第44話 出会い
手を洗い、夜会会場に再び足を踏み入れたティアナは会場の様子に目を疑った。
アリエルを中心に貴族達の輪の出来ていた。
キョトンとしたまま近づくと、それに気がついたアリエルが駆け寄ってくる。
「何があったのよ……」
「知らん。あの直後威圧する間も無くああなってた」
「威圧ってあんた……」
アリエルがこういう夜会の場に参加した際は、基本的に周囲を威圧して話しかけるなオーラを全力で発する。
その忠告を無視して話しかけようとする場合、無視されるか、揉め事になる。
今回は誰にも噛みつかずにいるのはシュリルとの約束を守ってのことだ。
「相手変われ。私は腹減った」
そう言い残し料理に向かって行く。
「おい。なぜ付いてくる!」
「あたしも……」
チラチラと一方向を気にするティアナと同じ方を見ると、先ほどの王子が柱の陰から見つめていた。
「何なんだあいつは……退治してくるか」
「は? ちょっと」
アリエルが近づいて行くと、慌てたようにキョロキョロと周りを見渡す。
「おい。ジロジロ見てんなよ」
「見てなどいないが……」
「そういえば……」
アリエルは何かを思い出しニヤっと笑みを浮かべた。
「そういえば私達の父と決闘をしたんだってな。こいつと決闘しないか?」
「決闘か……」
「ちょっと何勝手に」
「こっちが勝ったらもうつきまとうな。そっちが勝ったら二人きりで食事だ。どうだ?」
「悪くないな。でも一人でいいのかい? そっちは二人でも構わないよ」
ベルフォルトの言葉にアリエルは高笑いしだす。
「王子様。いくらなんでも強がりが過ぎるぞ。脳筋だけで充分だ」
「脳筋って誰のことよ」
貴族達の切れ間に昔何があったのかは聞いていた。シュリルの話では騎士王であるフェルバートとほぼ互角の勝負を演じ、王である以前に一人の剣士であるフェルバートをに見直させるのは充分だった。
(クソ親父相手に負けたくせに何言ってんだ)
アリエルがそう思った時、遠くの方から悲鳴を上げながらシュリルが間に割って入った。
「殿下っ申し訳ございません!! アリエル様はお疲れのようでして」
「疲れてないぞ」
シュリルは腰をかがめて、アリエルの両肩に手を置くと眼前に迫る。
「噛み付きましたね。あれほど言ったのに噛み付きましたね」
「待て待て、最初に難癖付けてきたのはそいつだぞ」
「そっ――っ」
他国の王子をそいつ呼ばわりしたことにシュリルは顔を真っ青にしてくるりと回ると頭を下げる。
「大変申し訳ございません!! アリエル様は少々病んでいるところがありまして……」
「おい……お前――っ」
文句を言おうと口をあけるが、頭を下げながら鋭い視線が向けられ、肩を少しビクつかせて口を閉じた。
「ははっこちらとしても都合がいいので気にしなくていいですよ。それに貴殿ほどの方がそう易々と頭を下げられるものではありません」
「ですが……」
一向に頭をあげようとしないシュリルの肩を軽く触った後顔を上げるシュリルの横を抜け、アリエルと向かい合った。
「では明日の午前に街の闘技場で手合わせといこうか」
「いいだろう。死んでも後悔するなよ」
「楽しみにしているよ。アリエル姫」
ベルフォルトは嬉しそうに小さく微笑み貴族達の輪に入っていた。
「私に言っても意味ないだろ……戦うのはティアなんだからな……さて」
くるっと回るとティアナの両肩に手を置く。
「しっかり殺れよ」
ティアナの顔を見つめる。だがティアナの視線はアリエルの頭の上に言っている。振り向く前に両肩をつよく掴まれ体の向きが180度変わる。
「シュリル。落ち着け……」
「落ち着いていますよ。これでフェルバート様をなだめる簡単な方法を実践できますからね」
「はぁ? だから言っただろ最初に難癖付けてきたのはあい……殿下であってだな……それに楽しみにしているのを無下にしてもいいのか? お前がそう出るのであれば明日の約束は無視だな。ぁ~あ。楽しみにしているといってたっけか」
「――なっ」
口を大きく開け今にも爆発しそうであったが、シュリルは唇をかみ締めて、それを見てアリエルは冷や汗を流す。
「……分かりました。……いいでしょう」
