第28話 お誘い
ウリエルが消えた後、くすぐりから逃げられずに助けを求めたが、放置されミーシャには目の前でニヤニヤとした目を向けられながら、ただひたすらにくすぐりに耐え続けた。
30分が経過した頃、ようやくアリエルを捕らえていた光は消え、3人はぐったりとしたアリエルを連れて、ミーシャ達の家に向かっている。
「……なぜ私を助けなかった、裏切り者ども。絶対に許さない」
ティアナにおぶわれながら悪態つく。
「裏切るって何よ。修業でしょ」
「あの糞天使め。今度会ったら丸焼きにしてやる」
「この感じ……懐かしいわね……」
前の世界で孤児院からウリエルに引き取られ、しばらくの間アリエルとティアナは3人で暮らしていた。そしてウリエルはアリエルに毎日修業をつけ、ティアナは毎日倒れたアリエルを抱えて帰っていた。
「それにしても……改めて考えてみると信じられないのですが……」
ティアナの後ろを歩くミーシャとユリアは呆然と2人を見て呟く。
2人はごく普通の街娘のはずだが、自分たちが何故このような話しを聞かされたのか、その事で頭がいっぱいだった。
「あまり考えない方がいいわよ。考えるだけ無駄だから……」
「ティアナ様は驚かないんですか?」
「びっくりはしてるけど……もう慣れたわ」
ティアナは今までの生活を思い出す。
最初はウリエルから逃げるように魔王討伐に旅立ち、その道中様々なことがあった。
ユニコーンの密猟者を捕らえる時は金で懐柔され寝返ったり、いきなり龍王に喧嘩を売った時には命を諦めかけた。
そんな生活を送っていたせいか、自分が実は天使でした、と衝撃的な真実を聞かされようとも取り乱したのは一瞬だった。
アリエルはティアナの背中でブツブツ文句をいい続けているとミーシャ達の家の前まで来ていた。
「ただいま!……え」
ミーシャが元気よく扉を開くと、中から怒鳴り声が聞こえてきた。
「いい加減帰っておくれ! 娘達を金で渡す親なんていないよ!!」
「だから、私は奴隷商人なんかじゃない!」
「いきなり上がり込んでくるなり娘をくれと金を渡されているのにどこが違うんだい!」
「これは迷惑金と言っているだろ!」
「何が迷惑金だ。物は言いようということかい! アリエル様の師匠っていうのも、もっとマシな嘘をつくんだね!」
奥のリビングから聞こえてくる声には、4人とも聞き覚えがあり、そっと覗く。そこには天界に帰ったはずのウリエルがミーシャとユリアの母親とにらみ合っていた
「……帰ったんじゃないのか」
アリエルの声に気がついたウリエルは振り向くと嬉しげに目を輝かせた。
「誰も帰るとは言っていないだろ。そんなことよりなんとかしろ!」
「何をだ……」
「アリエル様…… 本当にこの人、師匠なのかい?」
状況が飲み込めないが、アリエルの師匠ということが重要な事は分かる。
「……いいえ。違います。初対面だ。誰なんですかこいつ」
「なっ、何を言っている……ふざけるな馬鹿弟子が!」
一片の曇りもない晴れやかな笑顔をミーシャ達の母に向け、母親は、ほら見ろと食いかかろうとしたが、その後ろでは3人が頭を抱えていることを疑問に思い止まった。
「お母さん、その人アリエル様の師匠様だよ」
「ミーシャ……洗脳とか受けてるんじゃないだろうね」
「そんなの受けてないから!」
「まったく……本当ですよ。その人はエルの師匠です」
「ほっ、本当なのかい……」
アリエルの頭をグリグリしながらティアナはあきれた様子。
「ちっ。やめろ、縮む……」
アリエルは不機嫌そうに呟き、それを見てミーシャ達の母親は笑い出した。
「いっいや〜おかしいと思ったよ。奴隷商人にしては綺麗すぎると思ったからね! そうだ! 良かったらお昼ご飯食べていっておくれ、早速準備しなきゃね」
気まずそうに母親が台所の方へと向かっていくと、ウリエルは安堵したのか、ため息を吐く。
「師匠なんでここにいるんだ? わざわざ羽まで消して天使様がなんのようだ」
遺跡での装いとは違って背中に翼はない。服装もドレス風の物から、ローブを羽織った魔道士の一般的な装いに変わっている。
「口の悪さは相変わらずだな。その2人を弟子にしたいと思ってね」
「弟子だぁ? ……2人? ミーシャもか!」
「わっ、私ですか!?」
ユリアが高い魔力を持っているのは知っていたが、その妹までそれほどの物を持っているのは知らないアリエルはミーシャを下から上まで見回す。
「気が付いてないのか? さっき瞑想していたそっちの子も凄い才能を持ってるみたいだけど、そっちの子は才能だけならお前並みだぞ」
「そんなにか!?」
「そういうことだから。二人ともこれからよろしくな」
肩を叩かれたミーシャとユリアは顔を見合う。
「え……と……」
「大丈夫だ。城で働いているのだろう。その分はほら、準備してある」
「そういう話か……確かにそれは奴隷商人と言われるだろうな。でも金なら問題ないと思うぞ。魔石がたんまりあるはずだからな」
本人達に何も言わずに金を出すから娘を預からせてくれなど、アリエルが奴隷商人をしていた貴族を潰したことは街に広まっている現状では、疑われても仕方がない。
金に困窮していたら判断力を失うかも知れないが、アリエルの名声は黒龍との海上での闘いを見ていた、避難船に乗っていた者が広めている。
王女であり、力の強い魔獣とも単独で渡り合うアリエルの師匠だと言っても素直に信じる者は少ないだろう。
