第18話 幼馴染の気持ち
「双方、剣を引け!」
「騎士団長様、どういうことでしょうか。このお馬鹿な王女二人を連れ戻すのが命のはずです」
シュリルが問いかけるが、その理由は聞かなくてもすぐに分かった。
壁には巨大な穴が開き、結界は消滅していた。そして今まで聞こえなかった外の音が聞こえてくる。鐘の音が響いている。
この街の緊急事態を知らせる警報に使われるもの。
「非常事態だ。近くの砦が黒龍に襲われた。この街に向かっていると知らせを受けている。シュリルは避難誘導の指揮を執れ」
「なっ……かしこまりました」
「すぐにこの街は戦場になります。王女殿下方は王都にお戻りください」
「断る」
「そうね」
一瞬の間も開けずに即答してくる2人にダニエルはため息を漏らした。
そして持っていた細剣と長剣を二人に差し出した。
両方とも剣の柄には魔石が埋め込まれ、刀身は薄っすらと淡い青味を帯びている。
「そう言われると思い、陛下に頼んで魔剣を二振り用意していただきました」
「さすが騎士団長だな。気が効く」
「これ、パパから?」
「はい。来月のお二人のお誕生日にお渡しするつもりだったらしいですよ」
もぎ取るように図々しく受け取るアリエルとは異なり、ティアナは目を潤ませ受け取った剣を見つめて抱きしめた。
「ティアやれるか? 龍王ほどではないが黒龍もおそらく強敵だぞ」
「これなら問題ないわ」
2人は剣を受け取った鞘に納めると腰にかけた。
「おい、どういうことだ……王女だと?」
「あ……まぁーなんだ、私達王女なんだ」
呆気に取られてアルトは目の前のダニエルを見るが、明らかに普通の騎士とは異なる服装。団員共々ダニエルと2人の顔を交互に見る。
「は……? ふっ、ははっは。冗談だろ」
「今は時間がないからな。あとで話してやる。お前らは避難しろ」
「ふっ、王女様が避難しな。魔獣退治は傭兵の仕事だ」
「そうか。止めはしないが、前の二体の魔獣とは飛龍種は次元が違う。間違いなく死ぬぞ?」
アリエルの心配そうな忠告に傭兵団の面々は笑みを浮かべる。
「そういうことであればこちらの傭兵団にも協力していただきましょう。ですがお二人はあくまで後方待機です」
ダニエルが言い聞かせるようにありえるとティアナに話しかけるが、アリエルは部屋の外に落ちている杖を拾いにいき、ティアナはストレッチを始めている。
その様子に更に深くため息をついた。
屋敷の外では夜も更けて平時であれば寝静まっている街が慌しく人の波ができていた。魔獣が向かってきている反対方向の外門に向けて人が大通りを進んでいる。
魔獣が襲撃した際の避難所は街には十分の数が用意されているが、それは力の弱い魔獣を対象としたマニュアル。
今回接近中の魔獣はそこいらの魔獣とは異なる。
幸いにも警備に戦力を置いている王都はこの街から近い。歩いたとしても朝までにはたどり着ける。時間的にはそれよりも前に襲来するであろうがどのような被害があるか分からない為、少しでも街から離れるのが安全だ。
それに街の兵士と王都から来た騎士や兵士が避難を補助しているため迅速に非難できる。陸と海路から続々と避難している。
屋敷から南の外門の外の開けた場所には騎士達が陣地を構築している。
その中にはアルト達以外の傭兵の姿も多数見受けられる。その最後方にはアリエルたちの姿がある。
が、シュリルを真ん中に挟み、アリエルとティアナは腕を掴まれている。
「シュリル。お前避難の指揮はいいのか」
「大丈夫です。領主が代わりに指揮を執ってくださっているので」
「そうか……離してくれないか?」
「突っ込んでいかないのならいいですよ?」
「分かった」
「噓ですね」
「……おい、どういう魔獣が向かってきているのかわかっているのか! 私達がやらないと被害は甚大なものになるぞ」
暗闇の空の彼方に目を向けるアリエルの表情は曇る。
黒龍は太古の昔から魔獣の頂点を統べる、飛龍種の頂点に連なる魔獣。襲撃された砦からの一報と連絡がすぐにつかなくなったことを考えればその存在である可能性が高い。
「分かっています。魔道士ならばこの魔力を感じます」
「ならっ」
不満げに呟こうとした瞬間、顔を掴まれると目の前にシュリルの真剣な顔があった。
「お二人に何かあればこの国はどうなると思っているんですか! この数日も強力な魔獣を相手にされていたみたいですが、これは遊びではないんですよ!」
「だが……ここにいる奴で確実に仕留められるのは私とティアだ……さっきの攻防で私の実力は分かっただろ。あれでも本気は出していない」
「そんなことは分かっています! ……それでも……お願いですから、じっとしていて下さい」
悲しげにシュリルは目を細める。
感情を察してアリエルの表情も少しだけ緩む。
「シュリル。そのぐらいにしておけ」
横からダニエルがシュリルの肩に手を置いた。
「お前にも陛下の過保護が移ったみたいだな。幼い時から一緒にいたことを考えれば分からなくはないが、ここは戦場だ。王族には民を守る責任がある。それ以上は失礼だ」
「ですが……」
「何かあれば全て私の責任だ。その時は私を恨め」
覚悟の篭った目でシュリルを見つめるが、アリエルはダニエルの手をシュリルの肩から持ち上げた。
「安心しろ。黒龍なんか小物に殺されることはない。魔王と比べれば幾分か劣る」
「そうね。なんなら私だけでもいけそうだけどね」
「お二人も強がりはほどほどに、心配する者がいる事をお忘れなく……――っどうやら来たようですね」
全員が空を見上げる。
漆黒の向こう側から更に暗い影が姿を現す。
黒い光りを纏い、巨大な影の周りには小さな飛龍が守るように飛んでいる。
飛龍は高度を下げこちらに向かってくる。
「砲撃準備――なっ」
飛龍の群れはこちらに向かってくるが、黒龍は方向を変えて海上へと向かっていく。
海上にはまだ出航したばかりの避難船が複数いる。
「――っ、まずい。私がいく」
全員が静止する前にアリエルは翼を出し、飛び上がると黒龍の後を追っていった。
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