第12話 懇願

 アリエルとティアナが王都から姿を消して一週間が過ぎた。


 ペルセリカ王国の王都に近い街では2人を探すべく兵士がいつも以上に街中を巡回している。

 海上に街の半分ほどが飛び出している街リシュテン。この街でも同様な状態になっている。

 まだ日が低い早朝。海鳥達の泣き声が響き渡る。

 大通りを一本中に入った裏道にはローブを身に纏いフードを深く被り紙袋を抱えた人物がいた。

 そこへ正面から5人組の兵士が向かってくる。

 ローブの人物はすれ違うため壁際によるが、兵士達は目配せすると周りを取り囲んだ。


「少しよろしいですか」

「はい……」

「人を探しているのですが、お顔を見せていただいてもよろしいですか」


 兵士と比べると小さな人物は問いかけに返答することなくうつむいている。


「失礼」


 兵士の1人がフードをめくり上げると、ローブの人物は脚を上げる。反対側の壁まで吹き飛び壁に叩きつけられた。そのまま一番近くの兵士の足を払うと掌打を叩き込んだ。


「ほんとに……毎日毎日懲りないわね」


 兵士達は剣を抜き構える。

 目の前にはティアナが髪を直している。

 残された3人の兵士はティアナを囲むように距離を開けた。

 ここ数日毎日のようにティアナは自分達を探す兵士たちに見つかり、その度に兵士達を倒していた。日を立つごとに兵士たちの一緒に行動する人数は増え、最初は2人組みだったのが4日目の今日は5人組。ティアナに対抗すべく町を見回る兵士を多くしてはいたが、あまり効果はない。毎日3組ほどの兵士がティアナとの戦闘になるが相手にもならずに直ぐに決着が付く。


「おい。応援を呼べ」


 隊長と思しき兵士が指示を出すと1人が応援を呼びに行こうとその場を離れようと駆け出した。だが、残された2人の間をすり抜け、あっという間に追いつくと壁を蹴り、飛び上がると頭上から足を振り下ろした。


その光景を見た若い兵士は怯えながら必死に懇願する。


「王女殿下! おやめください。王都にお戻りください」

「もう聞き飽きたわ。あたし達のことは放っておいて」

「そういうわけにはまいりません。お二人を見つけたらお連れするように命令を受けておりますゆえ。我々も任務ゆえ少々のお怪我はお覚悟ください」

「そう……なら仕方ないわね」


 一瞬で間合いをつめると瞬く間に残った2人の兵士を足だけで無力化した。

 周りをキョロキョロと警戒してから走り出した。

 そして建物同士が所狭しと隣接する通りに出ると、宿屋と思われる一軒に入っていく。

 受付の女性に手を軽く振りながら階段を駆け上がり扉を開いた。


「うわっ。なにこれ! なにやってるのよ」


 扉を開いた瞬間部屋の中から風が噴出してくる。

 部屋の中にはベッドが2つ並び、片方の上にはアリエルが下着姿で翼を大きく広げて羽ばたかせていた。


「仕方ないだろ……熱いし、湿気が羽の間に溜まって気持ち悪いんだから」

「虫の次は湿気ってどれだけデリケートなのよ。それに……いつになったら消えるの」

「私も分からん。前は2、3日で消えたんだがな……魔力接続は切っているからそろそろ消えると思うが……」


 右側の翼だけを前に出し嫌そうに顔を顰めながら引っ張る。

 王都を出た後、2日は森で野宿をしたが、アリエルの羽は消えずにいた。薄っすらと光るその羽に虫がたかり、羽の隙間に入り込むたびにアリエルは笑い転げ、挙句の果てには近くにあった小さな湖にダイブするほど。


