第19話 黒龍との賭け
漆黒の空と月の明かりが雲によって遮られた暗い海に続々と避難船が出港していく。
だが湾内を魔獣の咆哮が空気を震わせ海面を揺らす。避難船に乗っていた人々の視線の先には黒龍の姿が映り、徐々に近づいてくるその姿に恐怖し船上はパニックだ。
そんな中、接近中の黒龍の口元が光った。漆黒の光が閃光となり船に向かっていく。
船に直撃する刹那、上空からの黒と金色の眩い巨大な光が降り注ぎ黒龍の閃光を打ち消していった。
「なんとか間に合ったか」
上空ではアリエルが下方に剣を構えて静止していた。
黒龍は船の方から視線をはずしてアリエルを見据えた。
「貴様……何者だ。その姿、天界の者か」
「ほっ? お前話せるのか、それはありがたい。私は人間だ。この姿は魔法によるもの、お前は何のために人の領域を汚す?」
上位の魔獣は人の言葉を話す魔獣もいる。知能が高く強大な力を持っている証でもある。十分に交渉することは可能だが。
「我の邪魔をするな。我は眷属の無念を晴らしに来たにすぎない」
「仇ってことか? あ……ちなみに眷属はどんな魔獣だ?」
「巨蛇の姿をしたやつだ」
「あ……それは間接的に私だな……」
せめて海龍の方ならばよかったのにとアリエルは呟くが、それを聞いて黒龍は目を吊り上げた。
「リバイアサンの奴の気配も感じられないが……」
「それをやったのはティアだな。私ではない」
腕を組み頷くアリエルであったが、黒龍から先程より巨大な閃光が放たれる。ひらりと身を回りして回避する。
「感謝するぞ。人の娘よ。我とて無用な殺生は控えたいと思っていた。こんなにこけにされるのは魔王の奴以来だ」
「魔王……――っ」
呟くと同時に背後から閃光が無数の光が降り注ぐ。
先ほどの閃光が拡散して戻ってきたのだろう。しかし、4枚の翼で身を覆い攻撃を弾いていく。
攻撃が止むと翼を広げるが目の前には黒龍が迫り、魔力の光を纏った爪が向かって来ていた。
紙一重で回避すると上昇して距離を取った。
「早いな。おい黒龍。一つ賭けをしないか」
「賭けだと」
「ああ。一対一で戦い、私は命を懸ける。私が敗れた場合、煮るなり食うなり好きにしろ。もしもお前が負ければ私の眷属になれ」
「……ふはははっ、人の身で我と決闘を望むか。よかろう。一対一とは言わん。人間に我が負けるようであれば主の眷属にでもなんにでもなってやる」
「約束は守れよ」
笑みを浮かべるとアリエルの翼が輝きを増す。両者は空中でぶつかり合い。無数の光が空を照らす。魔力のぶつかり合いで空を覆っていた雲は退き、月明かりの下で黒い影と小さな金色の光が空に舞う。
「本当に人間か……」
闇に覆われた空を照らし出すほど魔法がぶつかり合う中、黒龍は言葉を漏らす。
声色からは怒りが消え驚きを露にしている。
「しぶとい……たかだか飛龍種のくせに。幻獣種並みの力だぞトカゲ野郎」
「貴様! 本当は何者だ!」
「人間だと言っているだろ!」
「人間が詠唱もなしにそれほどの魔法を連発して、我に近い力をもつなど信じられるか!」
「そんなに詠唱して欲しいならしてやろうか」
――日輪の輝き 我の敵を聖なる光を以って 焼き払え
黒龍は詠唱を始めたことに慌てて距離を詰めるがその前に詠唱を終え両手を前に差し出した。
「ホーリーノヴァ」
白銀の巨大な光が黒龍の巨体を押し退けていく。
そしてそのまま騎士達が飛龍の群れと戦っている前へと落ちた。
アリエルは急いでその場の上空へと移動すると、飛龍の群れの半分近くは爆発に巻き込まれ姿はない。
「ちっ、思ったより離れてないな。ティア! 吹っ飛ばせ!」
「了解」
ティアナは剣を抜くと剣が輝き始める。
「うん、大丈夫そうね」
剣を確認すると更に輝きを増し、足を曲げ剣を後ろに体制を低く構えた。土煙を上げ地面がくぼむと同時に一筋の矢の如く起き上がる黒龍に向かっていく。
「はぁああ!」
光り輝く剣が黒龍に向けて振られ、黒龍は爪でそれを受け止める。
「――っ、なんだ……この力は」
「はぁっ!」
ティアナは両手で剣を握りなおすとそのまま振り抜いた。風圧で残っていた飛龍は吹き飛ばされ、騎士達はこらえるように膝をつく。一方の黒龍は地面を転がり森の中を突き進んでいく。
