第17話 気まぐれ救出

 アリエルはアルトに抱えられ街の一角にある大きなお屋敷にきていた。騎士からの手紙に書いてあったこの街の領主のお屋敷。キョロキョロと周りを見渡しながら廊下を出迎えられた屋敷のメイドの後について進む。そんなアリエルにも視線が集っていた。


 アルト達はアリエルとティアナが何か犯罪をしでかして騎士に追われていると誤解しているようだ。傭兵団の人数を二つに分け片方は逃走時に備えて屋敷の外で身を潜めている。


「こちらです」


 一際大きな扉が開かれると煌びやかな装飾が壁や柱に施された大広間が広がっていた。

 一番奥にはソファーが置かれ、縛り上げられたティアナが、布をかまされこちらを見て何やらうめいている。

 その両脇には先程酒場に来ていた騎士が立ち、その前には十数人の騎士がその左右に立つ。


「姉さん!!」

「本当だったか……」


 一応来る途中宿屋の部屋も確認した。

 この世界ではまだ肉体的に全盛期には及ばないとしても、国内有数の実力者である近衛騎士団の騎士団長と渡り合うほどの剣の腕を持ち、魔力を一切使わない戦いにおいてでも、その強さは先日戦った時に再認識している。


「あっ、そういえば剣砕けたんだったか……」

「アリエル様、わざわざご足労頂き申し訳ありません。手荒なことはしたくはございませんので、我々と共に城へとお戻りください」

「様? 城?」

「断る! 貴様らこそこんなことしてただで済むと思っているのか!」

「問題ございません。陛下もお許しのことでありますので」

「おい、何の話をしている」

「色々と事情があってだな……」

「全て終わったら説明してもらうぞ」

「分かった。そんなことよりも、だ……」


 口ぶりからは王の命令で動いている訳ではなさそうだ。意気消沈しているとはいえ部屋内にいる面子でティアナを捕らえられるとは思えない。


「誰が指揮を取っている?」

「私ですが……」

「嘘をつけ」


 騎士の言葉にティアナは首を横に振っている。


「よし……逃げるぞ。ティアなら大丈夫そうだ」

「姉を助けたくないのか!」

「いや、別に……」

「……もういい。俺らでやる。お前は見ていればいい」

「よせ!」


 アルトを皮切りに傭兵団は部屋の中へ突入していくが、入っていく瞬間、部屋の入り口の空間に何もないはずが波紋が広がった。

 部屋の中では騎士と傭兵団がぶつかり合う。


「結界か……まさかあいつが」

「呼びましたか?」


 頬を汗が伝うと耳元で声が聞こえた。

 そして鼻を通る香水の香りに表情は強張った。


「シュリルっ!」


 アリエルは腰の杖に手を掛けるが、手に取った瞬間手首を捻られ床に落とした。


「ひとまずお入りください」

「このっ」


 大きく頭を下げ振りかぶるがその直後に首に腕が回り、少しだけ上に上げられ仰け反る。背中には体を密着され、そのままアリエルは押されて部屋の中に入る。


「やっぱりっ、ティアを捕らえたのはお前か」

「よく分かりませんが宿屋で落ち込んでおられたので捕らえるのは容易かったですよー。アリエル様も大人しくしてください。あのようにされるのは嫌でしょう? それに魔法は使えませんよ」


