第16話 騎士からのお手紙

リシュテンに戻ったアリエル達はギルドの近くにある酒場で揃って晩御飯を取っていた。傭兵団の面々は傷だらけで痛々しいが、一日ぶりの食事にそんなことはお構いなく食事にかぶりついている。


真ん中に座るアリエルの背中には翼はない。魔法で見えなくしている訳でもなく。なぜか自分の意思で消せるようになっていた。おそらくは羽が2枚羽になったことが関係しているのだろう。嬉しい反面これが本当にいいことなのか分からない為素直に喜べなかった。


街に帰る道中もなぜ2枚になったのか考えたがそれらしい理由も思い当たらない。たったひとつ、可能性と思うことは海龍を討伐している時から、もしもの時のために魔力接続を常時維持しておいた。約2日。これほど長い間翼との魔力接続を維持していたことは前の世界を含め初めてだ。


「エルって、アリエルって言うんだよな? 大天使ウリエル様みたいにいつかは12枚の羽になるのかね。拝みたいものだぜ」

「天界の奴らなんて人間を物としてしか見てない奴らだぞ。そんな奴らを拝むなんて物好きだな」

「エル! お前天使と会ったことがあるのか!?」

「あ……」


アルトが勢いよく机を叩きアリエル机の反対側から覗き込む。他の団員も興味津々と行った様子で手を止めてアリエルを見る。

傭兵団は修道院で育った元々は孤児で形成されているため、神に対していささか信仰心が強い。


とはいえどこであったか言える訳がない

前の世界で竜王を討伐しようとした時、全滅する寸前で天界から命を受けた天使に助けられた。

その時の理由としては世界に必要な存在だからとだけ聞かされた。

天界にとっては魔王を倒すための優秀な駒だったのだろう。


「どこでもいいだろ」

「やっぱり天使なのか!?」

「ぶっ――なぜそうなる……あ。すまん」


思わず口に含んだ水を噴出したが、詰め寄っていたアルトをクリーンヒットしてびしょびしょになっていた。


「いい。気にするな。ご褒美です」


怒るどころか満面の笑みで嬉しそうに下がって席に座りなおす。それを見て傭兵団の中の少女達は顔を引きつらせた。


「私は天使ではない。が……どういうことだろうな……」


改めて思い返してみると天使の羽と自分の背中に生やしている羽は同じ物のような印象だ。元々この羽は神聖属性の魔法を自らの魔力ではなく空気中から集めて発動するために習得した魔法だ。

翼が生えたことに当初は驚いたが、魔法を使う分には支障がなかったためにすぐに気にしなくなった。だが、もしもこのまま羽の数が増え続け、アルトが言ったように大天使の羽の枚数に到達した場合どうなるのか


「こんな事になるのなら師匠に聞いておくんだったな」

「師匠?」

「ああ。私の魔法の師匠だ。あのババアの修行だけはもう死んでも受けたくないものだ」

「どんな修行だったんだ」

「魔道士なのに魔獣相手にさしで戦わされて、ババアの気に触る様な魔法だと後ろから魔力弾が飛んでくるからな。あいつは悪魔だよ」

「そっ、そうか……」


すごく身に覚えのある修行方法。だがそこには誰も突っ込まない。目を細めてアリエルを見るだけ。


「そういえば姉さんは放っておいてもいいのか?」

「大丈夫だ。そろそろ空腹も限界だろうから、放っておいても巣穴から出てくるさ」

「動物かなにかか」

「でも昨日からだよな……」


少年は心配そうにうつむく。


「そんなに心配なら行ってくるといい。ぶっ飛ばされても文句は言うなよ」

「姉さんもそんなに凶暴なのか?」

「も、とは何だ! 私をあんな脳筋と一緒にするな。あっ」


扱いに机を叩いて抗議するが、酒場に騎士風な服装の男女の2人組が入ってくるのを見ると団員達の陰に隠れる。


騎士達は酒場内を見渡し、何かを探している。アリエルは横に座っていた団員の肩から顔を出すと目が合った。


その瞬間、腰から杖を引き抜き背中に持った。2人組の制服の装飾はこの街に駐屯している騎士団の物ではないのは一目で分かったからだ。その装飾は毎日のように見ていたから見間違えることはない。王の直属の騎士団、近衛騎士団のものだ。


「おいっ……何する気だ」

「黙ってろ」


アリエルの声色に状況が理解できないといった様子で、全員が視線の先を見た。


「あれは……近衛騎士団か。エリート様が何でこんなボロ酒場なんかに……」


アリエルは警戒し騎士達もアリエルから視線を外さないこの状況を見れば、騎士達の狙いがアリエルなのは聞くまでもないだろう。


「ちっ、あいつらの顔には覚えがあるな」


城の廊下でダニエルと一緒に歩いていたのを見たことがある2人だ。それが意味するのは平の騎士団員ではないということ。おそらくは騎士団の中に複数ある部隊の隊長なのは間違いない。

戦闘になった場合、圧倒的に分が悪い。アリエルは中遠距離から魔法での攻撃を主に行なう魔道士。相手は剣士でありながら魔法も使える相手だ。

剣があれば補助魔法をかければ対等以上に渡り合えるが、ティアナとの戦闘で剣は失っている。回りの団員達の剣に目を落とすが、アリエルの持てそうな細い剣はない。


「よし、お前ら男の方任せたぞ。難しいだろうが数で耐えろ。私は女の方をやる」

「いきなりなんだ。何で俺達が近衛騎士団に喧嘩売らなくちゃならん」

「修行をつけてやっただろ。私の自由のために戦え。嫌なら別にいいが、この酒場は数秒後には瓦礫に変わるぞ。それを私は飛んでこの場を離れていく。この意味が分かるか? 蛇と龍の報酬で弁償できるといいな」

「お前……分かったやればいいんだろ。でっどうするんだ」

「そうだな、まずは……あれ?」


少し視線を外した間に2人組はどこかへと消えていた。酒場内にはそれらしい姿はない。


「どういうことだ? 確かに目が合ったよな。私のことを見間違えることはないと思うが……」

「ボソボソ言ってないで説明しろ。お前一体何をしでかしたんだ。わざわざ近衛騎士団が王都から出張ってくるなんて聞いたことないぞ。おい……聞いてるのか?」


王女である自分のことを忘れることができるのかアリエルは真剣に考え込む。

すると酒場の従業員の少女がアリエルを覗き込んでくる。


「あのー……」

「なんだ!」

「今しがた騎士の方が薄い桃色の髪の少女にこれを渡して欲しいと」

「私にか?」


差し出された紙を受け取ると紙を広げた。


「なっ、冗談だろ……あの馬鹿!」


紙を丸めて机の上に置くと、席へと座り力なく両手で頭を抱えた。

アルトは不思議そうにその様子を見ると丸まった紙を伸ばしていく。


「えっと……姉君はこちらで確保いたしました。領主の館までお越しください……エル、これは……」

「まぁ、しょうがない。ティアには犠牲になってもらおうか」

「は……。お前ら姉妹だろ。本気で言っているのか!!」


アルトはアリエルの言葉に激怒して声を荒らげる。


「本気も何も、確実に罠だからな。あいつのためにこんな危険に飛び込むなんて馬鹿げてる」

「お前ら行くぞ!」

「おいっ、何をする! 離せ!」


アルトは頭を抱えているアリエルの襟を掴むとそのまま持ち上げ腕に抱える。


「俺達が協力してやる」

「お前たち誤解しているぞ……後悔しても知らんからな」


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