「何であたし抜きで話が進んでいるのよ……」
「なら二人きりでご飯だな」
「……わかったわよ。やればいいんでしょ。やれば」
ティアナが嫌そうに答えると、気合いを入れられているつもりなのか、アリエルは肩を数回叩いた。
◇
そして翌日。
街にある闘技場の一つにアリエル達はいた。
巨大な石造りの闘技場の上段には360度数え切れないほどの席が並ぶ。その席に座る者は誰もいない。今日のためにベルフォルトが貸し切りにしていた。
闘技場の最前列にはアリエル。低い境に挟んでフィールド内にはティアナ。中央にはベルフォルトが剣を携えて待っている。
「本当にやらなきゃダメなの?」
「何だ。一緒に飯を食いたかったのか」
「嫌ね」
「ん〜?」
アリエルはティアナの思うところがいまいち掴みきれていなかった。怖がっていたと思いきや戦うのは嫌と言う。かつて魔王を倒した勇者が、たかが人の剣士に恐怖するわけがない。
人の感情に関しては違う場合があるのかとも思ったが、ティアナの表情は意外にもけろっとしている。
「お前。あの王子のこと嫌いなんだよな?」
「別に嫌いじゃないわよ? 結構気があうし」
「……は?」
まったく想像だにしていなかった答えに柵に手をつき頭を抱える。
夜会でのティアナの顔は嫌悪感に満ちていた。そのためにこの決闘をセッティングして完膚なきまで叩きのめして二度とちょっかいを出してこないようにと考えていた。
「……ちょっと待て。意味がわからん」
「あの王子とわかり合うことはそもそも不可能よ」
「何をだ……ん?」
決闘の結果を見届ける為に同行してきたベルトランは何故か驚き、その横に立っているシュリルはアリエルからさっと目をそらした。
明らかに何かがおかしい。
いつもであればぐちぐちと文句を言ってくるはずのシュリルが黙り、目をそらすなど今まで見たことがない。
「まぁいい。戦いだが……あのクソ王子の深層意識に恐怖を刻んでやれ。お前の顔どころか名前を聞くだけで震え上がるほどのな」
「別にいいけど……」
何か含みを持っているような言葉に更に疑問がつのる。そんなことをしても無駄と言っているように聞こえてくる。
「いいからやれ」
「あんたがいいのならいいわ」
「ん?」
(私がよければいい? 誰の為にやっていると思っているんだ……)
頭の中をぐるぐると疑問が回る中、ティアナは中央付近に移動してベルフォルトと向かい合い剣を構えた。
それを見てベルフォルトも力を入れて構え直す。
「先手を譲ろう。好きなタイミングかかってきて構わない」
「ふふふ。まずは勝てるかもと思わせてからだな。人払いしたこと後悔しろ」
フェルバートを唸らせたということはペルセリカの騎士団長であるダニエルと互角かそれ以上。恐らくは平常時のティアナでは太刀打ちするのがやっとだろう。
だけどそれがアリエルの作戦。
勝利を確信したところで獣人化の加護で一気に形成逆転。もしもそれでも食らいついてくるのであれば天使の力を全開にさせて叩き潰す。
「では行きます!」
剣を交え始めた2人を見てアリエルは唸った。ティアナの剣にそれといった型はない。それゆえに型にはまらず剣と体術を織り交ぜた攻撃に特化したスタイル。相手の攻撃の際は剣で受け止めるのではなく回避して、できないものに関しては剣で流す。
だがその防御は相手の力量によって大きく変わる。ベルフォルトの攻撃は一度として空を切っていない。いずれも剣で流すか、見切り間違えた時にしか剣で受け止めることはしないが、攻防の中で幾度となく剣で受け止めている。
「こいつは凄いな。本当にティア以上か」
戦力分析をしていると立ち会っているベルフォルトと目が合った。
「そういえば何か誤解しているようだが、僕が一緒に食事したいのはアリエル姫だよ。提案に感謝するよ。ティアナ王女に手を出すなといわれてはいたが、自分から提案して来てくれるとはね」
「……は? はぁあああ!?」
「そういう事だから準備しておいてくれよ」
アリエルは固まり、ベルフォルトと戦っているティアナの目つきは鋭く変わった。
完全に理解不能の状況にしばらく固まり困惑すると、勢いよくシュリルに詰め寄った。
