第45話 狂気とお迎え
ティアナの横に舞い降りたアリエルはベルフォルトを睨みつけ一切視線を外さない。
一方で睨まれているベルフォルトは優しげに笑みを返すのみ
「エル。あんたは引っ込んでいなさい」
「断る。こうなった以上私も参戦する。別に構わないんだろ?」
「僕は構わないよ。というよりも最初からそう提案していたからね。ウリエル様に鍛えられし力を見せてくれ」
自慢げな態度で言ってくるベルフォルトにアリエルはムッとする。
「ちょっと! これはあたしの戦いよ」
「黙ってろ。これは千載一遇のチャンスなんだ。こいつをぶっ殺して私を天使にした事を、天界のクソ天使どもに後悔させてやる。おまけに変態を始末出来るし一石二鳥だな」
「どっちがおまけなのよ……」
アリエルの背中には尾がたなびき、羽が輝きを増している。左手にはランファニアにお願いしていた魔法発動を補助する手袋。そして魔剣。肩に羽織っていたローブを脱ぎ肩を出している姿からはやる気がひしひしと伝わってくる。
「おい。本気でやれよ」
いつもよりも低い声で鋭い目つきでティアナへと指示を出す。
「分かったわよ」
ティアナの背を炎が纏うと翼が姿を現した。
「嬉しいね。天界でも指折りと言われたガブリエル様の力と戦えるとは。それはそうと、アリエル姫は本気を出さないのかい」
「もちろん本気でやるさ」
「羽8枚じゃ、僕らの戦いに割って入る事すら難しいだろう。ウリエル様が話していた話しじゃ力を自ら抑えているとか。どうしてそんな事をしているのかい?」
「それって……」
何かに気がついたのかティアナが信じられないといった様子でアリエルを見ると目を細めた。
「エル、あんた。あたしとの戦い、手を抜いてたんじゃないでしょうね?」
「ん?」
「ん? じゃないわよ!!」
「今はそんなことで揉めている場合じゃない。さっさといけ!」
「命令しないで!」
「なんだい? 喧嘩かい? 可憐な乙女の争いを見るのは心が痛む」
「あぁ??」
ドスの聞いた可愛らしい声で威圧する。面倒臭くは感じるが羽と尾で強調された可愛らしさで威圧感を消している。
「もう……分かったわよ」
静かに息を吸い、腰を少し落とすと、突風を起こしながらまっすぐ突っ込んでいく。
目で追いきれない速さの中、ベルフォルトは見事にティアナの攻撃を受け流していく。
「確かに……割って入る事は難しそうだが……割って入る必要は感じないな」
鼻で笑い、アリエルは剣を納めた。
そして円形の闘技場の中心へと移動した。
つま先で地面を叩くと、魔法陣が広がっていく。魔法陣は闘技場の端まで広がると空に向かって伸び始めた。
「魔力量は流石というところか」
「ティアそのままそいつの足を止めておけよ。入れなければまとめてふっ飛ばせばいいだけだ」
柱の形になり天へと伸びる魔法陣の輝きは強くなり、アリエルは闘技場から抜けるほどの高さの位置にまで転移した。
「ルインフォール」
柱の形がアリエルの直下で丸みが出来るように変わると甲高い高音と共に球体内は光に染まった。
剣を交えていた2人は魔法の直撃を受け、完全に動きが止まる。
「やっぱり神聖魔法は決めてにはならないか」
全方位から放たれる魔法は渦を巻き、結界内をめぐる。だが神聖魔法は天使の力そのもの。天使であればそれほどのダメージは期待できない。
――我悠久の時をを統べるもの 起源の灯火を以って 悪しき魂の導きをここに示さん
「ばっ馬鹿! あたしもいるのよ!!」
「エクスティンクション・フレイション」
魔法陣の色が金色から白銀へと変化する中、ティアナが声を上げたが気にせず唱えた。
白銀の炎が内部へと吹き出し、残っていた金色の光と混ざり合い連鎖的に炸裂する。
大地は揺れ、大気は震え、柱は炸裂音を響かせながら眩い光に染まった。
魔法の影響は柱の内部だけにとどまっていたが、一部に亀裂が入ると全体に広がる。
「焼かれて消えろ変態天使」
しかし気にすることなく魔法を発動し続ける。柱の状況を見て客席からシュリルが止めるように叫ぶが、その声は魔法の音でかき消される。
