第9話 譲れぬ気持ち

 夕暮れの広場の大噴水の前にはアリエルとミーシャがベンチに腰掛けていた。

 魔王について熱弁し気がついたら日が沈みかけていたため、慌ててミーシャを引っ張り、まずは質屋で宝石を換金して旅支度の資金を用意した。

 それから鞄屋、武器屋、薬屋をはしごして魔道具店で杖を購入して旅支度を整え終わった。


「アリエル様、剣術出来るんですか?」


 アリエルの腰には刀身が細い細剣が携えられている。


「もちろんだ!」

「そうなんですか。魔法の知識もすごいのみ剣までできるなんてすごいですね!」


 実際にはできなくはない程度。稽古はサボりまくりで打ち込んできたわけではない。

 真っ直ぐな少女の視線はアリエルは心を何かに締め付けられるような感覚に陥った。


「……さていくか。ミーシャ。また会おう」

「ちょっと待ってください今から街を出るんですか?」

「そうだが?」


 夜の街道は森の中ほどではないが危険が多い。日中は森の中にいる魔獣も行動範囲を広げて民家の直ぐ近くまで出てくることもよく見かけられている。


「大丈夫だ」

「大丈夫じゃありません。城には黙っておきますから。家に泊まって明日にしてください」

「心配するな慣れている。あまり働きすぎるなよ」


 ミーシャの手を振りほどき広場を外門に向けて歩き出す。

 だが突然アリエルの足は止まった。

 目の前には自分のローブと同じ物を纏った人影がいた。これは特注のためこの世にあるとすればもう一着。made in ティアナのローブだ。


「今朝の兵士が血相を変えていたのはやっぱりお前か……」

「エル……探したわよ。あたしも連れて行きなさい!」

「断る。私は魔王になるんだ! 勇者のお前は邪魔だ!」

「そう……なら力づくで付いていくわ」


 ティアナはローブを脱ぎ捨て剣を抜くと構える。


「ティアナ様……?」

「そういえば全力で戦ったことは一度もなかったな。いいだろう。お前と私どちらが上かはっきりさせようか」


 アリエルもローブを脱ぎ捨てると剣を抜き、左手には杖を構えた。杖をティアナに向けた。


「何よそれ、ふざけてるの?」

「ふざけてなんかないさ。この世界で手に入れた私のもう一つの力だよ」


 2人の間に緊張感が増す。

 そしてローブを脱いだことにより、周りの人達も2人のことに気づき始めた。


「お二人ともやめてください。何を考えているんですか!」


 ミーシャが大声で止めるが一切表情を変えない。


「ではいくぞ。『エアリエムーブ』、『グランドブースト』、『ホーリプロテクション』、『エアリーズトゥインクル』、『グランド・カースド・スレイブ』」


 アリエルは体に光を纏い、持つ剣は漆黒に染まりあがった。

 次の瞬間アリエルは風のように翔ける。

 ティアナはそれを見るや剣をより一層力を込めて握り直す。アリエルの剣は低く唸り声のような音を立てると、その剣を振りぬいた。

 衝撃波が広場の地面に敷き詰められたレンガを削りながら進む。ティアナは剣を振り上げると力いっぱい地面に叩きつけ衝撃波を打ち消した。

 一方のアリエルは同時に杖を振りぬいていた。


「『アイシクルド・レイン』」


 ティアナの頭上から氷の槍の雨が降り注ぐ。しかしティアナの体に当たると同時に塵となって消えていく。


「やはり物理現象へと変換する魔法は加護の力で防がれるか」

「あたしに魔法は効かないわ」

「それはどうだろうな」


 ティアナの間合いにまで接近するとアリエルは低く唸る剣を振り向く。ティアナは後ろに飛びのこうとするが何かが背中に当たった。


「なっ」


 後ろと横には後ろに引けないように氷の壁が形成されていた。

 慌てて攻撃を剣で受けるが、アリエルの剣から発生した衝撃波はティアナの体を吹き飛ばし氷の壁を砕きそれでもなお、地面を転がっていく。

 体をくるりと回し体制を立て直すと、アリエルを睨み付けた。


「私がどれだけお前の戦闘を見ていたと思っているんだ。その加護を打ち破る方法は既に分かっている。お前の加護が防ぐのは魔力で作られた物であって、魔力を帯びていない事象には干渉できない」

