第27話 世界の真実

「師匠が魔王だと!!」

「そうだ。かつてそう名乗り、神龍との大戦で魔族を率いていた」

「どういうことだ師匠!」

「エル。お前は引っ込んでいろ。我の方が先だ」


 アリエルは詰め寄るが、黒龍は顔を押しのける。

 押しのけ合っていると、ウリエルは2人同士に押しのけた。


「お前達は後回しだ。一緒に説明してやる。エルグ、いやアリエルといったほうがいいか。まずはあの2人にお前達のことを話せ。全てはそこからだ」

「本当に話していいのか?」

「問題ない」


 それからアリエルはミーシャとユリアに全てを話した。前の世界で魔王を討伐してこの世界で王女になっていること。そして今の現状、話の途中になっていること。


「転生なんて……できるものなんですね」

「そうだったんですか……」


 全てを話し終えるとウリエルが歩み出た。


「まずは名乗ろうか。私は七大天使の一翼、ウリエル・フィルラ・アヴェリエールだ。一つ誤解を解いておく。人間は私のことを大天使と呼ぶが正確には大熾天使アークセラフィムだ。天界で大天使は一般天使に与えられる階級だからな」

「本当に天使様なんですね……アリエル様の翼と同じ、綺麗な羽」

「ありがとう。そういえば君は馬鹿弟子の羽を気にいっていたな」


 直前のことではあるが、なぜ知っているのかミーシャは首を傾げる。


「ふふ。転移の前に見ていたからな。よかったら触ってみるか?」

「いいんですか!!」

「ああ。構わないよ」

「師っ……」


 アリエルは声を上げそうになるが、口を押さえて邪悪に笑みを浮かべた。


(私と同じ羽なら……)


「わぁああ。ふわふわだぁ」

「ふふっ」

「あれ……」


 ミーシャはウリエルの羽をうっとりと触り、そんなミーシャの姿にウリエルも嬉しそうに笑みを浮かべている。


(なぜ悶え死なない……ん?)


 ウリエルが無表情で見ていることに疑問が募る。


(なんだ?)

「師匠を一度では飽き足りず、二度も殺そうとするとはな」

「……なっ何の話だ」

「天使の翼は感覚が鋭敏。そのため感覚を遮断できなければ何処かの馬鹿みたいに悶え転がることになる」

「は?」

(まさか……心を)

「読めるさ……それが私の天使としての力だからな」

(気持ち悪い力を使いやがって……この糞天使……ぁ)

「昔修行をつけた時、私のことを鬼だの悪魔だの散々思っていたことは知っていたが、正体をばらすわけにはいかなかったから我慢してきた。もう我慢する必要がないことは分かるよな糞弟子――っ」


 ウリエルの体が少しだけビクッと跳ねる。

 その後ろではミーシャが幸せそうに大量の翼を頬ずりしている。


「この娘……まったく遠慮なしだな」

「へ? ごっごめんなさい。つい……」


 ミーシャは慌てて翼を離した。


「私が許可したことだ。構わない」

「あの……」

「なにかな?」

「どうしてちりちりになっている羽があるんですか?」


 12枚ある羽は神々しさを感じるが、数枚が焼けてちりちりになっている。


「これか。悲しいことにここに転移したと同時にどこぞの馬鹿弟子に自慢げに焼き殺されかけてな」

「アリエル様なんてことをしているんですか!! 師匠なんですよね!?」

「面倒くさいな……師匠さっさと説明してくれ」

「まずはそうだな。お前はこの世界の魔王についてどこまで知っている?」

「書物は読み込んだから概ね知ってる。私の倒した魔王とは比較にならない残忍さだ」


 かつて魔王は害をなす存在として人々に災いを招き、魔族を従え人間の生活を脅かす。人間の国を幾つも滅ぼし、時には人間に呪いをかけその姿にあざ笑う。

 前の世界の魔王と実際に対峙したアリエルはその違いに驚いた。


 魔王は人間の国を滅ぼし世界を手に入れようとはしていた。たしかに人間に多大な死者は出たが、魔王自身が無差別に人を殺すように指示を出している風には感じなかった。人間を襲うのは魔王の軍ではなく。それ以外の徒党を組んでいる魔族だ。


 元々魔族はそんなに凶暴な種族ではない。ただ人と異なる姿。それだけで人からは恐れられているだけ。やっていることは人と同じ、喜怒哀楽があり、人よりも調和を尊重してさえいる。それでも野蛮な連中はいる。人間の村を襲っているのは盗賊の類だ


 だがこの世界の魔王は違う。書物には単身で国を滅ぼし、その国の人間を皆殺しにしたとか、人間に呪いをかけて自らの配下にしたのは、アルト達のように時がたとうとも禍根をのこしている。

そしてこの世界の魔王は神龍たちによって滅ぼされた。


「その歴史は真実であり真実ではない」

「どういうことだ」

「千年前の大戦は神龍が人間の願いを聞き入れた末に発生した。魔族を滅ぼしてくれと言う願い。神龍達は魔族を殲滅していき、我を忘れ人間も襲い始めた。神龍の中には世界間の転移もできる固体もいたため、天界も動かざるおえなくなった」