 シュリルの結界魔法は魔法発動を阻害する。この魔法はシュリルが考案し、騎士団内でも魔道士の捕縛用に用いられる。

 内部での魔法の行使は術者と術者が許可する者しかできない。

 魔法には幅広い知識を持つアリエルでさえ真似をしようともできなかった。


「たっ確かにな。だがどうだろうな」

「またそんな強がり――っ」


 言葉を遮るように横から突っ込んでくる影にシュリルは床を蹴り退避する。剣が空を切った。解放され右肩を抑えながらしゃがみ込むと腕を持ち上げられた。

 見上げると目を吊上げて真剣な表情を浮かべ、シュリルから一切目を逸らさないアルトがいた。


「大丈夫か」

「ああ。助かった」

「あいつは……やばいな」

「お前シュリルのこと知っているのか?」

「いや。ただやばい雰囲気はぴりぴりと感じるからな。ティアナの横にいる騎士とは比較にならん」

「さすが獣人だな。あいつ1人でこの場にいる騎士を瞬殺できる実力を持っているからな」

「そんなにか……まぁ。俺の横からもあの姉ちゃんと同じような気配を感じるがな」


 アルトは口元を緩ませてアリエルを見下ろす。

 アリエルはため息をつきながら頭をかくと顔をシュリルへと向ける。


「逃げるつもりだったんだがな……ティアに裏切られたらもっとたちが悪いか……いいだろう私の全力を見せようか」

「何をおっしゃっているんですか? 魔法が使えないアリエル様など無能もいいところです。剣の腕は誰よりも私は存じ上げていますよ」

「数日前の私なら確かにそうだな……本当に不幸中の幸いだな」


 アリエルが両手を広げ天井を仰ぐ、光が舞い背中から4枚羽が姿を現した。


「それは……どういう……その魔法は詠唱が必要と聞いていましたが。それにこの結界内で発動できるなんて……」

「ほう……婆やから聞いていたか。ならこの状態の特徴も聞いているだろう?」

「どうやら本気を出さなければ負けるのは私のようですね」


 シュリルは長い黒髪をかき上げ、頭の後ろでパチンッっと留めると手袋をつけ、剣を抜いた。

 手の甲についている石が輝き始める。


「アルト。私が突破口を開く。その隙にティアを助けろ。お前らは私を信じて自由に動け」

「どういうことだ」

「なぁに、すぐわかるさ」


 アリエルはシュリルに手のひらを向けると魔力弾を放った。

 しかし、剣で容易く弾かれると壁にぶつかり、弾けて消えた。


「なるほど。壁にまで結界か」

「結界は四方に展開しておりますので、壁や床を破ろうとしても無駄ですよ」

「それはいいことを聞いた。アルト。合図をしたら走れ。何があっても止まるなよ? いいな?」

「何する気だ……」


 やけに念押ししてくることにしかめる。


「何を企んでいるかは知りませんが、祖母をも出し抜いたんですから、私も油断する気はもうありませんよ」


 両手をシュリルに向けて光が集まる。

 それを見るやシュリルは真っ直ぐに突っ込んで来る。

 アルトが前に出ようとするが小さな体をずらしてそれを阻む。


「いいから、お前は下がってろ。走る準備しとけ」

「舐められたものですね」

「勝つのが目的ではないからな」


 アリエルの手の光が一際輝きを増す。距離はあるが、見極め回避するには危険と思ったのか、シュリルは剣を握っていない左手を前に出し、緑の光が半円状に覆った。


「いけ! ミストバースト」


 手の光が弾け、部屋の中に濃霧が立ち込める。

 シュリルは慌ててアリエルに突っ込むが、居たはずの場所に姿はない。

 剣を両手に持ち、剣を光が覆う。


「ゲイルスラスト」


 振られた剣から突風が霧を吹き飛ばしていく。

 風の勢いに部屋の中にあるものは全員がしゃがみこむ。霧が晴れた室内にはアリエルの姿はない。

 結界がある限り室内から出ることは出来ないが、結界を確認するようにシュリルが床を叩くと波紋が広がる。

 そして顔を上げるとある事に気がついた。

 天井に広がり徐々に消えてゆく霧が、わずかに光っている。


「 ――っ」

「甘いな」


 霧が晴れると高い天井に背中をつけ、魔法陣が球状にアリエルを取り囲んでいる。

 薄く笑みを浮かべると魔法陣から無数の光が部屋全体に降り注ぐ。


 騎士達は各々の魔法による障壁を貼る。傭兵団の面々は顔を腕で覆ったりして身構えるが、光弾は傭兵団の者だけを避けている。


「アルト今だ、行け!」

「させませんよ!」


 光弾が降り注ぐ中、ティアナの元にたどり着くが手を伸ばそうとした時、何かに弾かれた。

 ゆっくりと手を伸ばすと目に見えない壁のようなものがある。


「なんだ、これは」

「ちっ、まさか結界内に更に結界を展開できるとはな。それに騎士達もかなり魔法を使えるとは……」


 アリエルの表情には焦りがつのる。

 複数の騎士からは魔法を打ち込まれて来ており、今は光弾で打ち消せてはいるが連携されればこの状況を覆される可能性が高い。


「ティア! 助けて欲しければ自分で結界をどうにかしろ!」

「ふがぁ?」

「すぐなんとかしないと私は逃げるぞ!」

「ほぁ!?」


 呻きながらソファーの上でのたうちまわり始めた。

 体が跳ねてソファーから転がり落ちると、そのままアルトの足元まで転がっていく。

