第3話 双子の姉

魔法使いがこの世界に転生してから十五年の歳月が経過した。


 魔族の赤子に転生する計画は破綻し、今は人間の少女の姿、アリエル・フォンティナ・ペルセリカという名になっていた。生まれたのは王族の家系でペルセリカの第二王女らしい。

 その事実に愕然とし、話せるまで成長すると、直ぐにアリエルは城の書庫に通いつめた。

 城の書庫で転生の術式の見直しを行なったが、なぜ失敗したのかどう考え直しても結論はでなかった。再度の転生も考えたが転生の術式は世界そのものに影響を与えて発動する。その世界に重要な役割をもつ存在の素材を掛け合わせ世界の理に干渉するというもの。

 素材になる存在を調べるのは簡単だった。


 同時に絶望した。


 この世界にもかつて魔王と呼ばれる存在がいたらしい。6体の神龍によって滅ぼされたと書物には書いてあった。

 6体の神龍がこの世界では創造神として崇められており、転生においてはキーとなる存在というのは直ぐに理解することができた。

 しかし魔王との戦いで1体を残し消滅してしまっていたそうだ。

 神龍の代わりとなる存在を模索したが、調べれば調べるだけその神龍の存在が偉大なものかがより深く分かるだけ。


「もうダメなのか」


 埃っぽい巨大な本棚が並ぶ部屋で机に積みあがった本の中からか弱い声がする。少女は背までのぼさぼさなピンク色の髪を掻き乱して高い天井を見上げていた。

 先ほどは天井からは夕日の紅色の光が見えたが。今は蒼い空が見えている。時間を忘れるほど再びの転生について調べるが完全に手図まりだった。


「アリエル様! またここにいらしていたんですか! 勤勉なのはいいですが、限度があります!」


 書庫から出て廊下の大きな窓から差し込んでくる日差しに目を覆うと、直ぐ横から起こり気味の声が聞こえてきた。

 アリエルより4つ年上で代々王族に遣えている家系の女性で、名はシュリル・コゼンティーノ。


「魔の道に限界は存在しない」

「誰も魔法のことは言っていません! もうっ! 埃まみれじゃないですか」


 シュリルはアリエルの手を掴み廊下を歩き出す。その速い歩みにアリエルは足がもつれそうになりつつもついて行く。


「風呂なら入らんぞ」

「またそんな粗暴な言葉遣いを。魔法ではなく、もう少し王女としての振る舞いを勉強なさってください。それにドレスがあるのに……そのような服をご用意されて……」


 王族の服装は子供であろうとも厳格さを求められ、男子は騎士の服装、女子はドレスと習わしで決まっている。

 そんな中アリエルの服装は白を基調にピンクのアクセントのおもむき。膝上のソックス短パン。上に関しては男の騎士風の服装で肩からは膝までのローブで身を包んでいる。


「私じゃない。ティアの奴だ。着心地がいいから着てやってるだけだ」


 突然足が止まりシュリルが両手でアリエルの頬を挟み、引っ張りあげる。


「言い直しましょうか」

「……私が準備した物ではありません……ティア姉様が準備された物で……す……」

「うん。よろしい!」


 再び力強くアリエルの手を引っ張る。


「おい!……どこへ行くんですか……」

「……広場で騎士団長が剣の稽古の約束をしているのに来ないと嘆いていましたよ」

「あ~そういえばそんなこと約束してたっけか」


 前の世界では剣術の類は一切やってこなかった。魔法こそが最強であると思い込んでいたからだ。だが魔王になるには剣術も一流になる必要がある。実際に相対した魔王の剣の腕前は凄まじかった。勇者と補助の剣士をいともたやすく速度・力ともに上回っていた。それでも魔王を討伐できたのは唯一魔法だけが魔王と互角に渡り合うことができる魔法使いがパーティーにいたからだと、笑みを浮かべながら引っ張られる。


「騎士団長様、アリエル様をお連れしま……ティアナ様?」

 広場では既に1人の騎士とアリエルと似たような服装の金髪の少女が剣を交えていた。2人の間には緊張感が漂い声をかけられる雰囲気ではない。


「少し待ちましょうか」


 2人は中庭の広場へ階段を下りるとそこに座った。


「それにしても……見れば見るほど……」

「たしかに……ティアナ様はすごいですね。本気ではないといってもあの騎士団長様と剣の勝負ができるほどとは、何処かの書庫篭りの箱入り姫様とは大違いですね」

「ほっとけ……」


 まだ十五の少女が国の一番の剣士である騎士団長と互角に勝負ができると言うのは尋常ではない。何も知らない人が見れば釘付けになる光景だろう。


(それにしても名前といい、その剣技。思い出したくない奴を思い出してしまうな)


