第47話 長の力

「あの野郎……」


天使達が行き交う天界の中心には大きな広場があり、周りには階段状に座席が設けられている。そこではアリエルとティアナを前にして頭を抱えているウリエルの姿がある。天使の長であるミカエルからの命でアリエルとティアナのみで魔物の撃滅を命じられ、天使の長の命は天界の意向その物。


「何を悩んでんだ? 別に従う必要ないだろ」

「そういうわけにもいかない……」

「別に師匠が一人で行ってぶっ殺してくれば済む話だろ」

「アンタね……」


他人事のように言うアリエルにティアナはため息が漏れた。あの場で魔物の撃滅を命じられたのはアリエルのティアナであり、転生の禁忌について触れられている。それなのにアリエルの口調から一切関わる気がないことが分かる。


「馬鹿弟子が。そんな簡単に倒せる相手なら国が滅ぶわけないだろ」

「まぁ~それはそうだな。どっちにしろ私には関係のない事だけどな」


アリエルの知る限り、魔物単体で国が滅んだ例は一度としてない。国が滅んだ例は生きている時代にはない。それこそ何百年も前の文献でしか知ることがないほどだ。

もちろんそのこともアリエルは知っている。


「姫。それは見過ごせないね」


アリエルが振り返るとベルフォルトが後ろから歩み寄ってきた。


「ミカエル様のご指示は天界の意向。姫であろうとも逆らう事は許されない。それに禁忌を犯してお咎めが無いのはとても幸運なことだよ」

「ふっ。ゆるされないだぁ? 会って数分で何故訳のわからん奴に従わなければならんのだ。それにだ。禁忌だぁ? 勝手に禁忌にしてるのはお前らだろ」

「禁忌というのは世界の理に大きく影響を与えてしまうから禁忌になっているんだよ。なにも天界が自分たちのいいように作っている訳じゃ無いよ」


理解の理の字も感じる事ができないアリエルの態度にベルフォルトは手振りを交えて説明するがアリエルは変わらず不満げだ。


「禁忌については分かった」

「分かってくれたようで何よりだよ」

「だが私がその禁忌に触れ、なにかしらの罰が与えられるのはまた別の話だな」

「は?」


一度は安堵したベルフォルトだったがそう上手くいかない。


「転生するのを禁忌にしているんだったらな。天使の頭が自ら私のところに来て、頭を地面に擦り付けながら、誠に勝手で大変申し訳ございませんが転生を世界のために禁忌指定しているため、転生するのはご容赦くださいませっと言ってきたら考えてやらんでも無かったぞ」


その言葉にベルフォルトは言葉を失う。その横ではティアナが頭を抱える。

もしも転生する前に天使が来たとしてもなにも変わっていない。その証拠にウリエルが正体を明かすために下界に来た時は、一切の確認を行わずに天使というだけで始末しようとしている。


「姫……なんて事を。もし本当にミカエル様のご指示を無視したらどうなるかわからない! 最悪永久凍結の刑も……」

「はっ、永久凍結? その前に私が奴を消し去ってやる。ミカエルといったか? あんな奴本気を出せばイチコロだ」


アリエルの言葉が聞こえていたのか、周りいた天使達がざわめき立つ。

そしてそのざわめきは一気に冷めきった。


「おやおや。随分と血気盛んな子のようですね」

「ミっミカエル様!!」


優しげな笑みを浮かべ先程円卓の中心に座っていた天使が歩み寄ってくる。

アリエルの前までくると何も言わずに微笑みかける。


「なんだ!? やんのか?」

「ひめ!? なんて事を!」


アリエルは剣を引き抜くとミカエルの喉元に切っ先を突きつけた。パニックになり欠けているベルフォルトはウリエルに助けを求めるが、ベルフォルトの様子とは違い、呆れた様子でため息を付いている。