ヒビが全体に広がった時、アリエルの背後に人影が現れると、脚を上げアリエルの後頭部めがけ振り下ろした。自身の魔法の結界に叩きつけられ、突き破り炎の中へと消えていった。
「馬鹿弟子が!! この街を消す気か!!」
結界が砕けて光になって舞う中、炎が消えた地面では、ティアナは紅蓮の炎を周囲に広げて防御していた。その近くには氷のドームが出来上がっていた。
「くそっ」
地面にうつ伏せに伏していたアリエルはムクッと顔を上げると、掌を向けた。
だが目の前にはウリエルが視界を遮る。
「どけっクソ天っだぁはっ」
ウリエルは両手を組み頭から一撃。地面に叩き潰すと顎を上げ見下ろす。
「止めろと言っているだろ。聞こえてないのか? あ?」
グリグリと踏みつけられる様子に防御を解いたティアナは呆れた様子で安堵しているのがわかる。
氷がガラガラと崩れ、ドームの中にいたベルフォルトは目を丸くした。
「ウリエル様?」
「お前は確か……ミカエルの所の」
「はい……お久しぶりです。まさか下界に降りて来られるとは」
ウリエルが人の住む世界にいることがよほど珍しいのか、ベルフォルトの驚きは少なくない。声に力がこもっていない。
「これから十二熾天の集まりがあるからな。こいつらを迎えにきたんだ」
「使いをよこせば良いのでは? わざわざ貴方様が来られなくても……」
「使いの天使をよこした所で、この馬鹿はその天使を殺し兼ねないから……直々に来なきゃならんのだ」
「そうでしたか……」
ベルフォルトはアリエルを舐めきっていたが、魔法攻撃は2人の天使の動きを止め追い詰めていたのは事実。それに加えその破天荒な性格は周囲を巻き込むことをいとわなかった事を考えれば、十分に考えられる。
「いい加減足を退けろ!」
「そうだな。このぐらいで許してやるか。そのかわり私と共に天界にこい」
「誰が行くっがぁ」
持ち上がる足と同時に起き上がろうとしたが再び踏みつけられる。
「昨日のことは全て忘れてやる。付いてくるか、力づくで連れて行かれて後で仕置きされるか選べ」
「それ、選択肢ないだろ! やめ、ろ。顔が凹む」
「ならさっさと答えろ」
「分かった。分かったから足を退けろ」
「何が分かったか言え」
「行けばいいんだろ行けば」
「どこへだ?」
「……」
しつこい問いかけにアリエルは口を紡ぐ。
「私が心を読めることを忘れるなよ。足を退けた瞬間、転移で逃げる腹だろう。だが私の断絶結界はお前の転移領域よりも広く張れるぞ」
舌打ちしながら目線を上に上げて睨みつける。それを見るやウリエルの目つきも一層鋭くなったが、何かに気がついたのか、ハッとすると口元が緩んだ。
「そういえばそこのミカエルのとこの小僧は大層お前のことを気にいってるみたいだな」
「見てやがったのか……」
「逃げたら2人分ぐらいの広さの断絶結界にまとめて閉じ込めてやる。他の派閥の天使に手を出したら問題になりそうだが、あれなら大喜びしそうだな」
「ひぃっ……分かった。天界行く……行かせてください」
「そうか。それはよかった。まさかお前が自ら行くこと決めてくれるとはな」
足をパッと退けると白々しく言い放った言葉にアリエルは顔についた砂を払いながら顔を顰めた。
「転生前からウリエル様とはあんな感じなのかい? ウリエル様があんなに楽しそうにしているところなんて初めて見たよ」
「そうなんですか? あたしはいつもの光景としか……」
遠目で見ていたベルフォルトはティアナに向かって呟く。だがその言葉を思い返してティアナは勢いよく振り返った。
「えっ……転生前からって……」
「君たちの事はミカエル様に聞いて知っていたよ。天界でも君たち二人は要注意人物だからね」
「要注意人物……? それよりもエルのことをご存知でよくそんなにご執心できますね……」
アリエルの見た目は他の追随を許さないほどの美少女ではあるが、元々別の世界では男。
「たいした問題じゃない。あんな美少女に罵られながらお世話できたとしたら世界が滅んだとしても安い」
「そうですか……」
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