 ほどなくしてお互いに息を切らし剣を引き小さくお辞儀をする。

 同時に周りで見ていた兵士達から拍手が送られる。


「あら、エルも来ていたのね」

「私がダニエルにお願いしていたからな」

「お願いしていたんなら時間は守りなさいよ。どうせまた書庫に篭っていたんでしょ? 剣の修行やる気あるんだったらちゃんとやりなさい」

「だから来ているだろ。ティアこそ私の稽古相手を勝手に取るな」

「ならちんたらしてんじゃないわよ」


 そこへわざとらしい咳払いが聞こえてくる。


「げっシュリル……」

「両姫様。これ以上下品な言葉遣いをされるのであればご両親と私の祖母にご報告させていただきます」

「はっソンナ脅しが通用するとデモ……思っているのかしら……」


 手にもつ剣は見るからに振るえ、声は少し裏返っている。


「なら丁度いいですし、2人で勝負して負けた方は祖母に品格について教えてもらいましょうか」

「ふざけるな! あんなのに勝てるわけないだろ!」

「私はいいわよ」

「なら祖母の特別授業はアリエル様に決まりですね」

「……わかった。いいだろう」


 アリエルは広場に歩みを進め騎士団長から剣を受け取る。勝ちを確信しているのかティアナは笑みを浮かべている。

 剣の重みに一瞬腕が下がるが両手で持ち直しティアナに向かって構える。

 騎士団長が2人の間に立ち開始の合図を告げる。


「エル……正気?」

「何が……?」


 片手で構えるティアナだが、その向かいでは両手で剣を掴み腰は少し引け剣がブルブルと震えている。


「もうこれ以上持たない! 早く来てくれ!」

「どんな勝負よ……。もういいわ剣を奪って終わりね」


 まともに剣すらも持てないアリエル。ティアナはそのまま歩みを進めアリエルに近づいていく。

 剣が届く間合いまで近づくとアリエルがニヤッと小さく笑った。


『グラビティフィールド』


 低い重低音が響き始めると、アリエルの周りの地面が陥没した。ティアナはその場に膝をつき剣を地面に突き刺す。


「魔法を使うなんて……反則よ!」

「ふはははっ。誰も剣だけの勝負だなんて言ってない。ルールは破ってないさ。よっと」


 剣を振り上げるとそのままティアナへと突きつけた。

 そして審判をしていたダニエルをじっと見る。


「勝者……アリエル様……」

「はいっ 私の勝ちだ。婆やの特別授業を楽しんでくれたまえ姉上様」

「卑怯よ! 魔法を使われたら勝てるわけないじゃないの!」

「それはこっちの台詞だ。剣の勝負で私がティアに勝てるわけないだろ」


 騎士団長と互角の勝負をしたティアナと剣を構えることもちゃんとできないアリエル。

 剣の勝敗は結果を見るまでもない。


「シュリル! こんな勝負無効よ!」

「アリエル様のおっしゃる通り、魔法は禁止というルールはありませんでしたから」

「ティア、往生際が悪いぞ」

「ではお二人とも参りましょうか」

「は? 私は関係ないだろ」

「剣の稽古なのに魔法を使う。ルールはありませんでしたが、手段を選ばないその性格。アリエル様のねじ曲がった根性を叩き直してもらいましょう。しばらくは書庫篭りはできないとお思いください」


 シュリルは2人の手から剣を取るとダニエルへと渡す。


「あ! お二人ともどこへ行かれるんですか!」


 アリエルとティアナは一瞬の隙をつき、中庭を端の方に向かって走り出していた。

 シュリルは慌てるがすぐに冷静さを取り戻した。

 中庭の向こう側は石垣と城壁で断崖絶壁だ。逃げ道はどこにもない.


「逃げ場はありませんよ〜。 なっいけません!」


 端まで来ると2人は柵を乗り越えて行った。

 急ぎ柵に乗り出し眼下を見ると、白い光に包まれゆっくりと城の裏手に広がる森に降下していった。



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