「まぁー心配するな。師匠が言うんだから本物だ。私並みというのはいささか過大評価すぎるとは思うが。せいぜい励むことだ」
「いえ……そうじゃなくて、私魔道士になるなんて一言も言っていないんですが……それに私なんかが……」
「なりたくないのかい?」
「ん〜あまりにも唐突すぎて」
ウリエルはミーシャの顔をじっと見つめるとニヤっと笑った。
「君は馬鹿弟子のことが気に入っているみたいだな」
「もちろんです。私が城で働く理由はアリエル様のお世話をするためですから」
「なるほどなるほど。抱きしめながら悶える馬鹿弟子の羽をもふもふしたいと。君は……相当変わっているな」
「なんだそれは! そんなことを思っているのか!!」
「ひぇ?」
「忘れたのか? 私の力を」
ウリエルは人の心を読むことが出来る。今のことがミーシャの考えていたことだということは理解でき、アリエルはじっとミーシャを見つめるが目が合わない。
「でも残念だ。馬鹿弟子が城に戻ってくることはほとんどないだろうな」
「どうして! どうしてですか……」
「こいつにはやることがあるからな」
「あ……」
アリエルには魔王になると言う目的、ウリエルにとっても人間と魔族両種族の和解という目的と一致する。そしてまとめた後には神龍との戦いが待っている。
「そういえば師匠。さっきは聞きそびれたが、神龍の封印はどうにかできないのか?」
「無理だな。今の結界は天界の秘術。張りなおしたところで基本的な術式は変わらない。術式を解析しつつあるこの状況を考えれば、下手に張り直そうとして脆くなった瞬間、力技で出てくる恐れすらある」
「そうか。なら神龍が出てくるまでには実際にはあとどれくらいなんだ」
「正確にはわからないが、おそらく5年ほどだ」
「は!? 5年だと!! たったそれだけか!!」
封印が綻び始めたのは100年前と言っていたのを思い出して声を上げる。
少なくとも数十年は時間があると思っていた。
「怒鳴るな。だから見守る方針を変えて下界に来たんだ。お前達の覚醒を促し、共に戦ってくれる同志を見つける為に」
「今更……遅過ぎるぞ……」
「誰のせいだと思っている」
「は?」
ウリエルはアリエルの頭を掴むと、目尻をヒクつかせなが覗き込んだ。
「お前達の力は既に覚醒していた。私がそれを気づかせぬように抑えていたが……転生などしやがって。お前達の加護を移動させるためにどれだけクソ天使どもに頭を下げたか……これ以上私を働かせたらぶっ殺すぞ餓鬼共」
「ふっ」
(ふふふっ、クソ天使がクソ天使って言ってやがる……ぁ~)
必死に笑いを抑えるアリエルには影ができる。
上ではウリエルが無表情でアリエルを睨み下ろしていた。
「ひぃ、ちょっ、ちょっと待て、師匠……覚醒していた? どういうことなんだ!?」
「……まぁいいだろう……よく思い出してみろ。お前達がいた世界の魔王を。その力に少しでも臆したか? それどころか力を押さえ込まれていたとはいえ、魔法だけでもお前は魔王を圧倒していたはずだ」
「確かに思ったより大したことはなかったが……それは私が天才なだけだろ」
「馬鹿が。ただの人間が魔王を魔法で追い詰める芸当が出来るわけないだろ。それに加え、人間の身体能力を凌駕し天使の力が肉体に還元されていたティアナだ。あの戦いは私も天界から見ていたが……魔王が気の毒に思えてならなかったぞ」
「言われてみれば……終始驚いていたような……」
魔王との戦いではティアナが突っ込み、アリエルが後ろからティアナもろとも魔法を浴びせた。他にもパーティーメンバーは神聖属性の魔法を操る僧侶と盾持ちの戦士がいたが、遠距離攻撃に徹していたアリエルの守りで直接魔王とはやり合っていない。
本来は魔道士を守りながら戦うのは教範通りだが、ティアナは一瞬たりとも魔王から離れず、アリエルの怒涛の攻撃で魔王に魔道士を潰すような僅かな余裕すらなかった。
「まぁなってしまったことはどうしようもないか。お前達のことだから放っておいてもすぐに力をつけるだろうしな」
「なら放っておいてくれ……」
「遠慮するな。私の爪の先ぐらいの力をつけさせてやる。羽の感覚を制御できるようになるのが一番覚醒しやすくなるからな。私に他の天使どもに頭を下げさせたんだ、覚悟しておけよ」
楽しそうに笑みを浮かべて見下ろしてくる。
先程の毎日修業をつけてやると言っていた言葉は世界の為だけではなさそうだ
アリエルは唇を歪ませてティアナを見つめる。
「師匠……私ばかり鍛えても仕方がないんじゃないか?」
「それもそうだが、ティアナはまだ羽が出るまで天使の力が現れてないからな」
「むぅ……」
「何よ……」
アリエルはティアナの背中を注意深く触る。
悔しそうに眉間にシワをよせると、襟を引っ張って首元から手を差し込んだ。
「ひゃああ! 何っ、するのっよ!」
「いや……実は生えているんじゃないかと」
「生えてないわよ!!」
「ちっ」
「さて……」
ウリエルは悔しそうにしているアリエルの頭をごしごし強く撫でながら。
「話しを戻すが、私が鍛えてやれば君たちならばこの馬鹿達と戦えるだろう。どうだ?」
ウリエルの眼差しに、ミーシャはじっとアリエルを見つめると真剣な眼差しでウリエルを見返した。
「分かりました。やります」
「そっちの気持ちも悪くないな」
「羽は触らせないぞ……」
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