第20話 騎士王

 王都アプトラン。王城の玉座の間には入り口から玉座まで続く絨毯。数段高くなっている玉座の下にはアルト達が膝をついている。その横には、アリエルとティアナが立つ。

 玉座には2人を見つめて、目から滝のように涙を流す男が座っている。

 2人の父親にしてこの国の王。フェルバート・フォルド・ペルセリカだ。

 腕の立つ者が真っ先に勝てない相手として口に出すのはこの王。生涯並ぶ者なしと謳われるほどの騎士の王。即位前には強大な魔獣をたった一人で倒すなど、様々な獅子奮迅の戦いは民の間では語りぐさだ。だが、その面影は玉座に座る男からは微塵も感じられない。

 そんな男の横ではピンクの髪をした女性、この国の王妃で2人の母が優しげに微笑んでいる。


「てぃゔぁなぁー、ゔぁりえるぅー、父のことがぁっ、嫌いになってしまぁっ、たのがぁー」


 顔を両手で覆い号泣する騎士王の姿に傭兵団の面々はぽかんと王を見上げる。


「傭兵の中から代表のみにしてよかったねぇ。こんな王の姿、民に見せられた物じゃないよ」


 玉座の真下に立つランファニアは呟く。

 王が娘のことを溺愛しているのは有名な話ではあるが、実際に目にするのと人づてに聞くことには大きな差があるだろう。事実、そのことを知っていたはずのアルト達も王の様子に固まっている。


「あなた。ほら二人の腰。あなたが誕生日に用意していた剣でしょ? 嫌いならつけないですよ」

「本当か……?」


 ゆっくりと顔を上げアリエルとティアナを見た王であったが、2人は面倒くさそうに目を逸らす。


「やはり嫌いではないかぁあああぁ~」


 再びうずくまる王を見るとランファニアは頭を掻くと玉座を向いた。


「陛下。私情はそのぐらいでお治めください。お二人には一度話し合う機会を貰う形で戻ってきていただきました。不本意ながらお二人が去ろうとすれば、我々にそれを止める力はございません。式典後、明日にでも話し合われてください」


 黒龍の襲撃を止め、一人も死者を出さずに済んだのは二人の力があってのものだ。黒龍を上回る力で剣を振るったティアナと、街ごと消滅させんばかりの魔法で黒龍を倒したアリエルが本気で逃げれば止めることなどほぼ不可能だ。

 それに加え、アリエルの肩の上には小さな黒い龍が乗っている。それは姿を変化させた黒龍だ。姉妹喧嘩で街の広場をぶっ壊した二人に加え、黒龍が暴れ出せばどうなるのかは考えるまでもない。


「今は目の前の公務を優先してください」

「そうだな……話し合いだ。話し合いは大切だな」


 落ち着きを取り戻した王は眼下に膝を付いているアルトを見る。


「でだ。ダニエル。その者達は?」

「この者達は傭兵で今回の戦いで我々と共に先頭に立ち、戦った傭兵団の者です」

「獣人か……」


 王のその言葉で場の空気は一気に張り詰めた。

 世間知らずのアリエルとティアナではあったが、それだけでもどういったことなのかは想像に難くない。


「そう身構えなくてもよい。私は獣人だからといってどうも思わん。王として民の間でそなた達へ向けられる感情をどうにもできないことには申し訳ないとすら思っている。ダニエル、この者達が先ほど言っていた者達か?」

「そうでございます」

「いいだろう。お前が言うのなら信じよう。お主達にペルセリカ王国の騎士の称号を授ける」

「は……」


 王が自分に向けて言ってくる言葉にアルトは思わず声が漏れた。

 同時に周りに控えている騎士達にも動揺が広がった。騎士の称号は基本的には貴族の者しか選ばれない。平民上がりもゼロではないが、商人といった上流階級の出の者がほとんどだ。傭兵が騎士になった例は今まで一度としてない。

 それに加え……


「陛下……僭越ながら、我々にはそのような称号はふさわしくないかと……我々は忌み嫌われる存在であります」

「たしかにお主の言うとおり、民の間には獣人への偏見がある。だがなシュリルからお主の願いは聞いている。獣人の地位の向上。それを成し遂げるには地位が必要ではないか?」

「なぜっ、そのことを……」


 アルトがそのことを話したのは最近では1人しかいない。もちろんシュリルは知らないはず。横を見上げると、アリエルが笑みを浮かべていた。


「……そういうことか」


 しかし周りの騎士達の動揺は小さくない。不服そうに呟く声が至る所から聞こえる。


「私の出番か」


 それを見るやアリエルは絨毯の真ん中を進み玉座の前で振り返ると剣を抜いた。

 桃色の髪がたなびき、空気が震える。肩に乗っていた黒龍は本来の姿に戻り、アリエルの背後で伏せる。


「私もこの者達に騎士の称号を贈ることに賛成しよう。異議のある者は歩でよ。正当な理由がない場合は容赦はしない」


 ひとしきり威圧すると、アリエルは剣を戻し、黒龍は肩へと戻った。

 騎士達の方をひと睨みすると端の方に戻っていく。


「まったく……脅してどうするのよ」

「別に脅してないぞ、意見があればコソコソせずに話せって言っただけだ」

「あたしにはそんな風には聞こえなかったけど……」

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