「放っておいて問題ない」

「何をおっしゃっているんですか!!」


その様子を見ていたミカエルは口を開く。


「ベルフォルト。安心なさい。私はこの者達をどうこうしようとは思っていません。このお二人なら自ら世界の為に働いて下さると信じています」

「はっ! 誰が好き好んで世界の為にタダ働きするか!」

「それはおかしいですね。前の世界で、貴方は世界の為に魔王と戦ったんじゃなかったでしたっけ?」

「それは……暇つぶしで魔王をぶっ殺してやっただけだ」


アリエルが言葉を渋る。アリエルが見上げるとミカエルは満面の笑みを向けていた。

不思議に思い、顔をひきつらせるが、同時に後ろから大きなため息が聞こえてくる。


「エル。やめておけ。そいつの力は天意統括といってだな。全ての天使の持つ力を行使できる」

「はぁ!?」

「もちろん私の力もだ。それにそいつには気遣う心はないからな」


ウリエルの力を使えるという事は言葉に出さなくても、人の考えている事がわかるという事だ。


「随分な言い方ですね。ですがやはり思っていた通り、不器用な性格を持っているようですね。世界を救い幸せな家庭を築くチャンスは幾度としてあったにも関わらず」

「なっ、お前まさか」

「挙げ句の果てには歪な関係が出来上がって、それでも尚思い続けるなんて」

「あぁあああ!! 黙れ!!」


ミカエルの言葉にアリエルは慌ててかき消すように剣を振るう。

アリエルの剣を回避しながらその様子を心底楽しそうに見たままだ。暫く続き、剣を振り疲れたアリエルは肩で息をしながら剣を地面に突き立てて睨みつける。


「撃滅の任務受けていただけますよね?」


歯ぎしりしながら睨みつけてくるアリエルに悲しげにため息をつく。

そして笑みを浮かべティアナの方を振り返った。

その瞬間、ミカエルとティアナの視線を遮るように翼と尾を広げた。


「分かった! 魔物退治してやるよ!!」

「してやるですか……私からの直々の命は一般天使の憧れ。それに一度はお断りになられたのでやはり他を当たるとしましょうか」

「なっ」


アリエルは一切ミカエルから視線を逸らさなかった。だがアリエルの視線から唐突に姿が消え、気がつくとアリエルの真後ろに移動していた。


「まさか……私の力か……」


転移魔法は高難度ではあるが、天使であれば使えることに不思議はない。問題なのは一切魔力の高まりを感じなかった事だ。


「ティアナさん、貴方は受けてくださいますか? 貴方が受けてくださればアリエルさんも素直になるかもしれませんよ?」

「黙れ!! それ以上何か言ってみろ!! 天界ごと吹き飛ばすぞ!!」


アリエルが天に手をかざすと、天を覆うほどの巨大な魔法陣が幾重にも重なって現れる。

周りの天使は天に広がるアリエルの魔法に唖然として見上げ、ベルフォルトも同様に天を仰ぐ。

今度はベルフォルトに変わりティアナがウリエルに助けを求めるが、ウリエルから問題ないと言われ、満足げな顔で見上げるミカエルが目に入る。


「これは凄いですね。瞬時にここまでの魔法を組み上げるとは。ベルフォルトの言っていた通り、いえ、我々アークセラフィムの中でもここまでできるのは僅かしかいません」

「余裕ぶりやがって!! そんなに消し飛びたければ消しとばしてやる!!」


アリエルが不敵な笑みを浮かべたと同時に目がくらむほどの光が周囲を覆い巨大な閃光が魔法陣から地表に向けて放たれる。周囲一帯を覆うほどの巨大な閃光が向かってくる。

その中心にはミカエル。だが近づいてくる魔法を見ても表情一つ変えない。


「威力はありますが、速度がないようですね」

「まだだ!! くたばれ!」


アリエルは腰の剣を抜くと、ミカエルと迫り来る閃光の間に剣を投げた。クルクルと回り飛んでいき丁度ミカエル頭上に差し掛かった時アリエルが両の手を組み剣は地面と垂直に宙で止まった。