「昨日の重力魔法でばれちゃったようね」

「ああ。あれで確信を得た」

「なるほどね。ならもう手加減しないわ」

「は?」


 その言葉の直後アリエルの視界からティアナの姿が消えた。

 そして腹部に衝撃を受けると吹き飛び噴水に突っ込んだ。

 広場の大噴水が轟音を立てながら崩れ去り、水しぶきが降り注ぐ。


「かはっ、はぁ、はぁ、なんだ、何がどうなった……化物め」

「防御魔法でたいしたダメージはないでしょ」

「お前は馬鹿か! 自分の加護を忘れたか!」


 ティアナの加護は魔力で作られた物を無力化するもの。それは攻撃時も有効であるためアリエルの腹部に蹴りが入った瞬間は、全ての自己強化魔法は無力化されている。


「だから魔王は驚いていたのね」

「私は驚いてないぞ」

「あんたじゃないわよ。ちょっと……大丈夫?」

「大丈夫に見えるか!? 馬鹿力め」


 吐血し、悪態つきながらもアリエルは立ち上がり剣を振るう。飛んでくる衝撃波をティアナは横に飛び回避する。


「あと一撃ぐらいかしら」

「やれるものならやってみろ」

「そうするわ」


 一直線にアリエルに突撃していく。しかしアリエルまで数メートルのところで膝を折った。


「こっこれは……」

「中級魔法だが、猪突猛進の馬鹿には効果的だろ」


 アリエルを周囲に高重力が展開されて満足げに見下ろしていたが、その中にいるティアナは立ち上がろうとしていた。


「どんな怪力なんだよ」


 慌ててアリエルは衝撃波を発生させて吹き飛ばした。


「まぁいい。これが一番効果的みたいだな」


 周囲に高重力の空間を発生させたままアリエルは地面すれすれを飛ぶように駆けていく。


「そんなの卑怯よ!」

「なら魔法でも使って攻撃するんだな。私の防壁を崩すことが出来るとは思えんが」


 ティアナは魔法適正は一切ない。

 攻撃するには近づくしかないが、高重力の空間を突破しなければならない。

 接近しようとするアリエルと一定の距離を開け、剣から放たれる衝撃波を回避し続ける。


 日は沈み、街灯の明かりが薄く照らす広場に衝撃音が響き渡る。


 戦いを始めた当初は、2人の戦いを見る見物人で溢れかえっていたが今は誰もいない。最初は2人の事を止めようとする者もいたが、全員が戦いの激しさにすぐに止める事を諦めた。

 アリエルの攻撃は一直線に進み流れ弾は建物の壁を易々と貫くのを目の当たりにしたからだ。


「しつこいぞティアっ。そろそろっ、負けを、認めろ!」


 時間が経とうがアリエルが優勢なのは変わらなかった。しかし明らかに余裕そうなティアと比べ、アリエルは息を切らしてる。


「そろそろかしら」

「さっさと諦めろ!」


 広場の端にティアナを追い詰め、アリエルは一際大きく剣を振るう。

 建物の壁を一直線に衝撃波が貫いていった。

 だがティアナの姿は目の前にはない。気配を感じ上を見上げると、逆さまで屋根を蹴るところだった。


「しまっ」


 高重力で加速して剣を振り下ろす。高重力は横方向の攻撃には強いが縦方向。上から攻撃を仕掛けられれば逆にそれが命取りになる。

 アリエルは咄嗟に剣で守るが、目の前には半分に折られた切っ先が弾き上がり、腹部に痛みを感じると後方に吹っ飛ばされた。


「うっ、何度も何度もっ、何故腹を蹴る……」

「もう降参したら? とっくに限界でしょ」


 うずくまりお腹を抱え、土煙から出てくるティアナを苦しげに見つめる。

 向かってくるティアナに眉間にしわを寄せ見つめるが、近づいて来れば来るほど、邪悪な笑みを浮かべ始めた。


「ふっ、私の勝ちだ」

「なっ」


 地面に発光する光の線が現れると足元から周りを白く照らす。ティアナを中心に一定間隔で翠緑色の結晶が周囲に6つ地面に転がっており、それを頂点に六芒星が描かれその周りには円が描かれている。


「聖典の輝きを以って 星々の憂いを示せ 『ルインフォール』」


 闇の空に光が差し、暖かな幻想的な光が闇の中から溢れてくる。

 その光は、光の柱となり魔法陣に降り注いだ。

 ティアナは光を浴び勢いに負けて地面に倒され、光に押さえつけられ微動だにできなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る