「何も隠さずこの状況を説明しろ」
「昨日お話ししたフェルバート様と殿下の決闘には続きがありまして……決闘は引き分けに終わり、フェルバート様はティアナ様を殿下に嫁がせる気だったんでしょうね。二人で話し合ってティアナ様に許してもらえれば殿下の願いを聞き届けるとおっしゃられまして……」
「で……なんだ!」
シュリルの口は昨日以上に重い。
「殿下はその際にアリエル王女も妹にくれとおっしゃられて……」
「なんだ、ただの女たらしか」
「いえ……異性としてではなく……」
アリエルにとっては何気ない指摘のつもりだった。
目の前で気まずそうに時間が止まったかのように硬直しているシュリルを見るまでは。
「おい……義理の妹という意味だよな?」
「私もそう思い後日ティアナ様にお伺いしたのですが、殿下はティアナ様のことは愛していると、ですがアリエル様にご飯を食べさせたり、添い寝が夢と……それを長時間話されたそうで……」
「馬鹿息子がすまぬな」
「…………ふぁ? ちょっと待て……あいつとは初対面だぞ……」
「数年前にアプトランにベルトラン陛下のお供でお越しになった時に城の中で迷い、偶然開けた書庫でお見かけになられたそうです」
顔を引きつらせ、口を開けたままぽかんと固まる。
アリエルはシュリルを突き放し柵に身を乗り出した。
「ティア!! そいつを今すぐ叩き潰せ! くだらん策はもういい!! 今すぐやれ!」
「まったく……」
叫ぶ声色からは焦りを感じる。
ティアナは剣を弾き大きく距離をとった。
数回深呼吸をすると髪が紅に染まり紅蓮の光が舞った。
「殿下。怪我をしたくなければ降参をお勧めします」
「馬鹿。何言ってやがる! ぶっ潰せ!!」
「そんな変身もあるのかい。似合っているね。でもその程度であれば何も問題はないよ」
褒められたことが嬉しかったのか、少々顔を赤らめ目線をそらした。
「この力はまだ制御ができないのでどうなるかわかりませんよ」
「いいと言っているんだ!さっさとやれ!」
「うるさいわよ! あんたは黙っていなさい!」
「なっ」
女に転生したからには男から好意を向けられるのは考えた事がないわけでは無かった。
だがどう考えても普通の恋愛感情ではない。聞いた僅かな内容からも身の危険を感じるには十分すぎる。
客席の最前列で身を乗り出し、半発狂しながら喚き、怒鳴り散らしている。
自分にも罵詈雑言が飛んでくる中ベルフォルトは幸せそうに見つめている。
「性格あれですよ?」
「実にいいね。聞いていた通りだよ。ひとまず食事の前にぎゅっとさせてもらいたいな」
「そうですか……その気持ちは分からなくはないですが、負けてあげませんよ。あたしのですから」
地面を蹴ると一瞬で間合いを詰めて脚を上げる。腹部への一撃をベルフォルトは身をかがめて回避すると脚を払いにいく。
ティアナは対応されたことに驚きつつ剣を真っ直ぐに振り下ろした。
その剣はすぐに止まった。
止めたわけではなく、剣を合わせているわけでもない。
片手で挟むように剣を掴んで止めていた。
「あり得ない……」
「嘘だろ……」
アリエルも冷静を取り戻し目の前で起こっていることに目を疑った。
天使として覚醒してからは翼を出さなくても力の上限が跳ね上がっている。鍛錬が足りなくても勇者として魔王を倒した時に近い力は発揮できる。
その一撃をただの人間が剣も使わずに止めるなんてあり得ない。
「なるほど。これがガブリエル様の力か」
「え……どうしてそれを」
「話すよりも見てもらった方が早そうだね」
ベルフォルトが剣を離しティアナは飛び退いた。着地してベルフォルトを食い入るように見つめる。
細かい光の粒子がベルフォルトの周りに漂っている。
だがそれだけじゃない。
「羽……」
背には12枚の羽が現れ光がゆっくりと舞い上がっている。
「はははっ驚きすぎじゃないかい?」
「いや、だって……そんなこと」
「自分達だけとでも思っていたのかい? おや?」
驚き目を見開き言葉を失っているティアナの横に、純白の羽が舞い降りた。
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