第26話 想定外の来訪者

「なにこれ、何があったの?」

「ティア、お前動けるのか?」


 色が失われた空を見上げ固まっているとティアナが声を上げた。ユリアとミーシャは時間が止まってしまったかのように動かない。黒龍もティアの横で宙に浮いて固まっている。


「――っ、まさか」

「これって……あの時と同じ」

「お前も気がついたか。間違いない……断絶結界だ」


 断絶結界、世界の理を改変し領域内を一時的に世界から切り離す魔法。そして術者が許可する者だけに時が与えられる。

 今までに一度だけ、この書物内でのみ存在を記されている魔法を見たことがあった。

 それは前の世界で龍王との戦いで敗れそうになった時、現れた天界の使者を名乗る天使が行使していた。


「天使が来るの? 丁度いいわね。あんたの羽のこと聞いてみたら?」

「何をのんきなことを言ってる! 間違いなく標的は私達だぞ」

「なっなんでそんなに焦っているのよ……標的って……」


いきなり怒鳴られティアナは呆気に取られた。アリエルの顔は強張り剣の柄を握り、まわりを警戒している。


「目的は何かは知らんが、一番可能性があるのは私達を消すことだ」

「どうしてそうなるのよ」

「黒龍に私達が転生者ということを明かしたことを忘れたのか。その途端これだ。もしかすると天界はそれが気に入らないのかもしれない。いや転生自体もどう思われているか分からん」


 ティアナは息を飲んだ。魔王との戦いの前ですらも平然としていたアリエルが冷や汗を流し、周りに必死に目を配っているからだ。


「魔王を倒し、必要ではなくなったから消しに来たと言うところか。師匠の言っていた通りの連中だな……」


 地面に大きな魔法陣が現れ中心に光が伸びる。アリエルはそれを確認すると真剣な眼差しで剣と杖を抜くと翼を出した。

 それに呼応するようにティアナも剣を抜く。


「ティア、相手が現れた瞬間仕留めるぞ。しくじれば時を止められ、気がついたときには攻撃は目の前だ。私達を止めなかったおごりを後悔させてやれ」

「でも……本気を出したら……2人が……」


 止まったままでいるユリアとミーシャは祭壇の方にいる距離があるとはいえ戦闘の余波で遺跡が崩れる可能性がある。


「心配するな。師匠の話じゃ断絶結界は、目に映るものでも実際にそこにあるわけじゃないらしい。世界は断絶されお互いに干渉できないらしいから攻撃が当たっても傷を負う事はないし、遺跡が壊れる心配もない」

「分かった……」


 ティアナは剣を前に構え目を閉じる。

 として左手を剣の刀身に添えて唱える


 ――万象を灰燼に還し 紅蓮の使者よ 我を業火の化身と化せ


 剣が炎を纏い、ティアナの金色の髪は紅蓮に染まった。そして獣人のような耳が現れた。


「やはり火獣の加護をまだ持っていたか。その姿、無事戻れたらアルト達に見せてやるんだな。きっと喜ぶ」

「はぁ? ならあんたはミーシャに満足するまで触らせてあげれば」

「気が向いたらな……さてやるぞ。いつかこんなこともあるかと思って考えていた魔法だが、ぶっつけ本番か……」


 アリエルは炎を纏うティアナの剣に手をかざす。


「アストラル・エクスプロージョン、カースジャッジメント、グラビティーフォース」


 剣の炎の大きさがが爆発的に上昇し、漆黒に染まりあがると、剣に吸い寄せられるように剣の周りを薄く縁取る。


「なにこれ」

「剣の刀身には触れるなよ。漆黒の炎が接触箇所の如何なる物も燃やす。……予定だ」

「予定って……」

「仕方がないだろ、一回も試してないんだから! ――っ」


 魔法陣から立ち上る光が急激に強くなった。

 その中には人影が現れた。


「行け!」

「ええ」

「ウィンドゥボム」


 ティアナが踏み込み地面を蹴った瞬間足元で空気が炸裂し、風がその体に更なる勢いをつけた。光の柱まで一直線に向かい剣を振り抜くと、柱が砕け散った。

 だが現れた人影は眩い光に覆われ、その周囲を淡い光が障壁を形成し、ティアナの剣を止めていた。


「あの影……まさか……」


 光の影には翼がついている。天使の翼は2枚から12枚まであるとされている。その中でも大天使。七大天使と称される存在は片側6枚の計12枚の翼を持つ。前に会った天使は2枚の翼。その天使でさえもまともに戦えば勝てる気がしなかった。