「おや?」


不思議そうにミカエルはアリエルを見る。

その瞬間、上空から降りてくる光が剣の柄に吸い込まれ、切っ先から再び放たれた。

上空の光とは異なり、一瞬のうちにミカエルを飲み込んだ。


アリエルは降り注ぐ光の柱を前に高笑いし、周りの天使達は目の前の光景に驚きを隠せない様子だ。


暫く光が降り注ぎ、唐突に状況が変化し、アリエルの高笑いが消し飛んだ。

剣から降りる光が砕け、上空に広がる光も同様に砕け、純白な光が舞う。


「なっ」


アリエルが驚き、口を開けたまま動揺していると、地面に開いた穴からふわりとミカエルが上がってきた。


「凄まじい威力ですね。これ以上は天界に穴が開きそうだったので無力化させていただきました」

「無力化だと!!」

「何をそんなに驚いているのですか? 貴方の相棒の力ではありませんか」

「そんなこと不可能だ……」


自分の力を持っている時点で、ティアナの魔法を無力化する力も想定していた。

ティアナの能力は直接触れた魔法の魔力を拡散させる物。上空からの魔法を剣に集約しているのは威力を上げる他に、かき消されないためでもある。

本来であればかき消したとしても、剣より上の魔法は無力化出来ない。

アリエルはティアナが力について隠していると思い、鋭い目つきでティアナを睨みつけるが、ティアナはぽかんとした顔で見つめ返してくる。何も言わなくてもティアナ自身この状況を理解していないのが伝わってくる。


「どういうことだ! どういう力だ!!」

「貴方の相棒の力ですよ」

「ありえない!!」

「あり得なくはありませんよ。この力は元々はガブリエルの力。貴方方は確かに他の子と比べると数段は実力は上。ですがまだまだ力を己の物には仕切れていない」

「そんなことはない!!」


ミカエルの断言する言葉にアリエルは真っ向から否定すると、ミカエルは空に浮かんだままの剣を指差した。


指の先をアリエルが見て一瞬の間が出来るが、直ぐに驚きの表情へと変わった。

剣の高さが魔法の発動前と比べて明らかに高くなっている。


「まさかっ」

「そうです。貴方の転移の力を使用して剣を移動させました。今の貴方に出来ますか?」


問いかけに対してアリエルは言葉を無くした。アリエルが転移出来るのは自分の身体だけで物は一切転移させる事が出来ない。


「力を使いこなすには力を使わなければいけない。今回の神龍の眷属の撃滅はいい訓練になるでしょう」


アリエルが眉間にしわを寄せ舌打ちすると、それを見てミカエルは楽しげに笑みを浮かべ。


「そういえば行きたくないのでしたね」

「は?」

「ティアナさんは行ってくださいますか?」

「はい。人々の為にも放っては置けないので構いませんが……」

「流石は勇者をなさっていただけはありますね。でもどうしましょうね。アリエルさんは行きたくないみたいで」


ミカエルはわざとらしく手を叩く。


「お互いの事をもっと知ればアリエルさんも行きたくなりそうですね!」

「てめ! 何言おうとしてる! 行ってやるといってるだろ!」

「そんなに行きたいのですか? ちゃんとお願いしていただけますか? お願いの仕方は先ほど貴方が言っていたのでご存じですよね」

「っな……」


少し前の自分の言葉。

暫くアリエルが固まっているとミカエルはアリエルの目の前に立ち、肩を叩く。


「冗談ですよ。やはりかなりのお力も持っているようですね。これなら問題無いでしょ。無事の帰還を祈っていますね」


ミカエルを見上げ、イライラを顔に出し文句言いたげに口を開くが、既にミカエルの姿が消えていた。




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リメイクブレイズ 宮野ほたか @hotapon

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