第43話 一触即発の真相
城のメイドの後を3人で連なって歩いている。ドレスを見に纏い、すれ違う城のメイド達は足を止め見入って固まった後に頭を下げる。その姿にアリエルは眉間にしわを寄せる。
「こうなるから嫌なんだ。見世物じゃないぞ」
「本当に勿体無いですね」
「何がだ」
「ふふ。分かっていますでしょう。私もお二人のそのようなお姿はあまり拝見出来ませんので嬉しいですよ」
「勝手に言ってろ」
すごく不機嫌そうにむくれるアリエルにシュリルは耳打ちする。
「言葉遣い」
「分かっている! 絶対に約束を守れよ。あと……笑ったらぶっ殺すからな」
「笑いませんよ」
先頭を歩いていたメイドは立ち止まり、大きな扉の前に立ち振り向く。
「こちらです」
扉が開かれると既に始まっていた夜会の参加者達の視線が出入り口に集まった。
「さてと……覚悟を決めるか……」
アリエルは頬を軽く叩くと目尻から力強さがなくなり、くるりとした目で優しげに微笑み部屋の中へと進む。人混みの中からベルトランが姿を現し、3人はそこへと向かって進む。
そしてアリエルが口を開く。
「ベルトラン陛下。この度はこのような会にお招きいただきありがとうございます」
「身体は大丈夫なのか?」
当初は夜会を欠席するつもりで疲労によりシュリルだけが参加するということで伝えていた。
「ご配慮感謝致します」
「なら良いが……」
ベルトランは不思議そうにアリエルを見つめたまま言葉を濁す。
眼差しははキラキラ輝き、受け答えの言葉遣いも明らかに昨日のお前の国は滅ぶぞと言っていた傍若無人の態度とは違う。
アリエルの変わりように固まっているベルトランではあったが、ティアナは周りを見渡してから顔を伏せた。そこへベルトランに話しかけてくる人物がいた。
「父上。遅くなり申し訳ない。……ティアナ王女」
「ベルフォルト殿下……お久しぶりですね」
佇まいはすらりとした青年。この国の第一王子であるベルフォルト・オラリアン。
「一年前でありましたか……最後にお会いしたのは……」
「そうですね……」
「やはり気が変わって僕に会いに来てくださったのですか?」
「今回はパ……お父様の遣いです」
「美しくなられましたね。この一年僕は貴方の事を一秒たりとも忘れたことはありません。ティアナ王女はいかがですか?」
「覚えてはいましたね……」
ベルフォルトはティアナに少しづつ近づいて悲しそうに見つめる。ジリジリと詰め寄っていく姿は顔立ちが整っている彼であっても気持ち悪さは拭いきれない。
気がつくとティアナの目の前まで詰めて捨てられた子犬のような目を向けている。
アリエルが呆気にとられ、後ろを振り返りその様子を見つめていると、ティアナの後ろに控えていたシュリルから目配せが飛んでくる。
「好きです」
「光栄です」
「結婚してください!」
「光栄です」
ベルフォルトがティアナの手を取り眼前にまで顔を寄せ真っ直ぐに見つめ、ティアナは苦笑いを返す。
「お気持ちは嬉しいのですが……」
視線を合わせないように顔を背けてはいるが、チラチラとベルフォルトの様子を確認する。精悍な顔が崩壊してヒクヒクと震わせ、目には一杯の涙が溜まっている。
「ベルフォルト! やめよ。いい加減忘れよ。お前の強引な求婚でどのような事になったか忘れたのか」
「父上……ですが月日がいくら経とうとも忘れられないのです」
ベルフォルトはうつむき雫がポタポタとティアナの手の上に落ちる。
アリエルはポカンと口を開けてその様子を見ている。そしてさっとシュリルの元へと移動して、背伸びして耳打ちする。
「おい、求婚っていうのは手紙だけじゃないのか?」
「それは……」
アリエルが知っているのは大量の手紙を送り続けたことのみ。それだけで戦争の一歩手前まで進むのは普通ではないが実際に起こったことであり、アリエル自身も馬鹿げていると認識していた。
だがベルトランがベルフォルトに注意する様子は明らかにベルフォルトに非があるような感じだ。
アリエルはその頃ほとんどの時間を城の書庫に籠っていたため、ミーシャから城内の噂程度しか聞かされていない。
「さっさと答えろ。他にも何かあるのか?」
「実は……殿下からの手紙をティアナ様は無視し続けたみたいで……フェルバート様がやめるように抗議して手紙は止まったのですが……今度は朝起きたら枕元に贈り物と手紙が置かれていまして……」
「まさか……」
「はい……城に侵入してティアナ様の枕元に置いた者を尾行させたら、殿下のされていた事だったみたいで……」
「怖すぎだろ……それに……それはキレるだろうな……いや、よくなだめられたな」
「その……なだめたといいますか……」
シュリルは明らかに動揺して目が泳いでいる。
「なんだ? 何かあるのか?」
「フェルバート様と殿下は一騎打ちをされまして……」
「なっ、何故そうなった」
「色々ありまして……殿下がアプトランに謝罪に来られた際にまったく今と同じ状況になり……勝った場合には望みを聞くという流れに」
「色々が気になるがおおよそ分かった……クソ親父は少しはまともだったわけか。一騎打ちを望んだ気持ちはすごく分かるな」
ティアナの手を握ったままうつむきポロポロと涙を流す姿にアリエルは目を細める
握られているティアナも泣きそうな顔で助けを求めるようにアリエルとシュリルに顔だけを向けている。
「ベルフォルト! もうよさぬか!」
まったく聴く耳を持たない事に限界を感じたのかベルトランがベルフォルトをティアナから引き離す。
「申し訳ないが少し場を離れる。迷惑をおかけした」
そしてそのまま奥の方へと消えていった。
「おい。大丈夫か……?」
アリエルはティアナの前に回りうつむき気味の顔を覗き込んだ。しかし返事はなく、涙まみれになった手の甲を見て小さく震えている。
「ふぇ?」
ティアナが見ている右手を手に取る。
そして勢いよく引っ張ると口の中に押し込んだ。
「ぎゃあ! 何するのよ! 離しなさい!」
頬を一杯に膨らませて、アリエルの目には涙が浮かび、追い討ちをかけるように頭に強い衝撃がはしった。
力一杯殴られた痛みで手を吐き出して糸を引き、すぐその場でうずくまる。
「うぇ……何がしたいのよ!」
「どこ行くんだ?」
「洗ってくるのよ!」
ティアナはそう言い残すと怒りを露わにして部屋から飛び出していった。
アリエルの横にはシュリルが呆れた様子で見下ろしている。
「ひどいやり方ですね」
「何のことだ。そんなことより水くれ。あのクソ王子の体液が口の中に……」
アリエルが気持ち悪そうにそういった直後に横からグラスが差し出された。向くとフロアを歩いていたメイドが立っている。
暖かな笑みを向けられる事に首を傾げながら、グラスを受け取り口に運ぶ。メイドだけではなく周りで夜会の参加者達が同じような目を向けてきている。
夜会の参加者達は皆この国の有力な貴族達であるため全ての事情は知っている。
やり方はともかく、妹が姉を元気付けるために行ったということは気がついているのだろう。
「シュリル。まだ演技いるか?」
「目的は達成できたようですので噛みつかなければそのままで結構です」
「私は獣か!」
「狐を猛獣と感じたのは初めてですね」
皮肉が帰ってきて、黙り込み残りの水を飲み干すとメイドにグラスを渡し立ち上がった。
そして出されていた料理に向かって歩き出した。
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