第29話 願いの真相

 ミーシャの家で昼食を取った後、アリエルは城へと戻るために大通りを歩いていた。

 父との再度の話し合いは夕方からだが、何かあっても大丈夫なように城に戻り旅支度を整えようとしていた。


 後ろからはティアナとユリアが続く。

 ウリエルは昼食を取る前に天界へと戻っていき、ミーシャとユリアの弟子入りの件は一度保留になった。ミーシャについては承諾をしたが、ユリアに関してはランファニアに弟子入りしたばかりということもあり、ウリエルへの弟子入りの件を断った。

 しかし、ウリエルはもっと考えてくれと言い残し去っていった。


 午後からのランファニアに修業をつけてもらうために城へと向かうユリアの表情はどこか浮かない。


「師匠の話しを断ったのは正解だぞ。師匠の修業は婆やみたいに優しくないからな」

「ランファニア様の修業が優しい……ですか?」


 ランファニアの修業のメニューは午前中は瞑想。午後は魔力が尽きるまで魔法の訓練。毎日毎日限界まで体力を削っている内容を思いアリエルの言葉に質問を返した。


「私は瞑想なんかやったことはないからな。ただ師匠が打ち込んでくる魔法を障壁で防ぐだけ。1日のメニューが終わるのは一撃食らわせるか、気を失うかだったからな」

「……でも最初は違ったんですよね?」

「……さて、どうだろうな。確実に言える事は婆やよりもクソ天使の修業の方が強くはなれる。あとは自分で判断するんだな」

「そうですか……」


 3人は大通りを歩き、城の正門が見えてくると門に寄りかかっていた人が3人を見るや駆け寄ってきた。


「シュリル」

「よかった。戻られましたか……お二方」

「どうしたんだ。まだ時間まで結構あるだろ」

「それが……少し色々ございまして。一緒に来ていただけますか?」

「は?」


 わざわざ城の外で待っていたことと、なにやら気まずそうな表情からは面倒くさい予感しかしない。


「私は失礼しますね……」


 それを察してかユリアは城の中に先に入っていこうとする。


「待って。ユリアも共に来て」

「私もですか!?」

「断る。私は行かんぞ。婆やは任せろと行ったんだ。一度言った事は貫けといっておけ!」

「ちょっ、お待ちください」


 アリエルはシュリルをどかして城の中へと進む。

 発狂した父親の説得など絶対にやりたくはない。ティアナも何も言わずにアリエルに続いて逃げるようにシュリルの横を通り過ぎる。


「……エルグラン・ノートルフェスト。ティアナ・フィービルベルト」


 シュリルが発した言葉に2人同時に歩みを止めて振り返った。


「え……」

「まさか……」

「一緒に来ていただけますね?」


 2人が頷くのを見るとシュリルは歩き出しその後をついていく。

 そして城の中の今朝話をしていた部屋まで来ると扉を開いた。


「――なっ、どういうことだ……これは」


 部屋の中には両親とウリエルが共に昼食を食べ終わり、談笑していた。

 部屋の入り口にはダニエルとランファニアが立っている。

 しかし先ほどと違う点がある。ウリエルの背中には羽があり、天使という身分を偽っていない。そしてシュリルが発した2人の前の世界の名。


「師っ」


 アリエルが声を上げようとしたが、それを遮るようにティアナがウリエルに掴みかかった。椅子から転げ落ちたウリエルに馬乗りになる。


「何てことをしてくれたんですか!!パパとママ。エルにも家族を……ようやく……ようやく手に入れられたのに、貴方は!!」

「ティアナ! 何をしているんですか!」


 セリーヌが慌てて立ち上がり机の向こう側を覗き込む。

 ティアナはその目線を涙を浮かべて悲しげに見ると、再びウリエルを睨む。

 ウリエルは優しげに微笑むとティアナを抱き寄せる。


「ティアナ安心しろ。お前が望んだことはそう簡単に壊れやしないさ」

「こんなこと……あるわけがない」

「そう思うか? お前達のことを話して第一声がまた戦わせるのかと怒られたよ。それと、世界を救った英雄が我が子で誇りだそうだ」

「え……」


 ティアナは立ち上がり後ずさりするとテーブルの反対側を見ようとした瞬間、後ろから抱きしめられた。


「パパ……?」

「ティアナ、お前たちが誰かの生まれ変わりでも私達の子であることに変わりはない。今まで気がついてやれず……すまなかった」


 ティアナはその場に崩れ落ち声を上げて泣き始めた。その後ろではフェルバートも涙を流しながら抱きしめ続けた。


