第8話 夢を語ろう

(ここはどこだ……)


 目覚めたアリエルの目に映ったのは見知らぬ天井だった。

 体を起こしてみると城の自室ではないベッドの上で混乱する。混濁する記憶の中、目をこすりながら起き上がる。


「あっそうか。私は魔力を使いすぎて……ここはユリアの部屋か」


 ユリアの治療に自身の魔力を注ぎ込みしすぎたせいと、旅に出るにはどうしたら城から抜け出したらいいかを一晩中考えタことによる寝不足が相まって、治療直後に気を失った。

 部屋の隅にはユリアの体内から摘出した魔石が山のように積まれている。


「アリエル様、目が覚められましたか」

「もう起きて平気なのか?」


 ユリアは部屋の中へと入るとベッドへと近づいてくる。


「少し痛みはありますがもう大っ」


 何もない床に躓きベッドに飛び込むとアリエルを押し倒した。


「あふ!!」


 ユリアは倒れまいと思いっきり手のひらを下に伸ばしたが、掌打となりアリエルの腹部にめり込んでいた。


「ごめんなさい!」

「大丈夫だ……」


 お腹を抱えてピクピクと体が痙攣している。

 すぐに体を起こすが、顔が苦痛で歪んでいる。


「この度は本当にありがとうございました!」


 ユリアは髪を振り乱しながら勢いよく頭を下げる。


「気にするな……城のやぶ医者の尻拭いをしたに過ぎない。頭を上げろ」


 顔を上げたユリアの目には涙が浮かんでいる。


「ミーシャと母がお昼ご飯を準備しているのでよかったら食べて行ってください」

「分かった。……まて、いまお昼ご飯と言ったか!」

「はい……」

「すまないが、気持ちだけで十分だ」


 アリエルはベッドから飛び起きると部屋にかけられていた、真っ白なローブを手に取った。当初の計画では昼前には王都を脱出している。昼前というのは城でアリエルがいなくなったということが知れ渡り、街中の兵士に捜索の命令が発令される頃合いと想定していたのだ。


 しかし、城を出る時に騎士団長のダニエルに見つかっているため、その想定していた時間は間違いなく前倒しされている。


 慌てて部屋から出て階段を下りていくと、足がもつれ転がり落ちる。


「うっ、これはやばいな」


 ユリアの治療によって消耗した体力と魔力は回復しきっていない。

 ただでも体力がないアリエルにとっては魔力の残量が少ないのは死活問題。

 そこへミーシャが心配そうに覗き込んでくる。


「アリエル様、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」

「丁度ご飯の準備できましたのでどうぞ」

「いや……」

「アリエル様! お待ちください!」


 2階のほうから階段を駆け下りてくる音が聞こえてくる。小さな叫び声が聞こえたと思うと、アリエルの体の上に階段を踏み外したユリアが落ちてきた。


「ぎゃっああ!」

「お姉ちゃん!」

「ユリア!! 恩人に向かってなんてことをしてるんだい!!」

「アリエル様!! ごめんない! 大丈夫ですか?」

(思い出した……そうだユリアはこういう奴だった)

「大丈夫だ! いいから早くどいてくれ。そっとどけよ。そっとだぞ」


 まだユリアが病に伏せる前に城に働きに来ていた頃、事あるごとにアリエルとこういった絡み方をしていた。

 今回のように階段を一緒落ちたり、城の庭園にある池に一緒に落ちたりもした。

 その度にアリエルは自分を溺愛している両親の耳に入らぬよう、目撃者に他言しないように言い聞かせていた。


「さっさとどけ! 私は一刻も早く行かねばならない」

「急がなくても大丈夫だよ。 アリエル様を探して兵士が来たけど知らないで通したからね。ひとまずはご飯でも食べていきな」

「どうせ昨日も徹夜されたんでしょ? 」


 昨日の晩から何も食べておらずお腹が空腹を可愛らしい音で知らせてくる。


「……そうだな。頂こうか」


 くすくすと聞こえる声に恥ずかしさを感じながらアリエルはひとまずご飯をご馳走になることにした。

 促されるまま椅子に座ると目の前には香り豊かな湯気が立ち上るシチューがある。

 4人でテーブルを囲んで座るや我先に口に運ぶ。運ぶや否や幸せそうに満面の笑顔を見せ、それを見た3人は嬉しそうに微笑む。


「お口に召したみたいでよかったよ」

「ああ。こんなうまい飯何十年ぶりだ!」

「あはははっアリエル様。そんなに生きてないでしょ」


 思わず本音が出てしまったが誰もアリエルの言葉が事実だとは思いもよらないだろう。アリエルは再び料理に釘付けになる。


「宮廷料理をいつも食されている姫様に言われると世辞でも嬉しいね」

「宮廷料理なんていつも同じ味、薄味で囚人にでもなったような気分だ。魔獣ですら食わんよあんな飯。食事の素晴らしさを再認識できることに感謝だな」

「あはははっ。料理長が聞いたら泣いちゃうよ……」

「かまうものか。えっ」


 アリエルの向かいにはユリアが座っているが、涙をぽろぽろと流し、鼻を啜りながら食べている。


「ユリア。どうした! まだ何処か痛むのか!」

「いえ……またアリエル様の憎まれ口を聞けていることがうれしくて……」

「へ……そっそうか……」


 アリエルは勢いよく立ち上がるがどう反応したらいいのか困ったのかそのまま固まる。馬鹿にされているのはわかるが、目の前には嬉しそうに感極まって号泣している少女。やるせない思いを抱えながらも座りなおした。


