第10話 街からの脱出①

街の広場には巨大な光の柱がそびえる。

天まで伸びるその光は街のどこにいても見ることが出来るだろう。

光が降り注ぐ付近では地面が小さく揺れ、その光を前にしてアリエルは不敵に笑みを浮かべていた。


「神聖魔法が加護に勝てるか少々不安だったが取り越し苦労だったようだな」

「あんた……」


 中央付近でうつ伏せで横たわり、顔をしかめているティアナをニヤニヤと見つめている。


「安心しろ。加護を持ってるお前ならば死ぬことはないだろう。ふっ、ただ動けないみたいだが」

「は……ちょっと……」

「さてと」


 アリエルはローブを拾い上げると羽織った。そして近くにおいてあったカバンを肩に担いだ。


「行かせないわよっ。魔法の制御できる距離は限られているはず。すぐ追いつけるわよ!」

「その点は抜かりない。いいものが手に入ったからな」


 アリエルは魔法陣の片隅を指差すと、それを見てティアナは唖然とした。


「魔石……」

「ああ。もうこの魔法は私の制御下にはない」


魔法の制御できる距離は限られる。アリエルならばかなりの距離まで制御下におくことができるが、ティアナから逃げ切れるだけの距離はない。

だが魔石は魔力を放出する他にも、術式を埋め込めば魔法の発動を維持することが出来る。


「では姉上、私は失礼するよ。こんな光だ。すぐに騎士団か宮廷魔道士が駆けつけて何とかしてくれるだろう。シュリルと婆やによろしくな。ついでにこれ謝っといてくれ」


 両親ではなくここで敢えてシュリルと婆やの名を出したことでティアナの顔は青ざめた。アリエルに指を指されるまま周りに目を配ると目を覆いたくなった。

 広場の象徴の大噴水は形を残しておらず、広場は水浸し。

 純白な石畳もえぐれていたり、ひびが無数に入っている。

 隣接する建物も崩壊し、壁に穴があいていたり、無事な建物は片手で数えられるほどの数しかない。


「ほとんどあんたがやったんじゃない! 待ちなさい!」

「ははっ。大噴水の天女像を破壊したのは姉上だろうに」


 立ち去りながら、必死にもがいているティアナを後ろに見ながら勝利の余韻を楽しむ。

 しかし、振り向いて歩き始めようとした時、誰かにぶつかった。


「ちっ。どこのどいつだ! 私の旅立ちを邪魔する……野郎……は……」


 前を見直そうとすると、感情があまり感じられない一定の「ふふふ」という笑い声と、嗅いだ事のある香水の香りで誰にぶつかったのかは見る前にわかった。

 顔を見上げて凍り付いて笑みを浮かべている女性を見ると、アリエルは硬直し、唇をかみ締める。


「ひっ、シュリル……」

「今のお声はどなたでしょうか。そのような言葉遣いをされるような方など、近くには見えませんがー。誰でしょうかねアリエル様」

「さて……私も存じ上げませんね」

「この王都アプトランが誇る。天女の広場を破壊した大罪人は誰でしょうね」

「…………」


 目の前の爆発秒読みのシュリルに何を言っても状況が好転することはまずないだろう。

 笑顔で固まるシュリルから目を外すと少しずつ後ずさりする。シュリルの後ろには騎士団の騎士と宮廷魔道士と思われるローブ姿の人物が複数いた。


(いや……全て塞がれているか)


 周りを見渡すと広場に繋がる道全てに、目の前の人物達と同様な騎士と魔道士が配置されている。

 アリエルは袖からすっと杖を出した。


「アリエル様。抵抗はおやめください」

「ふっふふふ。私も覚悟を決めよう。私はお前を倒し自由を勝ち取る!」

「アリエル様がここまで魔法を極めていらっしゃるとは知りませんでした。神聖魔法までお使いになることができるとは。アリエル様を止めるのは私では難しいでしょう」

「なら引っ込んでろ」

「それは出来ませんね。それにあれほどの戦闘のあとではどうでしょうか。魔石を使用したのも魔力が足りないのが大きいんじゃありませんか?」

「くそっタイミングを見計らっていたな!」

「ティアナ様は衛兵を全て倒して城から出られましたからね。確実に捕らえるための作戦です」

「あの馬鹿……」


 ティアナは本来は勇者だ。稽古の1対1での戦いのみではなく。膨大な数の魔獣相手でも装備さえしっかりしていれば孤軍奮闘することもなくたやすく殲滅するだけの戦闘能力を持っている。