 遠くからアリエルは目を潤ませながら見ているとセリーヌと笑みを交した。

 アリエルの横ではランファニアとダニエルがアリエルを横目で見下ろしていた。


「アリエル様はいいのかい?」

「な、なにがだ」

「いいんならいいけどね」

「私はティアみたいに子供じゃないからな」

「ははっ、子供じゃないねぇ。見た目も中身も子供に見えるけどね」


 その笑いに返答することなく、アリエルは嬉しそうにムッとする。


「ところでアリエル様の魔法は全盛期と比べるとどうなんだい?」

「全盛期? ……ああ。今の私の力は前の世界よりも上がってる。剣も学んでいるから昔の私では今の私を止められないだろうな。私の力に興味があるのか?」

「私も老いたとはいえ魔道士。自分が知らない魔道があるのなら知りたいと思ってね。今度は正式に魔法の手合わせをしてもらえないでしょうかね」

「やめておいたほうがいいぞ。さっきそこのクソ天使が私の究極魔法で死にかけたからな」

「誰のことかな?」

「は……あっ……」


 いつの間にかウリエルがアリエルの目の前に立っていた。

 見下ろされる視線に身震いして見上げる。


「何のことだろうか……」

「クソ天使呼ばわりだけではなく、本当に自慢げに師匠を殺しかけたことを語るとはな!」


 頭をぐりぐりと撫でられるアリエルの全身から汗が吹き出る。


「待て師匠。今はやめろ……」

「分かっている。今はな」


 それからしばらくティアナの気持ちが落ち着くまで待っていると落ち着いたのか、ティアナとフェルバートは離れた。


「で、師匠、母上と父上にはどこまで話したんだ。今どんな状況だ?」

「ひとまず全て話した。この5人であれば話しても問題はないと感じたからな。話は娘達は絶対に戦わせるな!と怒鳴られたところで止まっている」

「は?」


 アリエルは頭を抱える。

 父と母が転生者ということで拒否しなかったことは不幸中の幸い。ティアナの転生の際に望んだ願いを理解することができ、同時に絶対に守らなければいけないことだということを認識させられた。

 今のこの現状はアリエルにとってはうれしいが最善ではない。

 その感じているうれしさが今後のことを邪魔する。しかも話は最悪の状況で止まっている。


「んで、お前達が来るのを待つついでに食事を取っていたところだ」

「よく一緒に飯を食えたな!! ……ようするに、また私になんとかしろと?」

「さすがは理解は早いな。さすが私の弟子だ!」

「こんなことで褒めるな」


 アリエルは気まずそうに前に出る。

 そして口を開こうとするがフェルバートの言葉の方が早かった。


「戦うことは許さん」

「――っなぜ!?」

「旅に出るのは本意ではないが認めよう。だが、神龍と戦うことは絶対に許さん。お前達の責任ではないからだ。この世界のことはこの世界の者と天界の天使様で対処すればよい」

「そうですか……私はなんと言われようが戦いますよ。ティアの願いが家族であるのならば、私のこの世界に来た目的は魔王になることですから」

「魔王……本気か……」


 フェルバートの顔は曇る。今まであれば魔王になりたいといっても小さい子供が抱くひと時の夢と思うだろうが、アリエルの正体を知った今では冗談の類ではない。


「パパ……違う。エルの言う、魔王は、多分そういう魔王じゃない」

「何がだ」

「人間と魔族を一つにまとめる王様と言う意味よ」

「人間と魔族を、一つにだと! そんなことが可能なのか……」

「父上もクソっ……師匠から聞いたのでしょう? かつては天界、魔族、少数の獣人になった人間が手を取り合い戦ったことを」


 フェルバートは腕を組み考え込んだ。

 ウリエルから聞いたことを考えれば、実現は困難なことではあるが決して不可能なことではなかったからだ。


「お前の夢が魔王というのは分かった」

「本当ですか!?」

「だが、お前が戦うと言うのはまた別の問題だ」

「なぜですか!?」


 アリエルは威圧するように翼を出して広げる。

 その光景にフェルバートは目を見開き固まった。そこへテーブルを回り込みセリーヌがアリエルの前でしゃがみ込んだ。


「貴方たちは一度世界を救っている。それなのに転生してまで世界を救うことはないの。普通に暮らして、笑っていてくれればそれでいいの」


 セリーヌは悲しげにアリエルを抱きしめた。

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