第7話 城働きの姉妹

 大通りから一本入った家に案内されミーシャと一緒に家に入ると、奥のほうの台所から声が聞こえてくる。


「おかえりミーシャ。あらお客さんかい?」

「うん。お母さん、お父さんはもう仕事?」

「娘の顔を見てから仕事に行けと毎日言ってるんだけどね」

「あはは……」


「ミーシャの仕事仲間かい? こんなに小さいのに偉いね」


 エプロン姿の女性が歩み寄ってくるとアリエルの前でしゃがみ頭を撫でる。


「たいしたおもてなしはできないけどゆっくりしていきな。なんだいっ顔を見せてくれないのかい? アリエル様! あんたアリエル様じゃないかい!?」


 女性がフードを上げると同時にミーシャは小さく声を上げるが、すでに遅かった。


「ミーシャ! どういうことだい?」

「突然申し訳ない。ミーシャは悪くない。私がユリアに会いたいとお願いしたんです」

「そうですか……あの子も喜びます……」


 女性の声は暗い。声色からも病の状態はあまりよろしくないのだろう。

 そしてアリエルはミーシャと共に2階に上がる。

 一室の扉の前に止まりミーシャがノックすると小さな声が返ってきた。


「お姉ちゃん、起きてた?」

「なに? なんか用事?」

「お客さんだよ」


 その声と同時にミーシャの後ろからアリエルが顔を出した。


「あっアリエル様! どうしてここに!」

「いい。寝ていてくれ」


 ベッドの上で慌てて起き上がろうとした少女はゆっくりと背中を戻していく。

 アリエルはベットの奥にあった椅子を引っ張りベットの横まで持ってくると座った。


「そんなに体悪いのか。医者には見て貰ったのか」

「はい。シュリル様にお願いして城の医師に見て貰いましたが原因がわからなくて……」

「早く元気になることを祈ってる。私も考えられる病状を探ってみよう」

「申し訳ありません」

「構わない」


 ユリアの手を取ると両手で握った。

 だがその瞬間アリエルは何かを察したように驚く。


「ユリア。お前魔石の類は今身につけているか?」

「いえ。私は魔道士ではないので」

「どういうことだ」


 魔石は石自体に魔力を帯びている物で常に魔力を放出している。通常は魔道士が高位の魔法を使う際に使ったりする物。アリエルが知る限りユリアは魔道士ではない。魔道士でなくても魔力を持っていることはある。

 しかし手を握った際に感じたのは通常ではありえないほどの魔力だ。魔道士が魔法を使用する際に放出するレベル。この魔力の放出がずっと続いて体力が持っているということは魔石しか考えられない。


「ちょっと調べさせてもらっていいか」

「はい……」

「うつ伏せになってくれ」


 言われるがままにユリアはミーシャの助けを借りてうつ伏せになる。

 アリエルはユリアの上に乗ると服をめくり上げそのまま脱がせた。


「あっアリエル様! 何をっひぁっ、あっ」

「いいから大人しくしていろ」


 顔を赤くして振り返るがアリエルは真剣な表情で背中を見ている。

 ユリアの純白の背中を首元から手を当てて腰のほうまで来ると手を戻す。


「3つか……やはり魔力凝固症だな」

「んっ、魔力凝固症?」

「ああ。私も昔なったことがあるから分かるが。魔力が人並み外れたもので魔力の制御が未熟な者に起こりうる病だ。体の中に魔石が形成され、体を内側から蝕む」

「お姉ちゃん治るんですか!」

「魔法を覚えれば勝手に治る……だが時間がない。魔石の大きさから見てもいつ重要器官を傷つけてもおかしくない」

「手術すれば治るんでしょうか」


 城の宮廷医師は最高峰の医師でしかなることはできない。そんな医師が匙を投げ、諦めかけていた少女は体の上に乗る少女に藁を掴む思いをぶつけた。


「医療は詳しくは分からないが、魔石の位置が悪い……心臓の周りに2つある。おそらく無理に引き剥がそうとすれば癒着している血管が引きちぎれて……」

「そんなぁ……」

「そうですか……」


 見えかけていた希望が消えかけミーシャは嘆き呟き、ユリアは悟ったように呟く。


「安心しろ。手がないわけではない」

「本当ですか!」

「ああ。私の魔力を体内に流して魔石を一時的に高純度な魔力へと変換して体外へと引き出す」

「アリエル様どうかお姉ちゃんを助けてください」


 懇願を受けてアリエルはユリアの背中を見るが、浮かない表情を浮かべる。


「ただ、私の魔力を無理やり流し込むんだ。他人の魔力が体内を巡る痛みは想像を絶する激痛だ。麻酔の類は魔石の反応を鈍らせ位置が特定できなくなるため使えない。その覚悟はあるか?」

「……可能性があるならお願いします」

「いいだろう。気をしっかりもっておけよ。一度始めたらやめられないからな」


 アリエルは両手をユリアの背につけると深呼吸した。

 部屋の中には金色の光が舞い、薄く室内を金色に染める。

 その光はアリエルの両手に収束していくと、ユリアの中へと消えた。同時にユリアの目がかっと開くと絶叫に近い叫び声を上げ始めた。


「耐えろ! 直ぐ終わる!」


 魔道士ならば他人の魔力が流れ込んでも日々高濃度の魔力を生成して魔法に変換しているため痛みはほぼないが、ユリアは非魔道士だ。魔力に慣れていない体に高濃度な魔力が流れれば体の中から幾千の針で貫かれる様な感覚が襲う。


「どうしたんだい!」


 ユリアの叫び声を聞きつけ2人の母親が部屋の中へと駆け込んできた。

 視線の先にはアリエルの下に叫び声をあげのた打ち回るように苦しんでいるユリアの姿がある。


「私の娘に何をしてる!」

「待ってお母さん!」


 アリエルに詰め寄っていくがその直前に目に涙を浮かべながらミーシャが抱きしめて母親を止めた。


「アリエル様はお姉ちゃんを助けようとしてくれているの」

「助ける!? これの何処が助けるって言うんだい!!」

「お母さんお願い! 信じて!」


 ミーシャの必死の呼びかけに母親の動きは止まり険しい表情でベッド上の2人を見る。しばらくユリアの叫び声が室内に響き渡っていると急に声が消えた。


「お姉ちゃん……?」

「大丈夫だ……うまくいった……疲れて気を失っただけだ」

「アリエル様!」


 ユリアの上でふらふらと頭が揺れるとユリアの上に倒れこんだ。同時にベッドの下には甲高い音と共に大量の透き通った翠緑色の結晶が転がった。


「くそ……魔力を使いすぎたか……」


 アリエルはユリアの上で落ちてくるまぶたに目を閉じぬように粘るが、目を閉じ意識を失った。




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