第13話 天使の修行

ティアナはアリエルを宿屋に残し、懇願に来た傭兵団の面々と共に、沖の小島を目指していた。

晴天にもかかわらず、波は高く帆船は大きく揺れる。


あねさん。大丈夫ですかい?」


ティアナは揺れる船の上でデッキの端にしがみつき顔を船の外に出している。


あねさん? うっ」


キラキラとした物を盛大に海にぶち撒け、それを不安そうに傭兵団の面々は見つめている。


「本当にあんな子が助けになるのか……」

「大丈夫だ。剣を持つ兵士を素手で圧倒してたんだぜ」


ティアナの耳に不安そうな傭兵団の面々の会話が聞こえてくる。安心させようとしたのか真っ青の顔で無理やり笑顔を作るが、直ぐに口を押さえて船のデッキの外に顔が戻っていく。


「任せてください……」


それからしばらく襲いくる船酔いと戦っていると地平線から小さな島が見えてきた。

死にそうな顔でそれを横目に見て、徐々に島が近づいてくると何やら音が聞こえてくる。


「団長……まだ……」


傭兵団の団員達の表情が晴れ渡っていく。

聞こえてくる音は明らかに戦闘によるものだ。昨日の夕方から今の今まで戦っているのだろう。


船は音が聞こえてくる島の裏手の砂浜につける。反対側の様子は岩や木々で伺うことはできない。


ティアナは船から降り、気合い入れ直すように自分の頬をパンパンと叩いた。

砂浜を島の反対側を目指し進み、砂浜に張りだした大きな岩から向こう側を覗き込むと、人を遥かに超える巨大な海龍が波打ち際で1人の獣の耳をもつ青年と睨み合っている。

その姿に気が早い団員達は涙を浮かべる。


「海龍って、リバイアサンじゃない!!」

「言いませんでしたっけ?」

「聞いてませんよ……」


リバイアサンは海龍に分類される魔獣の中では、かなりの力を持つとされている。

普段は入り組んだ入江か、海底に住み、こんなに街から近いところに出現するような魔獣ではない。


あねさん。大丈夫ですか?」

「全力さえ出せれば……余裕なんだけどね……ひとまず団長さんを連れて逃げることだけを考えましょう」


険しい顔で腰の剣の柄をさする。


「おらおら、ビビってんのか! さっさと仕留めろ!」

「へ?」


どこからか聞き覚えのある声の野次が聞こえてくる。

岩の陰から飛び出る。砂浜にある大きな平らの岩の上でアリエルが寝転がり器用に翼を枕にして戦いのほうへと向けている。


「ん? ようやく来たか」

「あんた……何してるのよ」

「暇つぶしに見物しに来ただけだ」

「へぇーー。あんなに嫌がっていた羽まで生やして?」

「どうだっていいだろ……ほら。ぼけっとしてないでそこの奴らも参戦しろ」


アリエルを見て固まっていた傭兵団の団員達はその言葉で我に返った。

全員が剣を抜き青年の後ろに付いた。


「おお! てめぇら無事だったか」

「団長こそ良くぞご無事で」

「天が遣いを寄越してくれてな。神の存在など信じたことはなかったが、負けるわけにはいかない」


ティアナは訳が分からないといった様子でアリエルを見るが、ただただ呆然として前を見ている。


「何度否定しても分かってもらえないんだ……」

「でしょうね……」


生死をかけた戦いの最中に、空から天使が舞い降りてきたらどんなに信仰が薄い人でも神の存在を信じるだろう。そんな事実はないのだが、アリエルの容姿と背中に生えた2枚の翼はまさしく天使そのものだ。


