第46話 天使の長
天界。
人々から信仰されし神々の都。如何なる時も金色の光に満たされ、純白の石で造られた宮殿が神々しく天へと向かうようにそびえる。4人の熾天使が納め、新たに8人の熾天使となる顔合わせが行われようとしていた。
「エル! 見て!見て! 雲の海よ!ほらほら!」
「天界だからなぁ……」
「あっ、天使! 天使もいる!! エル!」
「お前も天使だろ……」
雲海が下に広がる巨大な通路をティアナを先頭にアリエルとウリエルが続き、その後ろからベルフォルトが続く。
先頭を行くティアナは通路の端から身を乗り出してアリエルに手をぶんぶん振り回す。そんなティアナとは対照的にアリエルはまったく興味がなさそうに適当に空返事を返す。
「ティアを見習って少しは感動したらどうだ?」
「なら観光案内でもしてくれ」
先程とは異なり、アリエルだけではなくウリエルも面倒くさそうにのそのそと歩いている。
「そうだな……あれは雲だ。あれは柱。んでもって雲と天使達だな。以上だ」
「しっかり案内しろよ」
「案内も何もこれが天界の全てだ」
「……つまらん所だな」
「同感だな。こんな所に何百年、何千年、何万年と暮らしている自分を褒め称えたい気分だ」
「何言っているんですか! こんな綺麗な所に住んでるなんてとても素敵じゃないですか!」
ティアナのその言葉にウリエルはため息交じりで苦笑する。
「どうせなら今日のくだらん顔合わせも下界でやれば、少しは参加してやる気にもなるものを……」
「そんなに嫌なら私を呼ばずにバックれればいいだろ」
「そうできたらいいんだけどな……」
何か意味の含んだ言い方をした時、ウリエルを呼ぶ声と共に緑髮の少女が駆け寄ってきた。
「ウリエル。ちゃんときましたね! 下位の天使の前です。もっとしゃきしゃき歩きなさい!」
ウリエルの進行方向で止まると、満面の笑みで12枚の羽をバタバタと揺らし、胸を張って腰に手を置く。ウリエルは歩みを進め先頭に出るとそのまま少女の横を通り過ぎる。
ウリエルに続き無視して通り過ぎるアリエル。その後ろから困惑しながらティアナとベルフォルトが続く。
「ふぇ? 待ちなさい! ウリエル!」
再び行く手を遮ぎるがウリエルは左手で退かして何事も無かったかのように進む。
それが数回続き、気がつくとウリエルの腰にしがみつき泣きながら引きづられている。
「ウリエルぅ〜どうして無視するの? ねぇ〜どうして? どうしてよ〜ぉ」
「あのー……フィルラさん? その方は?」
ティアナに質問されウリエルはようやく止まると、腰から少女を引き剥がして放り捨てた。
「鬱陶しい! 何がしたいんだ! ラファエル!」
「ぐすっ……ウリエルが、参加するなんて、嬉しくてっ」
少女はペタっと座り込み鼻をすすりながら見上げるが、ウリエルは呆れた感じで口を開いた。
「ラファエル自己紹介しろ」
少女はアリエル達を見て腕で涙を拭うと立ち上がった。
「ベルフォルトは久しぶりですね! そっちの2人は……あは〜例の問題児かぁ〜初めましてだね! 私はウリエルの親友のラファエルよ! 仲良くしてくださいね!」
「問題児……」
「信じるなよ。自称親友のストーカー天使だ」
「ひどい!!」
「コイツはこう見えても4人のまとめ役の大熾天使の一人だ。それと一度目を合わせると死ぬほど鬱陶しいから基本いないものと考えた方がいいぞ」
「もう私泣くよ? 本当に泣いちゃうよ?」
少女は拳を握りしめてブルブル震えている
「さっきまで泣いてただろ。勝手に泣いてろ」
ウリエルが歩き出そうとすると再び腰にしがみつく。大号泣する声に気が付いてか、周りにいる天使達の視線が集まる。
「ウリエルぅ〜慰めなさいよぉ〜」
「離れろ! 一人でやってろ!」
必死に引き剥がそうとする姿にアリエルとティアナは目を細める。
「この感じ……すごく身に覚えがあるんだが……」
「そうね……」
引きづりつつ歩みを進み、段々になっている道の一番高い建物の中に入っていく。薄暗い通路を抜けると眩い光に覆われた。