「そういえば、お前は魔道士になれ」


唐突な言葉にユリアは呆気に取られ言葉をなくしている。


「わっ、わたしっ、がっ、魔道士ですか?」

「ああ。私の見立てでは魔法については、お前は天賦の才といっても過言ではない魔力を持っている。」

「ですが……家は……」


 目を細め残念そうにうつむく。それはそのはずだ。魔法を扱えるのは基本的に平民でも豊かな者のみだ。誰かに魔法を学ぶにも関連する魔道書を手に入れるにもかなりの金額を必要とする。


「シュリル経由で婆やにお前の症状を話してから魔法を学びたいと言えばいい。身はどうなっても知らんが、王国有数の魔道士にしてもらえるだろうよ。まっそれでなくても金も心配いらないと思うぞ」

「え……」

「上にある魔石だ。あれ一つでも売れば、つつましく暮らせば一生暮らせるレベルの純度の魔石だ。魔道士なら喉から手が出るほど欲しがる」

「あの石そんなに高いんですか!」


 魔石は空気中の魔力が長い時間をかけ結晶になった物で、山深い鉱山から採掘される。鉱山産の魔石は不純物が含まれ、不純物がすくない物ほど高価な根が付く。

 ユリアから取り出した魔石は短時間に凝縮したもので不純物はなく、純粋な魔力の固まり。大きさは鉱山から出るものよりかなり小さくはあるが、希少価値を含めるとその価値は計り知れない。


「のんびり学ぶのか、地獄を見て急成長するか、好きな方を選ぶといい」

「私はランファニアにお願いしたいと思います」

「お前も変態なのか……」


 決意がこもった眼差しのユリアにアリエルはボソッと呟く。


「はい?」

「なんでもない、こっちのことだ」


 皿に残ったシチューを丁寧にスプーンで集めて最後の一口を口に運ぶ。

 アリエル以外は既に食べ終え、母親は片付けをし始める。


「そういえば、アリエル様はどうしてここにおられるんですか……? 私が病にかかっている事はお城の人にはシュリル様以外がご存知ではないはずですが……」


 ユリアの言葉に思い出したかのようにミーシャも興味津々にアリエルを見る。


「私は旅に出ることに決めたんだ。城から出るときに偶然ミーシャにあってな」

「旅!? 陛下と王妃様はご存知なんですか?」

「お前もか……」

「ん? 私も?」


 横ではミーシャがうなずいている。


「知っていたら兵士が探し回ると思うか?」

「確かにそうですね。でもなぜ旅なんか」


 アリエルはその言葉に考え込んだ。

 下手に魔法を極めるためとかそれっぽい噓をついたところで応援されるだけ。それはそれで心が痛む。ここはもう本音を出して言ってもいいのではないかと。


「私の夢は魔王になることだからだ」

「魔王……?」


 部屋の中は静まり返り、片づけをしていた母親も不思議そうに振り返ってくる。


「王様になりたいってことですか?」

「確かにこのまま行けば王位を継ぐのはティアナ様ですからね。王位を継ぐために功績を立てようという事ですか?」

「そんなことをしなくてもあたいらはアリエル様を応援するよ」

「そうですよ。書庫に篭りっぱなしのアリエル様に旅ができるとは思えませんし、この王都に顔を出していれば自然とアリエル様の評価は上がりますよ」


(なぜこうなる……)


「違う! 私は魔王になりたいんだ!」

「アリエル様。いいですか? 魔王というのは王様とは違うんですよ。魔王というのは悪い人なんですよ」

「馬鹿にするな! 知っている」


 急に場は和み子供に言い聞かせるようにミーシャとユリアが迫ってくる。


「どんな絵本をお読みになったんですか?」

「子ども扱いするな! ミーシャは私と同い歳だろ!」

「そうでしたっけ。それにしても頑固ですね。でもこんなに可愛いくて頼りになる魔王様なら大歓迎ですよ」


 真っ赤になって怒っているアリエルの頭をユリアは撫でるが、その瞬間にアリエルの堪忍袋の緒が切れたのか、ユリアの手を跳ね除る。


「いいだろう。魔王について語ってやる」


 立ち上がると腕組をして、魔王に対しての熱い思いを、前の世界のことを隠しながら激昂しながら数時間熱弁した。





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