「そんなことよりもあたし達も加わるわよ」

「いや、駄目だ。参加するな」

「何でよ!」

「いいから黙って見ていろ」


海龍と新たに加わった傭兵団の団員達が死闘を目の前で繰り広げる。

海龍の腹から首下まで無数の傷が付いてはいるが、同様に団長の青年も満身創痍。


海龍が激昂して咆哮をあげると、口元に光が集まっていく。それを見てティアナが駆け出していこうとしたがアリエルは翼で行く手を遮る。


ブレスが放たれると薄い膜が一瞬止めるが、貫いて傭兵団を襲う。

ティアナが後ろを振り返るとアリエルが手を前に出していた。


「どういうつもり!?」


アリエルは魔王の魔法攻撃ですらも防ぐことが出来る。例え相手が上位の魔獣であったとしてもこんなに容易く障壁を貫かれるなどあり得ない。

アリエルは何も返すことなく大きく息を吸った


「ど素人傭兵団がぁああー! ブレス撃つのが見えてんなら回避か防御に徹しろ! 死にてぇーのか!」

「すすすっみません。天使様」


団長の青年は尋常ではないほど動揺してアリエルのことを天使と呼ぶ。そしてアリエルの機嫌は急激に悪くなってくる。


「攻撃を正面から受けていいのは強者だけだ!てめぇらは雑魚だ。 雑魚は大人しく生き残ることだけを考えろ!」

「……そういうことね」


アリエルは海龍の魔法攻撃や一際強い攻撃時に薄い障壁を張る。

どうやら傭兵団を鍛えるつもりなのだろう。


時間は過ぎ日が暮れてきても戦いは続いていた。

海龍に飛び掛り切りかかるが、尾と爪になぎ払われ団員達の表情には恐怖心が芽生え始める。どんなにきりつけても一向に倒れない海龍に手数は減っていく。

海龍を前に立ち尽くす者が現れ始めると団員達の横を後ろから光が奔る。海龍との間の砂地に光が落ち炸裂した。両者は吹き飛ばされ海流は海に、傭兵団の面々は砂浜を転がっていく。


「玉無しどもがぁあ! びびんな! 海龍に殺される前に私がぶっ殺すぞ!」


時間が経つにつれアリエルの修行は苛烈を極めている。

最初は海龍の攻撃を致命傷に及ばない程度に防ぐことだけだったが、ある程度海龍の攻撃を見極められるようになってくると、少しでも不甲斐ない態度を取ると後ろから魔法が飛んでくるようになった。

傭兵団の団員達は団長を除き、海龍に向ける目と同じ目でアリエルを見るようになっていた。


「ねぇ……もうやめたほうがいいんじゃない?」

「何故だ? ようやくマシになってきたところだろ。それにまだ海龍もこいつらもピンピンしているぞ」


海龍も傭兵団も決して元気なわけではない。

海龍は怒り狂って襲ってきており、団員達は後ろに控える天使に怯え、退くに退けないだけ。


「だって……ほら」


そう言うと沈む行く夕日を指さした。


「で?」

「で、って……いつまで続ける気?」

「防御は及第点だが、攻撃はまだ屑だからな。日の出ぐらいには倒せるようになるだろう。私に殺されてなければな」

「こんなところで夜を明かすなんて嫌よ! ご飯は!?」


天使を背に全員の顔から血の気が引いていく。

ティアナはアリエルに掴みかかる。昼食を食べておらず、来る途中に胃の中を綺麗に海にぶちまけている。


「分かった……あとはお前の好きにしろ」

「いや……今は……」

「やりたくないならいい」

「分かったわよ」


ティアナはやりたくなさそうな顔で剣を抜くと翔けていく。

傭兵団の面々の横をすりぬけ、海龍へと迫る。海龍は腕を振り上げるとティアナ目掛け振り下ろす。海龍の間合いギリギリで止まり攻撃を回避すると腕の上を走り、海龍の頭上に飛び上がり剣を振り上げた。

振り上げた剣には輝き甲高い音を上げながら海龍を真っ二つに両断した。


「すげぇ……一撃かよ」


目の前で起こった事に信じられないといった様子で同様な声が多数上がる。

ティアナは安堵するような息を漏らしながら剣に目を下げた。


「よかった。何とかもったようね。――へっ」


呟いた瞬間。剣は柄も残さずに粉々に砕け散り、キラキラと輝く砂となって砂の上に舞った。


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