建物の中にいたはずが四方はどこまでも雲海が続き、広い空間の真ん中には大きな円卓が置かれている。
「ようやく揃ったようですね。ウリエルとラファエルは相変わらずのようですね」
椅子に座る影が目に入ったと同時に、その内の一人が口を開けた。金髪の若い男。背中には12枚の翼。
「ミカエル様、お久しぶりでございます」
「ベルフォルト。壮健そうで何よりです。こちらへお座りなさい」
「はい!」
ベルフォルトは促されるままその青年の横の席へと座る。
そしてウリエルにしがみついていた少女は離れて鼻をすすりながらとぼとぼと空いていた椅子へと座った。
「何処ぞの馬鹿にしがみつかれて疲れたから帰ってもいいか? 急務の用件だけ話せ」
「ここまで来たのですから。話し合いを致しましょう。その二人のことを詳しく知りたいのです。我々にとって救世主となるか毒となるかをね。分からないままであれば毒として見る他ありません」
「ちっ、お前も相変わらずだなミカエル」
「褒め言葉と受け取っておきます。早くお座りなさい」
ウリエルに目配せされアリエルとティアナは空いている3つの席へと向かう。円卓に座る12枚の翼を持つ天使達からは興味や疑念といった視線を受けるが、どれも好感的なものではない。ティアナはそれを見てここにいるまでのことを思い出していた。
ベルフォルトからは要注意人物。先ほどの天使からは問題児という言葉を聞き、最後には自分達を計られるかのような発言を聞き、心中は穏やかではない。
アリエルに続きちょこんと席に座り、何事もなく他の天使から睨まれない様に乗り切ろうと心に決めた時、左右からドンッという音が聞こえて顔は真っ青に染まった。
両脇では頭の後ろで手を組み、机に足を上げてふんぞり返っているウリエルとアリエルがいた。
「さすがはウリエルの導きの子といったところですね。礼儀のかけらもありませんね」
「私に喧嘩を売るか? 消える覚悟はあるんだろうなフレイヤ。羽一枚残さずに消してやるぞ」
円卓に座る天使が口を開くが、ウリエルの殺気に満ちた視線に尻込みする。
「ウリエル。天を司る同志を脅すのはやめていただけますか?」
「こいつが先に喧嘩を売ってきたんだ。4人の大熾天使の中で最弱の分際のくせにな。少しは身の程をわきまえてもらいたいな」
「……いいでしょう。試してみますか?」
「いい覚悟だ。だがお前など。この二人で十分だぞ。好きな方と戦え。そしてさっさと消滅するんだな」
ウリエルはそう言いながらティアナの頭に手を置く。挑発され向かいに座る天使は眉間にシワを寄せてティアナを見ている。既に盛大に巻き込まれてはいるがティアナはまきこまれまいと目を合わせようとしない。
「ふっふふふ。ずいぶんとなめられているみたいですね。私が子供達に遅れを取るとでも?」
「エル。このクソ女の相手をしてやれ。お前なら消せるだろ」
「なんで私がやらないといけないんだ。 自分の喧嘩なら自分でやれ」
アリエルの言葉にティアナの頭に置いた手に力が入る。そして手を置いたまま静かに立ち上がった。
「まぁいいだろ。血祭りに上げてやるから外へ出ろ」
「血祭りって……天使の言葉かよ……」
「いいでしょう。貴方の言動の報いを受けていただきましょう」
2人の間に火花が散り、立ち上がった時、手をたたく音がこだまする。
「やめたまえ」
その声にウリエルとフレイヤと呼ばれる天使が一瞬硬直した。先ほどの金髪の若い男の雰囲気が一変して2人を威圧していた。
「これ以上は看過できませんよ。どうしてもというのであれば私がお相手しましょう」
そしてそのまま2人は席へと座りなおした。
「分かってもらえて何よりです」
「ミカエルも相変わらずだね~。どうせならウリエルに私に構ってくれるように言ってくれると嬉しいんだけどね~」
「それはラファエルがご自身で頑張りなさい。それよりも集ってもらった要件を済ませましょう」
「用件っていつも通りの子供達の成長度合いの確認でしょ? 錬度はさておき、そこの問題児の子以外はみんな覚醒してるでしょ」
