第5話 アリエルの野望

夜も日付を跨ぐ頃。

 城の一室にはアリエルのティアナの姿。2人の頬は薄っすらと赤い。

 城に戻ると入り口で2人の両親が兵士達に必死になだめていた。国王と王妃と言う立場でありながら2人の探しに行こうとしていたのだ。


 2人の無事な姿を見るや泣くだけで両親が怒ることは無かったが、解放されるなりシュリルの祖母であり、宮廷魔導師長、メイド長、国務大臣、様々な役職を兼任するランファニア・コゼンティーノが現れた。

 城の廊下で突然頬を叩かれそのまま長い説教が始まった。そしてそのまま廊下で立ったままで数時間にも及ぶ説教は、夜も更けてきたため明日へと持ち越しになったのだ。


「まだ痛い……婆やの奴。あんなに怒らなくてもいいだろ」

「うん……」


 ソファーに腰掛け2人とも頬に手を当てる。

 不愉快そうなアリエルの向かい側にはティアナが座っているが、目に涙を浮かべなぜか少し嬉しそうだ。


「叩かれて喜ぶなんて変態だったのか……」

「違うわよ!」

「まぁ人の性癖にどうこういう気は無いよ。んじゃ本題に移るか」


 アリエルが腕を振ると部屋の壁と天井に光が走った。


「これで外には聞かれない。何故お前がここにいるんだ」

「あたしが聞きたいわよ。あんたの馬鹿なことを止めようとして気がついたらここにいたんだもの」

「いや……待てよ。確かあの時素手で私のナイフを止めていたな?」

「ええ。確かそうだったわ」


 転生の術式には素材の他に転生者の血が必要だ。だから自らの手首にナイフを入れたが、その直後にナイフの刃を鷲掴みにして勇者にナイフを奪われたことを思い出した。


「そういう事か!」


 転生の魔方陣に2人の血が混ざった事により、転生の対象が2人になったのだろう。

 血によって転生者の願いを反映するように術式は組まれていたため、2人の願いが入り乱れた結果、アリエルの願いは反映されなかった。


「くそっ。だから狂ったのか。やっぱり理論が間違っていたわけじゃなかったか」


 術式の構成は血液の持ち主の願わん転生を叶えるように組んでいた。転生前に願ったことは、魔族と魔法の資質のみだったが一つしか叶えられていない事を考えれば、願いが叶えられていない訳でもない。


「おい勇者」

「勇者はやめて……今まで通り、昔みたいにティアでいいわよ」

「昔って何十年前だよ……子供の時だろ」

「今子供よ」

「そうだった……」


 勇者のパーティーでもアリエルとティアナは一番長い付き合いだった。

 お互いに両親を幼くして亡くし。

 入っていた孤児院からの付き合いだ。


「今更呼べるか!」

「今まで呼んでいたじゃない」

「それは知らなかっただけだ」

「ならパパとママの前でもそう呼ぶつもり?」

「パパ、ママってお前……分かった。ボロ出して変な目で見られたくないからな」


 2人だけの時でも勇者と呼ぶ事は出来るが、誰かに聞かれると色々めんどくさい事になる。


「ならこれからもよろしくね」

「何が?」


 ティアナは握手を求め手を差し出してくる。

 アリエルはその手を取らずにじっと見つめる。


「もう少し大きくなったら、魔獣退治の旅に出るわよ」

「相変わらずだな……女なのに何故そうも危険なことに自ら突っ込もうとする」

「女だから何? そんなくだらない常識は前の世界でぶっ壊してやったわよ」


 自信にみなぎった声で胸を張る。

 一般的に女性は男性に筋力が劣り剣士の実力にとっても重要なことだ。勇者は世界に1人。高潔な精神を持ち、最強の剣士に送られる称号であり、この世界でも前の世界でも、歴代の勇者に女性はティアナのみしかいない。


「いつかこの世界でも勇者になってみせるわ」


 少女の口からそんなことが出れば笑いの種になるところだが、今のアリエルにとっては考えさせられる内容だ。


「あんたはどうするのよ」

「どうするって……お前のせいでこんな姿にされたからもう一回転生したいんだが……」


 歯切れの悪い言葉にティアナがニヤッと微笑む。転生についてはあの場にいたのだから何が必要なのかは知っているだろう。そしてこの表情。ティアナに魔法の才は皆無だが知識はそれなりにあるためアリエルの陥っている状況は概ね掴んでいるのだろう