「上出来だ。この距離ならいける」
アリエルは吹っ飛ばされた黒龍の元に急ぎ向かいながら詠唱を始めた。
――終焉の時が訪れし時 闇に覆われし理を 聖典の輝きを以って 星々の憂いを示せ 我に仇名す魔を払え
「ルインフォール」
空から光の柱が黒龍目掛け降り注いだ。光の直径は黒龍の巨体が小さく思えるほどに巨大な物だ。魔法の衝撃はかなり離れている騎士達のもとにも地面を揺らし感じ取れるほど。しばらく周囲を昼間のように照らしたその光の柱はアリエルが指を鳴らすと砕けて消えた。
着弾地点の草木は消え、中央に魔力の光が消えた黒い影が横たわっている。
その影の前にアリエルは着地した。
「おーい。死んでないだろ? 一応加減したぞ?」
ぺしぺしと黒龍の背中を叩くが反応がない。
そこへ後ろから光が近づいてくる。目を凝らしてその光を見ると剣を携えてすごい勢いで向かってくるティアナだ。
「ティア待て!」
明らかにまだ戦闘中の意気込みで突っ込んでくるティアナの前にでて静止するが、アリエルの横を通り過ぎようとする。飛び上がろうとしたティアナを止めようと足にしがみ付く。両足を掴まれたティアナは黒龍の硬い鱗に覆われた背中に顔面を強打した。
「――っ……何するのよ!!」
「だから待て。もう終わった」
「まだ生きてるじゃない! ちゃんと殺さないとダメじゃない!」
「お前な~その言葉、勇者のものとは思えないぞ……」
今のティアナの顔面の一撃で目を覚ましたのか黒龍はゆっくりと体を起こして、2人を見下ろす。
それを見るやティアナは剣を振りかぶる。
「待て待て!こいつと賭けをしていたんだ」
「賭け?」
「ああ。私が勝ったら眷属、使い魔になってくれってな」
「……負けたら?」
「……勝ったんだからいいだろ」
「騒がしい奴らだ、貴様らは本当に人間か……」
「私達は一応人間だぞ。2度目の人生だがな」
「ほう。転生者か」
「――っ」
2度目の人生と言う単語だけでは色々な捉え方がある。それをいきなり言い当てられるということに2人は驚く。
「なぜそう思った……」
「お前ら以外にも転生者には会ったことがある」
「なんだと……どんな奴だ! 今どこにいる」
「もうそやつはこの世にいない。我の友の者たち。魔族の王の側近であった者だ」
「魔王の側近が転生者だと……おい、もっと魔王について教えろ!!」
「自分勝手なところは魔王のやつにそっくりだな。成り行きだったが面白い。お前の使い魔になってやろう」
足元に魔法陣が現れ回り始める。
「お主の魔力をこの魔法陣の上に重ねろ。それでお互い名乗れば眷属契約は成立だ。知りたいことがあればいくらでも後から話してやる」
「ああ」
黒の魔法陣の上に白銀の魔法陣が現れると回り始め、黒と白の光が地面から舞い上がる。
「この魔力 ……そういうことか」
「なんだ?」
「これも運命ということか……我は闇の神龍ニーズヘッグから生まれし眷属・ニブルヘルクだ」
「お前、神龍の眷属だったのか……なるほどな、やけに強いと思ったらそういうことか。いや、待て……魔王が友って……」
かつて魔王は神龍に滅ぼされ、その神龍もほとんどが魔王によって倒された。闇の神龍ニーズヘッグも魔王によって倒された神龍の一体。
「我は友のため、主に牙を向いた罪の眷属」
「なぜそれを私に話す」
「主となる以前に、お前には話しておかなくてはならないと思ったからだ」
「どういうことだ?」
「理由は言えない。それで眷属契約をやめるのなら我は去ろう。今後一切人間に危害を加えないと誓う。信じられないのであれば葬ってくれて構わない」
敵対的であった黒龍がアリエルが魔力を魔法陣に乗せた直後から動揺している。
「話したくないならそれでいい。私はアリエル・フォンティナ・ペルセリカだ。魔王になるためにお前の力を貸せ」
「魔王だと……ふっはははは。いいだろ! これが我の望んでいたことかも知れぬな」
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