 そして騒ぎまくるアリエルにティアナもまともに寝ることもできなかったために、王都の一番近いこの街に羽が消えるまでの間潜伏することにした。


「千切れれば一番いいんだがな。神聖魔法を無詠唱で使える分には素晴らしいが、こいつさえなければ……」

「ちょっと……」


 ベッドから飛び起き、力いっぱい目に涙を浮かべながら羽を引っ張る。


「ん?」


 アリエルの背中、翼の付け根から光が舞いそれがさきのほうへと向かっていく。

 両肩付近で翼を引っ張っていたアリエルの腕は体の前の腰付近まで勢いよく振り下ろされた。

 それを見て目をパチパチとした直後絶叫を上げた。

 突然の大声にティアナの体も少し飛び跳ねた。

 アリエルは目玉が飛び出そうなほどの驚きを見せるが、翼が光りになっていく様子を見て安堵した様子へと変わる。


「びっくりした……丁度消えたのか……」

「どうしてそんなに驚くのよ……こっちがびっくりしたわよ……」

「いや……翼は出ている時は体の一部であって……本当に千切れたらどんなに血が出るか……」

「やめなさい!」


 もしも本当にちぎれでもしていたらこの部屋は一面が血の海になりかねない。

 そんな状況は誰も望まない。そもそもアリエル自身も本気で千切る気など微塵もなかったのだから。


「ところで昨日から思っていたんだが、兵士に見つかってないよな?」

「何度も見つかったけど」

「は……まさか顔を見られたりしてないだろうな」

「いや、正体はばれたけど倒したわよ? 何度返り討ちにしても懲りないのよね」

「仕掛けてこないのはそういうことか……」


 そう言って窓の外に視線をやると道を挟んだ建物内にいた人影がすっと消えた。


「どういうこと?」

「昨日からやけに視線を感じていたからな」

「は?」


 ティアナはアリエルの姿を足下から見直すと慌ててカーテンを閉めた。


「もっと早く言いなさいよ!」

「別に仕掛けてくる度胸をないのならほっといても大丈夫だろ」

「そういうことじゃない! 気をつけなさいよ!」

「何を? 流石に魔法を打ち込んではこないだろ」

「だからそういうことじゃない! あんたは女の子なのよ」


 アリエルは「だから?」と言わんばかりに首を傾げていることに、ティアナは頭を抱える。


「分かった。下にいる奴らだけでも蹴散らしてくるか」


 アリエルはそのままの格好で扉の方へと向かって行き、ティアナは慌てて開きかけた扉を飛びつき閉めた。


「何だ?」

「何だ。じゃないわよ! 何にも分かってない。行くなら服を着てから行きなさい!」

「別にいいだろ。研究に打ち込んでた頃は、よく下一枚で飯を買いに出てたぞ。そういう身なりに関してはだな。自分が思っているほど人は気にしていないとよく言うだろ」

「限度はあるわよ!! もういい!」


 ティアナは諦めたのかベッドの下に雑に脱ぎ捨てられている服を掴むと、乱暴に着せていく。


「この服背中破れているだろ」

「そこは気にするのね……大丈夫よ。直しておいたわ。こんどは破れないように羽が生える箇所にスリット入れておいたから」

「余計なことを……ひぁっ」


 着替えが終わるとそそくさと出て行こうとするがティアナは背中のスリットから指を突っ込む。


「やめっ、ふっ、はははっ、ふふっ、やめろ馬鹿!」

「あはははっ、かわいいわね。あと口調さえどうにかなれば完璧な妹なんだけどなぁ」

「誰のせいでこんな体になったと思ってる!」


 睨みあげた先にはニヤニヤと嬉しそうにティアナが見下ろしてくる。

 転生の願いは2人の願いがぶつかり合い、この一週間ティアナに願いを問いただしたが、一切答えていない。城での口ぶりから考えるに、概ね彼女の願いは叶っているのだろう。

 そしてその願いがアリエルの魔族に転生する願いを打ち砕いたのは推測できていた。


「もういい! さて……適当に追い払うつもりだったが、予定変更だ。二度と私を見たくなくなるほどの恐怖を与えてやろう。ははははっ」

「ちょっと。髪! 髪!」


 アリエルはぼさぼさな髪を振り乱しつつ笑いながら部屋から出て行った。

 クシで髪をとかしながらティアナは後ろをついていく。


「さてストレスの発散相手はどこにいるかな?」


 宿屋の外に出ると周囲を見渡す。すると8人ほどの覆面姿の集団に囲まれた。


「兵士じゃないのか。まぁいい。私に刃を向けたんだ覚悟はできているんだろうな」

「まだ向けてないわよ……」


 ニヤッと笑みを浮かべるとアリエルの周辺の地面に敷かれた石がぐらつき始め、小さな小石が浮かび上がる。

 建物の窓はバリバリと音を立て、アリエルの体の回りにはどこからともなく風が吹きぬけていく。


「ちょっと待ってくれ。俺達は決して怪しい者じゃない」


 目の前の集団は敵意がないことをあらわしてか、膝を折り、その中の一人が手を向けて静止を呼びかけてくる。


「そういうことをいうやつほど悪人なんだ。大人しく焼死・感電死・圧死。好きな物を選べ。得意ではないが水死でも細切れでもいいぞ」

「待ちなさい!」

「どれも嫌か……わがままな奴らだ。なら氷付けになってみるか」


 アリエルが差し出されてくる手に重ねるように手のひらを向けた瞬間。拳骨が後ろから脳天に振り下ろされた。


「何をする! 縮んだらどうしてくれる!」

「うるさいわよ。少し黙っていなさい」


 押しのけるようにティアナはアリエルの前に立つ。


「貴方達は?」

「おっ俺達は傭兵団をしているんだが、昨日の夕方、仕事で沖の孤島で海龍の討伐をしていたんだが…………団長が俺達を逃がすために1人で…………兵士に加勢をお願いしたが相手にしてもらえず、そんな時に兵士を叩きのめしたあんたの姿を見たんだ! 頼む手を貸してくれ」


 全員が頭を地面につけ、体を震わせて懇願してくる。


「分かりました。力をお貸ししましょう」

「本当か!」

「でも急ぎましょう。昨日ならば……最悪の状況も考慮しておいて下さい」


 傭兵団の面々は顔を見合わせ喜びが伝わってくるようだ。


「港に船がありますので」

「分かりました。エルいくわよ」

「私はパスだ。自分達の力量も把握できない死にたがりの他人よがりを助けるなんてごめんだね」

「な、なんだと……」

「よせっ、やめろ!」


 1人がアリエルに飛びかかろうとしたが、他の者が押さえる。そんな2人をアリエルは愚かな者を見るかのように冷たく睨んでいた。


「エル……?」

「ティア、こいつらに構うな。海龍ごときにこのざまじゃ、遠くないうちに身の丈以上の依頼を受けて死ぬのは目に見えている。お前だって今まで散々見てきただろ。もしもこいつらの団長を助けられたとしても、こいつらは繰り返すぞ」

「…………」


 勇者のパーティーで魔王を倒す道中で傭兵団は幾つも出会ってきた。厄介な仕事を一緒に手伝い、仲良くなり酒を飲み交わした仲にまでなり、また酒を飲み交わそうと約束して別れた。魔王討伐後、帰りの旅路で顔を見てから故郷に帰ろうとしたところ、一緒に仕事をした傭兵団は一つとして残っていなかった。


 勇者パーティーは圧倒的な実力を持ち、それを基準に考え自分達の力量を見誤った末の結果。当人達の責任ということは分かってはいたが、その時はやるせない思いに苛まれた。


「ごめん……それでも放っておけない……」

「……お人好しめ。勝手にしろ。私はもうあんな思いはごめんだ」



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