリアはこくりと頷く。

 父が大切にしていたモルト伯爵家は終わらせたりしない。

 叔父の野望も、アーリア自身の幸せも。


 だから、どれだけ美しい容姿を持っていようと、あんな使用人に奪われる訳にはいかないのだ。


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