「どこでもいいだろう」


 そう言って、レクシオンはエリネージュを背に隠すように立った。

 その広い背中を見つめて、エリネージュはむず痒い気持ちになる。

 誰にも守られたくないと強がっていたけれど、レクシオンのせいでそんな強がりはできなくなってきた。

 そのせいで自分が弱くなったと思うのに、どこか嬉しい。

 つないだ手のぬくもりを意識して、じんわりと頬が染まる。

 しかし、アーリアの声でそんな気持ちは霧散した。


「レクシオン様っ! 最近お会い出来なくて寂しかったですわ!」

「僕はあなたに会えなくても問題ありません」


 冷酷だと評されるのが納得できる、淡々とした冷たい声だった。


「そんな言い方はあんまりですよ。アーリアはレクシオン殿下の婚約者となるのですから」

「僕は納得していないが?」


 シーノの言葉に、レクシオンは怒りをあらわにする。


「国王陛下がお決めになったことです。それに、アーリアはレクシオン殿下を慕っていますし、殿下にどんな趣味嗜好であろうとも支える覚悟はできております。今まで流れてきた婚約話とは違うのですよ」

「えぇ、もちろんですわ! 私は、レクシオン様との婚約を心から望んでおります。それに、レクシオン様は、私のために父の件を調べてくださっているのですもの。これからは婚約者として私にできることでしたらなんでもいたしますわ!」


 いくらレクシオンが嫌だといっても、王命を覆せるはずがない。


(……レクシオンが私を好きだという気持ちは、きっと、彼をさらに孤独にしてしまう)


 気づいてしまった事実に、エリネージュの胸は痛む。

 ずっとレクシオンを避け続けていた国王が、婚約を認めたのだ。

 それに、婚約者であるアーリアは、変な噂ばかりのレクシオンを受け入れる覚悟がある。

 エリネージュが側にいない方がいい。

 グレイシエ王国の王女だとバレたら、エリネージュの存在を隠していたレクシオンの立場は悪くなるだろう。

 自分のせいで、レクシオンが苦しむのは嫌だ。

 だから、レクシオンの手を離そうとした。

 しかし、その代わりにぐっと手を引かれ、エリネージュは彼の隣に立たされる。


「シーノ、お前にはまだ話していなかったね。僕は、彼女を愛している。彼女以外と結婚するつもりはない。そう父上にも伝えておいてくれ」

「ちょっと! 何言って」

「リーネ、君はまだ分かっていないんだね。僕は、君が側にいてくれれば幸せなんだ」


 うっとりと甘い表情でレクシオンがエリネージュに笑いかける。

 その瞬間、気づいてしまった。

 エリネージュは、レクシオンに笑っていてほしい。

 無理をして、自分を傷つけるための笑みでなく、幸せがあふれ出るような笑みで。

 そして、それができるのは、他の誰でもないエリネージュなのだとレクシオンはいつもその笑顔で訴えていた。


(あぁ、もう……認めるしかないじゃない)


 レクシオンのことが好きだ。

 死体にキスする変態なんて絶対に好きになるものか、と思っていたのに。

 ずっと自分の心には気づかないふりをしていたから、いつからなんて分からない。

 ただ分かりたくないだけかもしれないけれど、この気持ちをもう誤魔化すことはできそうにない。

 彼はいつだって、エリネージュに愛を伝えてくれるから。


「私も、レクシオンが……」


 こちらをじっと見つめるアメジストの瞳に、頬が熱くなる。

 言葉にするのがこんなに恥ずかしいなんて思ってもみなかった。


「ちょっとお待ちください! レクシオン様、その女は使用人でしょう!?」

「そうですよ。認められるはずがありません! あなたはもう、書類上はアーリアの婚約者です!」


 横からわーわーと抗議の声が聞こえてくるのに、レクシオンの世界にはエリネージュだけが映っている。

 そして、エリネージュも人生で初めての告白に心臓が爆発しそうでそれどころではなかった。


 しかし、状況はすぐに変わる。


「あぁもう、計画が台無しです。レクシオン殿下」


 シーノがため息を吐くと、黒ずくめの男たちに囲まれた。

 ざっと十人は超えている。


「シーノ、これはどういうことだ?」

「レクシオン殿下が大人しくアーリアとの婚約を受け入れてくだされば、もっと平穏に事を進めることができたというのに。彼らの手を借りることになってしまいました」


 そう言って笑うシーノに、エリネージュは違和感を覚える。

 そして、黒ずくめの男たちには既視感がある。


「レクシオン、彼らはグレイシエ王国の暗殺者だわ」


 つい先日、王都で襲われた記憶がよみがえる。

 レクシオンが心配で、エリネージュはぎゅっと繋いだ手を握り直した。


「……シーノ、お前だったか。グレイシエ王国と通じていたのは」

「えぇ、そうですよ」


 否定することもなく、あっさりとシーノは認めた。


「叔父様……?」

「あぁ、君のことをすっかり忘れていた」


 そう言って、シーノはアーリアの目の前に金色の懐中時計をかざす。

 その直後、アーリアは意識を失い、その場に倒れこんだ。


(どういう、こと……?)


 エリネージュは衝撃を受ける。

 姪であるはずのアーリアの意識を奪ったこともそうだが、それ以上に……。


「その懐中時計は、私のお母様のものよ。どうして、お前が持っているの!?」


 グレイシエ王国の女王で、時の魔法を得意としていた母マリエーヌ。

 彼女がいつも媒介にして使っていたのが、今シーノが持っている金の懐中時計と同じ。

 エリネージュが見間違えるはずがない。

 母の魔法道具を。

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