ラファエルは机に肘を付き、つまらなそうにアリエルに顔を向ける。
「それもありますが、もう必要ないでしょう。先ほどのベルフォルトとの戦闘で力に関しては既に
「噓でしょ! 羽8枚で互角なの!?」
ミカエルの言葉にラファエルは思わず立ち上がり聞きなおした。その一方でアリエルは小さく「見ていたのか」と呟く。様子から見るに先にこの場にいた天使達に動揺がほとんどないことから、この場にいた天使達と見ていたのだろう。
「落ち着きなさい。ただ……先ほどの戦闘ではベルフォルトも本気ではなさそうでしたが、十分に及第点です」
「ミカエル様。お一つよろしいですか?」
「どうしました?」
「先ほどの戦闘、確かに私は本気ではありませんでしたが、おそらくアリエル姫も本気ではなかったと思われます。一昨日ウリエル様にお伺いした時、羽6枚で手傷を負わされたとお伺いしました」
「ウリエルに手傷ですか……」
ベルフォルトの言葉にミカエルは目を見開く。そしてウリエルを見ると気にいらなそうにうなずきが帰ってきた。
「その時の魔法はご自身で編み出された多数の属性と神聖魔法を組み合わされた魔法とお伺いしました。もしも先ほどの戦闘でそれを使われていた場合、私はここにいなかったでしょう」
「そうですか……それは嬉しい誤算ですね」
「ミカエル、何を企んでいる」
笑みを浮かべているミカエルにウリエルが問いかけるとミカエルは口を開いた。
「では本題に入りましょうか。言いがたい内容ですが神龍の眷属達が行動を開始しました」
「なっ! 馬鹿言え! まだ神龍復活までには時間があるはずだ」
神龍の眷属たちは力を蓄えることに専念して、神龍が封印されて以降人間の被害は一切ない。行動するにしても神龍の復活がもっと間近に迫ってからになるはず。
「その通りですが、実際に人間の国が神龍の眷属によって滅ぼされました。眷族は2頭を持つ冥府の天秤と呼ばれる龍。何を企んでいるかは定かではありません。我々天界を誘っていたとしても無視はできません。そこでウリエルの子達に撃滅を命じます」
「ふざけるな!! こいつらに眷属と戦えるほどの力はまだない!」
机を叩きウリエルは前のめりで怒りをあらわにして立ち上がった。
「貴方がその者たちを思う気持ちは理解しましょう。ですがこれは決定です。撃滅をはたしたあかつきにはその者達が犯した禁忌をなかった事にいたしましょう」
「あれは不問になったはずだ!」
「次の子を準備する期間もなかったために保留としたまでです」
「分かった……ならば私も参戦しよう」
「ウリエル。貴方には一切の手出しを禁じます」
「なっ、どういうことだ!!」
怒りに満ちているウリエルにアリエルとティアナは戸惑いを示すが、その場にいる全ての天使にも同じよう戸惑いが感じ取れる。
「実際に神龍と戦い生き残った貴方を今失うわけにはいきません。無論2人では荷が重いことも承知しています。ベルフォルトにも協力させましょう」
ウリエルは両手で机を叩き肩を震わせる。
「くそが……」
「師匠??」
「ティア。エル。行くぞ」
「おい。師匠待てよ! ちゃんと説明しろ!!」
その場を去っていくウリエルを追い、ティアナとアリエルもその場を後にする。
ミカエルからの目配せを受け、ベルフォルトも後に続いていく。
「いいの? 行かせちゃって」
出口の方を指差してラファエルが口を開いた。
「構いません。ウリエルも今の現状を鑑みて二人が適任であることは分かっているでしょう。今後のことを考えつつ最小戦力で仕留めることができそうなのはあの2人ですから」
「それにしても言い方が酷いよね。いまさら転生のことを問題にする気なんてないでしょう?」
「建前は必要でしょう?」
「あはは、やっぱり私は君のことは好きになれないな」
「それは残念です。私は皆さんのことを気にいってますよ。あの2人も含めてね」
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