 何もない空間に光が疾り光の粒が舞った。


「よし! アルトその馬鹿を盾にして出口まで走れ!」

「どういう事だ……」

「いいから走れ! 全員走れ!」


 言われるがまま出口に向かって走る。

 その間も絶え間なく光弾が雨のように降り注ぐ。しかし走る味方にはひとつたりとも誤爆はない。


 団員達が入り口までたどり着くと光弾の雨はさらに激しくなり、アリエルが騎士達との間に降りて来て横からも光弾を浴びせる。


「で、どうするんだ! 壁のようなもので出れないぞ」

「その馬鹿を壁に付けてみろ」


 アルトはティアナを立たせると見えない壁にもたれ掛からせた。

 壁が波打つように動くが、先程ティアナの周りを覆っていた結界のようには消えない。


「ティアナ様の加護対策を何もしていないと思っていたんですか?」

「――なっ」


 自慢げな声が光弾の嵐の中から聞こえてくると押し合っていた黒い魔力弾の数が増えてアリエルの攻撃を押し返してくる。


「仕方がない」


 アリエルは掌をティアナに向ける。

 そして閃光が放たれティアナの腹部に光弾がめり込み、結界に叩きつけられ挟まれて潰された。光弾ははじけて消えるが結界自体は更に激しく波打つが消えない。


「ちっ、だめか」


 床に転がりと体を折り曲げるティアナを見ながら呟く。


「仕方がないその馬鹿の拘束を解いて剣を貸してやれ」

「させませんよ。少々のお怪我はお覚悟ください」


 紫色の魔法陣が大量にこちらを向き空間に浮かび上がり、漆黒の雷撃がアリエル達を襲う。

 騎士達からの魔法に加え大出力の魔法攻撃に険しい表情を浮かべながら攻撃を防ぐ。


「くそっ早くしろ」

「ダメだ切れない」

「なんだと!」


 アルトは剣で縄を切ろうと試みたが切れない。結び目を解こうと頑張ってはいるが見るからに何重にも硬く結び目がある。


「アルト下がれ!」


 ティアナに向けて手のひらを向けると高いうめき声で首を横に振りまくっている。そんなことはお構いなしにアリエルは金色の炎をティアナに浴びせる。

 もがき苦しみ、縄は焼け落ちた。黒い煙がティアナから揺らめき、服も所々焼け落ちている。

 心配そうに団員達は覗き込むがムクッと起き上がると口に噛まされていた布の外し、何も言わずにひとりの団員に手を差し出す。

 剣を受け取ると立ち上がり、アリエルのほうへと歩を進める。


「ティア。さっさと結界をどうにかしろ――ぎゃっ」


 剣の身がアリエルの頭に振り下ろされた。


「何するんだ! 助けてやった恩を仇で返す気か!」

「どこがよ! シュリルに襲われたときよりよっぽど身の危険を感じたわ!!」

「めんどくさい奴だな……いいからさっさと結界を何とかしろ」

「どうして命令されなきゃならないのよ」

「お前は馬鹿か!! この状況を考えろ!」

「あぁ??」


 どすの聞いた声で睨みつけてくる。


「いや……結界をどうにかしてください……」

「無理ね。さっきのでダメなら常時魔力が供給されている結界じゃない? 私の力じゃ無理。エルのエンチャントがあっても破れる気はしないわね」

「おっお前!!。ならなんで言い直させた!!」

「そんなことお願いしてないわよ」

「よし……ならお前を貢物にして見逃してもらうとしよう……」

「へぇーこの状況でどっちが貢物になるんだろうね」


 ティアナは両手で魔法を凌いでいるアリエルの肩を後ろから剣でぺしぺしと叩く。


「あれ……羽2枚じゃなかったっけ?」

「どうでもいいだろ……さっさと貢物になれ」

「あんたがなりなさいよ!」

「おい。お前らいつまでやっている気だ!」

「ふふふっそうですよ。正直気に入らないですね」


 アルトが後ろから仲介に入ってくるが、前から不適な笑い声が聞こえてくると、アリエルとティアナの肩がビクッと跳ね上がった。


「魔道士としても、騎士としても鍛えてきて、それなりに力をつけているつもりでしたが、ここまでの侮辱を受けたのは初めてです。それにどちらか片方では私の気は治まりませんよ。お二人には私と祖母でお話したいことが山のようにありますから」


 その言葉に2人は体を震わせると目つきが変わった。


「ティアいつも通りのでいくぞ」

「ええ」

「アルトお前も援護に付け。残りは現状待機だ」

「この状態の力。シュリル。お前で確かめさせてもらおうか」


 翼を広げ翼から白銀の雷光が空間を奔り、漆黒の雷撃を飲み込むと眩い光が覆った。


「行け、ティア」


 アリエルの後ろから飛び出し先頭にいたシュリル目掛け突進していく。

 騎士達も目が眩み魔法攻撃は止んでいる。

 だがシュリルは目を瞑り接近を感じているのか剣を構える。

 双方が剣を振りかぶり甲高い音が室内に響き渡った。


 光が中でそれ以上の剣を打ち合う音は聞こえない。

 アリエルは腕を払い。光が掻き消えた。


「っな……どこにいた……」


 剣を打ち合っているはずの2人の間にはこの場にはいなかったはずの近衛騎士団長、ダニエル・ゴンドリフィトが2人の剣を2本の剣で受け止めていた。


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