 光の影の翼の数は12枚。


「ティア!! そのまま押し切れ!! そいつは大天使だ」

「なっ、噓でしょ」


 ティアナは剣を退きその場に着地すると体をくるりと回し足を蹴り出す。

 光の膜は魔力の固まり、ティアナの魔法を消す加護と火獣化の加護の力を合わせれば打ち破れる。そのはずだった。

 蹴りを受けた障壁は微動だにしない。

 その直後、球体状の光の真上から大きな光がぶつかる。アリエルも勢いをつけ突撃するが少しだけ光が揺らぐだけで膜が破れる気配はない。


「準備していたのは新たな付加術法エンチャントだけではないぞ」


 ――終焉の訪れ 混沌に至らん 虚無の極光をもって 闇に沈めよ


「ティア離れろ! エンシェント・ダークネスフレイション」


 ティアが後ろに飛び、アリエルも上方へと退避するとそれを追う様に漆黒の魔法陣が、光の球体の四方を囲む。そして何重にも現れると、黒炎を纏った漆黒の槍がおびただしい数が魔法陣から放たれ球体に突き刺さっていく。


「さて仕上げた。トゥインクル・コールドプロテクション」


 球体とその周りの魔法陣を覆うように 水色の障壁が何重にも張られる。

 そしてその障壁は全てが1つにまとまる。


 中にある漆黒の魔法陣から槍が止まるとすべての魔法陣が雷撃纏う。そして魔法陣同士が雷撃によってつながり湾曲した一つの魔法陣へと変化した。


「くたばれ」


 アリエルが笑みを浮かべ手を握り締めると一番外側の水色の障壁が一気に縮小し黒の魔法陣を潰し、雷撃が突き刺ささっている槍に触れた瞬間。球体は黒く染まりあがり、空気が震えるほどの衝撃波が生まれた。

 生じた衝撃波によって宙に浮いていたアリエルは飛ばされそうになるが持ちこたえると、ティアナの元へ下りる。


「ふっははは。成功だ。私の最高傑作。いや人類の最高傑作といってもいい魔法だ。闇・光・風・火・雷・氷の6属性。それに加えて神聖魔法まで合わせた技だぞ。これで生きているなら化物だ」