「ちっ……もういいさ。ひとまずは転生は保留だな。また邪魔されかねないからな。それに……お前が勇者を目指すのなら私は魔王を目指そう」

「は?」


 目の前には勇者の歴史に楔を穿ち、不可能と思われることを成し遂げた者がいる。

 そして魔王と同格の魔力。転生をも可能にした魔法の知識がある。魔王になる。突拍子もないことはなの重々承知ではあったが、不可能なことなど決め付けるのは目の前のティアナの存在が否定してくる。

 アリエルは真剣な眼差しでティアナに魔王になる宣言をすると、ティアナが目を見開き固まっている。


 ――そして


「……ぶっあはははあっ魔王ね、はははっ」

「なぜ笑う……私は本気だ。あの魔王の言葉必ず実現してみせる」


 大爆笑が止まらないが気にせずに魔王を倒した時に魔王が放った言葉を思い返す。

「世界は私のものだ」そのことばにどれだけ胸が高鳴ったか。思い返すだけで当時の高鳴りが呼び起こされる。


「笑いすぎだ!!」

「ごめん……ふっ……はははぶはははっ魔王様可愛い! 可愛いよっ」

「だっ誰のせいでこうなったと思ってるんだ!!」


 顔を赤くして恥ずかしそうに拳を握り締める。

 魔王の討伐時、魔王とメインで戦ったのはティアナだ。魔王の邪悪なオーラと容姿を一番覚えているのもティアナだろう、目の前の桃色の髪のアリエルと魔王を思い出しては噴出しそうになっている。


「はぁ、お腹痛いからやめてよ……」

「……とにかく私は魔王になる」

「というかそんなに王様になりたいのなら、パパのあとあんたが継げばいいじゃない。私は興味ないから譲るわよ」


 父親はこの国の国王であり、子供はアリエルとティアナの2人のみだ。

 生まれた順からティアナが将来は女王として即位するのが誰しも思っていること。


「違う! 私のなりたいものは魔王だ!」

「何が違うのよ。そもそも魔王になって何がしたいのよ。ハーレムでも築きたいわけ? いやこの場合逆ハーレムか」

「逆ハーレム? ……あるわけないだろうぉおお!」

「おやおや。何を想像したのかな? 可愛い魔王様」


 ソファーから立ち上がり拳を握りしめる。耳まで真っ赤にしたアリエルを見てティアナは再び噴き出した。


「とにかくだ……転生をするにしても、魔王になるにしても、私の邪魔だけはするなよ」

「嫌」

「なに! お前には関係ないだろ」

「あたしは両方とも絶対に認めないわ」

「安心しろ。私が魔王になっても民には危害を加える気は無い。転生する場合はこの世界での私は死んだ事になる」


 アリエルが望んでいる事は全てティアナにも知られている。

 ティアナには魔法による攻撃は一切有効打にならない。アリエルにとっては相性は最悪だ


「そんな事許さないから」

「私の野望を叶えるのにお前の許しなど必要はない。勇者になるのがお前の夢だろ。お前も夢を叶えて勇者なればいい」

「勇者が夢?」

「ああ。夢……だろ?」


 言い争いをする中で急にティアナの声が落ち着きをとりもどす。

 アリエルの邪魔をしていては勇者になるための修練が疎かになる。

 そう思い説得したが、帰ってくる言葉からは強い気持ちは感じられない。


「少し歪だけど、あたしの夢はもう叶っているわ。あとはそれを守る力が欲しい。その為の勇者よ」

「叶っている? 願い……いや転生の願いか! 何か願いを持っていたのか! 願いはなんだったんだ!」

「絶対に教えない」

「は? なんなんだお前は……」



 前回は転生の事を知らない状態で最後の最後で邪魔をされた。

 全てを知って、やらせないと言い切っている今回は生半端なことでは計画を進めることも難しくなる。

 話し合おうにも向こうは嫌の一点張りで話にすらならない。


「もういい。私は寝る。さっさと自分の部屋に帰れ!」


 ソファーから立ち上がりベッドの側まで行くと、飛び込みそのままシーツを被る。

 少しの間ティアナはじっとその様子を観察すると何も言うことはなく、静かに部屋から出て行った。




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