第6話 旅支度
漆黒の空が薄っすらと青みを増しつつある早朝。
城の裏手の通用口の扉がゆっくりと開き、ひょこっとアリエルが顔を出すと周囲を見渡す。
外に出てゆっくりと扉を閉めると、庭園の隅にある植木に急いで身を隠し、植木の隙間を身をかがめて進んでいく。
マントに身を包みフードを深くかぶっているその服装と挙動は見るからに不審者だ。
途中で何度も巡回の兵士に見つかりそうになるが、その度に植木の陰に身を潜め、庭園の出口に急ぐ。
「ん〜少し待つか」
街へと繋がる出口には外側の両端には兵士が立っている。庭園の出口は2箇所、一つは城の正面へと続き、もう片方は目の前に見える鉄製の開けられている門だ。
城の正面にある正門には十数人の兵士が常に配置されている。
気づかれずに外に出るためにはここしかない。
「来たか」
この時間は丁度城で働く者が入れ替わる時間だ。この門は通用口として使われ、昼間は巡回の兵士のみだが今は少女達が行きかっている。
アリエルはタイミングを見計らい、植木から飛び出し門の方へと向かう少女3人組の後ろにつく。急ぎマントに付いた枝葉を払い落とし少女達の後ろにぴたりとついた。
目の前の門では兵士が、城に働きに来た者の身元確認をしている。
少女達が挨拶を兵士達と挨拶を交し、アリエルも小さく会釈をして通り過ぎようとする。――が
「そこの者止まれ。顔を見せろ」
2人の兵士ではなく。後ろには男が立っている。
ペルセリカ王国騎士団長ダニエル・ゴンドリフィト。
ペルセリカ始まって以来の剣士、若干二十にして騎士団長の席に付き、五年間その座を守り続け不動なものにした。そしてティアナと同様に神に加護を受けている。物事を見通す力、千里眼。その力によって数々の偉業を成し遂げている。
王国転覆を狙った数々の犯罪組織を潰して回り、騎士団に魔法を取り入れ、騎士でも魔法に対しての対策、そして騎士であっても魔法を使うことによって戦いを有利に進めることができると唱えている。
(どうする……。できればこの場でダニエルとはやりたくないのだが)
千里眼は万物の在りようを理解する力。マントにフードを被っていたとしてもその人物が知っている者であれば見間違えることはないだろう。
王国最強の剣士にして魔道士でもあるダニエルは厄介この上ない。一瞬で片付けられる事はまずない。騒ぎを聞きつけ騎士団の騎士が出てきた場合、いかに魔道士として優れているアリエルとて多勢に無勢だ。
(見逃してはくれそうにないか)
アリエルの着ているマントがふわふわと揺らぎ始める。空気が変わったのを察してかダニエルは兵士達を下がらせ、剣に手を伸ばす。
「このまま城にお戻りになるのなら見なかったことにいたしますが、いかがしますか?」
(本当にやるしかないのか……)
「騎士団長!!」
奥から血相を変えた兵士が駆け寄ってくる。
「どうした」
「すぐに正門に来て下さい!」
「すまないがこちらも立て込んでいる。なんとかしろ」
「どうにもできません! 来てくれなければ全滅する可能性も……」
「なんだと!」
兵士の言葉からは危機感が伝わってくる。
汚れた制服と顔には擦り傷。王の住まう城でそのような傷を負うことがあるとなればただ事ではない。
「仕方がない。今回は見逃しますが朝食前にはお戻りください! 案内しろ!」
ダニエルは兵士を置き去りにして庭園の中を駆けていった。
アリエルは安堵して空を見上げ息を吐く。
「助かったか」
「アリエル様……」
顔を前に戻したアリエルの前には驚きのあまりに少し震えている、茶髪の長髪を肩付近で結っている少女が目を丸くしてみていた。
「ミーシャだったのか。メイド姿じゃないから分からなかったぞ」
「貴方という方は……昨日の今日で……」
「ではミーシャまた会うことがあればまた会おう」
少女は手を振り立ち去ろうとするアリエルの腕を掴みとめた。
「どういうことですか!?」
「私は旅に出る。今まで世話になったな。皆に伝えておいてくれ」
またフードを深く被ると町の中心部に向かう。
ほとんど身ひとつで飛び出してきたため旅支度をする必要があり、アリエルは街の中を歩き回る。きょろきょろと左右の建物を見るがまだ朝早い時間のためどの店も空いていない。
「ミーシャ。なぜ付いてくる」
「本気なんですか? 旅に出るって」
「もちろんだ」
「国王陛下と王妃様はご存知なんですか?」
「知っているなら私は今ここにいない……そんなことよりも案内してくれ」
「どこに行きたいんですか?」
「質屋だ」
「質屋? ですか……まだどの店も空いてないですよ」
「むぅうう……」
一刻も早く旅の支度を整えこの王都から出る必要があるがこればかりはどうしようもない。
「よかったらお店が開くまで家に来ますか? お姉ちゃんもアリエル様に会いたがっていましたので」
「ユリアが? そういえば最近見てないな」
ミーシャには姉がおり、姉妹揃って城に働きに来ていた。
2人揃って深夜も書庫に篭るアリエルのお守りをしていたが、最近はミーシャのみで姉のユリアのことをアリエルは一切見ていない。
浮かない顔をしているミーシャに心配そうになったのか、周囲を警戒していたアリエルはミーシャを見つめる。
「どうかしたのか」
「お姉ちゃんずっと病に伏していまして……」
「病に……わかった。顔を見に行こう」
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