 それはこの世界ではアリエルのみが知ることであったが、城で1対多数でも無類の強さを発揮して街に出ることによって実力を証明してしまったのだろう。


「ふっ、はははは。シュリル。残念だったな。まだ私には切り札がある」

「はったりというのは分かっています。魔力は残っていないはずです」

「ティア! 目と耳を塞げ! 『レイスクリーム』」


 アリエルが拳を握ると、魔方陣の周囲に配置されていた魔石が弾けた。魔石が弾けた後は折り重なり大音量で周囲に響き渡る。

 そして空から降り注ぐ光は拡散して広場全体をまばゆい光が覆った。


 音と光で広場内の者は耳と目を覆い、数分ののちおさまった。


「やられましたか」


 シュリルが再び目を開けた時にはアリエルの姿はなく。地面に突っ伏していたティアナの姿もなかった。


「コゼンティーノ卿。どういたしますか?」


 兵士に指示を仰がれるがシュリルは笑みを浮かべていた。



 一方でアリエルはティアナに担ぎ上げられ、外門に向かっていた。


「追っ手は?」

「今のところはない……」


 後ろからは誰かが追ってくる気配はない。だがそれがアリエルにとっては不思議でたまらなかった。

 広場を犠牲にしてまで自分達を捕らえようと、アリエルの力を分析していた人物が、このような目眩しで対象を逃がすものなのか。

 シュリルは王国始まっていらいの奇才と言われるあの者の孫にして、騎士の称号と上級魔道士の位を持つ天才。


 街を囲む外壁が見えてくると、周りが開けた。

 門の前は広場になっておりそこから道が伸びている。だがティアナはその広場の中央付近で止まるとアリエルを下ろした。


「何故止まる! お前なら蹴散らせれるだろ」


 いかに兵士が大勢いようとも一点突破であれば門を抜けるのは、疲労しているとはいえ十分に可能だ。


「しっかり見なさい!」

「何を……なっ」


 兵士が門の前に並んでいる。隙間から見知った顔が出てきた。


「ダニエル……まずいな」

「魔石はまだある?」

「もうない」

「エル……あれをやりなさい。今のあたしじゃあんたを抱えてダニエルから逃げるなんてできないわ。神聖魔法が使えるなら今もできるんでしょ」

「断る。あれだけは死んでももうやらん」


 断固として断るエルを横目にティアナは腰から剣を抜き構える。


「ならあんただけ捕まればいいわ。もう後戻りはできないわよ」


 ただでも城という箱から出してもらえない箱入り姫状態。この街のシンボルを破壊していることから、かつてないほど怒られるのは目に見えている。


「分かった。やればいいんだろう、やれば。……どうにもならなくなったらな」

「それでいいわ。いつも通りの作戦でいくわよ」

「了解……でもでかいのはあと一発が限界だからな」

「ならその一回で何とかするわよ」


 アリエルを杖を出して構えた。

 突撃していくティアナが剣を交える。


「やはりダニエルの方が上か」


 恐らく剣の技術は互角。しかしアリエルとの戦いのあとの疲労した体では、まともにダニエルの剣を受けきれないみたいだ。

 剣を合わせるが押し合いになれば間違いなく押し負ける。剣を傾けてうまく攻撃を流している。


『ライトニング』


 アリエルの杖から雷撃が放たれるとティアナとダニエルに向かって飛ぶ。

 ダニエルは迎撃しようと向かってくる雷撃に掌をかざした。

 グローブの手の甲に付いている結晶が輝き、掌に光が集まる。


『フレイムバースト』


 炎の閃光が放たれた瞬間、ティアナは飛び上がると足を伸ばして魔法を打ち消した。


「なっ魔法が消された!?」


 雷撃はそのまま2人を飲み込んだ。

 ダニエルはふらつき、ティアナは剣を逆手に持ち直し雷撃のダメージに顔を手で覆っているダニエルの後頭部目掛け剣の柄で殴りかかる。

 だがギリギリのところで手首を握られ止められた。

 そのまま足を払われ地面に叩きつけられると上から押さえ込まれる。


「甘いですね。真剣勝負で情けをかけるとは。それにそのような加護をお持ちとは存じませんでした」

「くっ」

「私はティアナ様を抑えておく。お前たちはアリエル様を抑えろ」


 ダニエルが兵士達に指示を送ると一斉にアリエルを取り囲んだ。


「やりたくない。やりたくはないのだが……やるしかないか」

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