「……確かにこりゃぁたいしたもんだ」

「――っ」


 今尚、爆炎が渦巻く障壁の中から声が聞こえると光の輪が2人の体を締め上げた。

 その場に倒れこむと同時に爆炎が拡散して消えた。


「なにこれ、消せない……」

「――ちっ、ダメか」


 ティアナでも消すことができない魔法となると間違いなく高位の神聖魔法。天使が行使する魔法だ。

 倒れこむ2人に光から出てきた人物が歩み寄ってくる。

 2人は体を捻り、その人物を見上げるが2人揃って目を見開き、近寄ってくる人物に対して驚きを露にする。


「し……師匠?」

「フィルラさん……」


 二人が見上げる先には長髪でウェーブのかかった金髪で顔立ちが異様なまでに整った女性が立っていた。そして背中には所々焼け焦げた12枚の羽。


「数十年ぶりかエルグラン、いや今はアリエルと言うんだったか。それにティアナは同じ名前とはね。運がいいもんだ」


 優しげに笑みを浮かべる女性だったが唐突にアリエルの胸倉を掴み持ち上げる。


「それにしても悲しいね。久しぶりの再会に思いを膨らませていたのに、弟子と自分の娘のように可愛がっていた子に、いきなり殺されそうになるとは思わなかったぞ」

「そんなことよりもなぜ師匠がここにいる。その羽はなんだ!」

「そんなことねぇ。 出会い頭に師匠を最高傑作の魔法だ、と言って自慢げにぶっ殺そうとすることの方が問題だと思うんだが。私の言っていることはおかしいか?」


 女性は笑みを浮かべたままだが、表情とは裏腹に怒りが垣間見える。


「ほら、なんとか言ってみろ馬鹿弟子。並の天使ならさっきので消し炭になっているぞ。師匠を消し炭にしそこなった気分はどうだ?あぁ?」

「いや……それは師匠がこんな風に登場するからであって……」

「ほういい度胸だな。私をここまでこけにした奴は初めてだぞ。これは仕置きが必要なようだな」

「ひっ」


 2人のやり取りを見ていたティアナだが、女性の言葉で驚きが抜けない様子のまま口を開いた。


「やっぱり。フィルラさんは大天使なんですか?」

「その通りだ。……まずは説明が先か。順を追って話してやる」


 女性はアリエルの手を離すと2人を拘束していた光が弾けて消えた。


「師匠が大天使なのはわかった。目的は何だ! 私達を消しに来たのか?」

「なぜそうなる。そう急かすな」

「天界は私達の転生をよく思っていないとエルが……」

「なるほどな。全てこの馬鹿弟子のせいか。確かに天界はお前たちの転生は把握して問題にしているが、天界がそれに関係することでお前たちをどうこうすることはない」

「噓つけ! 師匠前に言っていただろ。世界の理を乱す魔法は使うなと。天界に消されるとも言っていた」


 アリエルは女性に剣を向ける。しかし一瞬で間をつめると女性の拳がアリエルの頭を地面にたたき付けた。


「師匠に剣を向けるな馬鹿弟子」

「……なら、あれは噓なのか?」

「噓ではないよ。天界は世界のバランスを監視し、人間が世界の理を乱そうとするならばそれを排除する。転生の呪術も例外ではないよ」

「その言い分だと消す対称に私達も該当するんじゃないか……――っいや待てよ」

「ほう。気がついたか。相変わらず嫌味なほど感がいいな」

「えっ、どういうこと?」


 ティアナは小言で自問自答しているアリエルと、女性を交互に見る。


「はははっ。ティアナは相変わらず素直で可愛いな。話しがいがあるぞ」

「からかわないでください! 真剣な話しをしているんです!」

「人間であれば……もしも転生を使ったのが人間でなければ天界の規則には違反しない」

「その通りだ。お前たちは純粋な人間ではないだからすぐに展開も動こうとはしなかった」

「人間じゃない……か……」

「えぇえええ!! どういうことですか!」

「はははっ。エルは気がついていたようだな」


 アリエルは自身の翼に眼をやる。

 なんとなくは想像できていたことだ。自分の体の一部のように感じて、空も自由に舞うことができる。こんな羽を持ち強力な神聖魔法を無詠唱で行使できる存在は天使しかいない。


「私は分かるが……ティアはどういうことだ! 獣人とかなのか?」

「いや、ティアナは獣人ではない。それにお前もまだ天使ではないぞ。お前は私の後継者、新たな大熾天使アークセラフィムとなる存在。ティアナは大熾天使アークセラフィムの一翼、ガブリエルの生まれ変わりだ」


 一切の間を開けずに質問を繰り返していたアリエルの口も止まり、アリエルとティアナの頭の中には疑問が生まれすぎたのか言葉をなくす。


大熾天使アークセラフィムってなんだ!? 後継者? 生まれ変わりだぁあ?」

「もう待て。順を追って話してやると言っただろう。そのための断絶結界だ」

「そのためか……」


 断絶結界は世界を切り離す魔法。外部の世界とは時間軸も異なる。こちらが数日間過ぎようとも外部の世界では数秒。


「その前に、この娘達は知り合いなのか?」

「ああ」


 女性は止まっているミーシャとユリアの側に行き顔を覗き込む。


「これは中々見所があるな。よし、この娘たちにも聞いてもらうか」

「いいのか!?」

「問題ない。この世界も巻き込む話だからな。それにだ……当事者もいることだしな」


 女性はミーシャとユリアから離れると壁際の黒龍を見た。


「当事者?」

「まぁいいか」


 女性は諦めたように指を鳴らした。その瞬間ミーシャとユリア、黒龍の色が元に戻り、動き始めた。


「え! なに?」


 ミーシャは祭壇に駆け上がると色が失われた周りの光景に目を奪われ、ユリアも同様に周りに目を配る。


「ティアナ様! そのお姿は……それに天使?」

「あ……」


 ティアナは慌てて耳を隠すが、紅蓮に染まった髪はどうしようもない。

 困惑するミーシャは祭壇の下にいる3人をかわるがわる見て、ユリアもミーシャの側による。

 事態を飲み込めない様子だが、2人の視線は新たに現れた天使で止まる。


「もしかして、大天使ウリエル様……?」

「天女像の天使様?」


 王都アプトラン。この街の天女の広場にある大噴水には天女、大天使ウリエルの像があった。ミーシャは目の前の天使と像を重ね合わせ呟いた。


 唖然としている2人を見ていたアリエルとティアナだったが、後ろから大きな声が響き渡った。


「ウリエル!! 生きていたのか!!」

「ニブルヘルク……久しぶりだな」


黒龍は近くまで近づくと小さな尻尾で女性の頬をたたく。


「なぜ……姿を見せなかった。お主は死んだものとばかり……」

「すまなかったな……お前を守るためにも会うわけにはいかなかった」


悲しげに言葉を交す2人を見てアリエルは質問を投げかける。


「知り合いだったのか?」

「……こやつは我の古い友。かつて魔王を名乗っていた者だ」


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