「天界が?」

「虐殺をやめるように神龍達に呼びかけたが、人間の憎しみに当てられたのか、まったく聞く耳を持たなかった。仕方なく七大天使が直々に魔族に味方した」

「天界が魔族に? それが師匠か……」

「そう。私が魔族をまとめる形で魔王を名乗った。そして魔族を殺すことに反対して神龍に眷属契約を解かれたニブルヘルクと会った」

「そういうことか」


 そこからは容易に想像ができた。そのまま仲間になった黒龍と共に戦い、神龍を倒していったのだろう。


「獣人はどういうことだ」

「彼らは魔族と親交があった人間たちだ。我々に賛同して共に戦ってくれた。だが人間は非力だ。そこでガブリエルの力で戦う力を授けた。耳と尾はその副作用だ」

「自らの意思で獣人になったのか……」

「そうだ」


 獣人の真実にアリエルは言葉を無くした。

 だが一番の問題はそこではない。


「最後は……どうなったんだ」

「神龍はこの世界の創造神。私達は奴の力を侮っていた……。奴だけは……奴だけ他の神龍と力の桁が違った。私と共に下界にきていた3名の大熾天使アークセラフィムは殺され、その犠牲を以ってしても奴を封印することしかできなかった……私も力を使い果たし、共に戦った者を守るため、傍観していた神龍の眷属にそのことを悟られぬようにそのまま天界に戻った」

「経緯は分かった……それならなぜこんな歴史が広まっている!!」


 唐突にアリエルは声を荒らげる。


「仕方がなかった……天界は人々の信仰心によって保たれている。それが魔族と共闘して人々の願いを聞き入れた神龍と戦うなど……」


 ウリエルに歩み寄ると胸倉を掴み睨みあげる。


「記憶を改ざんしたのか!? 世界のために戦った獣人たちはどうなる!? あいつらがどんな状況なのか知っているのか!!」

「悪いとは思っている……」


 世界の英雄の一族の末裔が、悪しき魔王に従い虐殺を繰り返したという偽りの歴史によって、どんな仕打ちを受けているのか自分の目で見たアリエルには我慢できるわけがない。


「それだけか!! 子孫のあいつらに同じ説明をして、今の台詞を言えるなら言ってみろ!!」

「アリエル様……」

「やめなさい!」


 ティアナは胸倉を掴まれ何も言わずにうつむくウリエルからアリエルを引き剥がしにかかるが。アリエルはウリエルを突き飛ばし、しりもちを付き転んだウリエルを冷たく見下ろす。ウリエルの表情は変わらず曇り、唇を強くかみ締めた後に言葉を搾り出す。


「全てを指揮していたのは私だ。全てを話した後であれば……私は死を受け入れよう。お前にならいい……」

「……そんな顔をした奴をやれるか」


 しばらく静寂が続き、意を決したようにウリエルは再び語り出した。


「だが……我々も苦渋を飲んだ決断だったがまだ終わっていなかった……」

「どういうことだ!」

「百年ほど前から神龍の封印が急速にほころび始めた。我々の封印の術式を解呪され始めている。そのことを察してか今まで潜んでいた神龍の眷属たちが活発に動き始め、魔獣達を襲い、力を貯めつつある」

「我の眷属もかなりの数が既に食われておる……我も共に戦った同志と神龍の眷属からこちら側の魔獣を守ろうとしているが、接近する前に逃げられてしまっている」


 アリエルはハッとする。

 海龍に巨蛇、通常であれば街の近くに現れるはずのない魔獣。その出現は神龍の眷属に追われ逃げてきた結果であるのは間違いない。


「天界も同じ過ちを踏まぬよう戦力の拡大を図っている。七大天使を十二熾天に改め、生き残った4名の大熾天使アークセラフィムで神託によって選ばれ力を授けられた子を導き、新たな大熾天使アークセラフィムとして迎える」

「ちょっと待て……それって」

「そう、お前達だ」

「私が天使だと……しかも大熾天使アークセラフィムだ?」


 あまりの衝撃にアリエルはふらつき膝を折る。


「でもティアはどうなんだ? ティアは加護のせいで魔法を使えないし、羽だって出せないだろ」

「ティアナはガブリエルの力を受け継いでいる。まだ大半の力は眠ったままだが、魔法を打ち消したり、その獣人の姿は間違いなくガブリエルの力。私から話すことは以上だ」


 2人揃って天使になれと唐突な告白に呆然とする。

 しかも拒否権を挟む余地など一切ない。拒否したところでどうすることもできそうにない。


「待て、さっき言っていた後継者ってなんなんだ」

「ああ。それか。今回は人間と魔族の記憶を改ざんする気はない。そのためにもお前が両種族をまとめろ。身分もちょうどいいし。なりたいんだろう? 魔王に」


 記憶を改ざんする気がないのであれば方法は一つ、人々の信仰心がそがれない形で天界が干渉できるようにする必要がある。魔獣や魔族と共に戦っても問題がないようにするには人間と魔族の隔たりをなくす必要がある。


「あ……ふっははっははは、そういうことか。拒否してやろうかとも思ったが、いいだろう。なってやるよ魔王に」

「そうか魔王になるために転生するほどであればやってくれると思っていたぞ」


 ウリエルは手を上げると指を鳴らした。

 周りの景色に色が戻り時が動き始めた。


「さてと、話は終わったな。質問はあるか」

「ないな。さっさと魔王になりにいくとしよう」

「そうかそうか。その前にお前はやることがあるだろ」


 突然アリエルの足元に魔法陣が出現するとアリエルの体を光の輪がぐるぐる巻きにして宙に固定し、光の触手が翼をくすぐり始めた。


「あっははははっ師匠っ何のつもりだっあははは」

「私を殺そうとしたのと糞天使と呼んだお仕置きも兼ねた修行だ」

「ふっ……修行だぁ?ははっは」

「感覚を制御できるようになれ。できるようになるまで毎日魔法をかけてやる。どこへ逃げても無駄というのは分かっているな? ではまたな。魔法は30分ほどできえるから頑張るんだな」


 そういい残すとウリエルの姿は光の線になり消えていった。






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