第33話 親心
アリエルとティアナの決闘から数時間が経過した、王城内の一室でアリエルは目を覚ました。
寝ぼけ眼で天井を見上げていると、覗いてくる人物にハッとして睨みつける。
「ようやく起きたわね」
勢いよくティアナの頭めがけ起き上がるが、すっと頭が引き、小さな報復は無情にも無駄に終わった。
「げほっげほっ……なんだこれは」
首をさすると冷たい何かが手に当たった。
姿見の前に駆け寄ると固まった。
首には純白の植物の蔓のような装飾のチョーカー、いや首輪がある。そして前で桃色の花が装飾された鍵が付いている。
「これは何の真似だ!?」
「だってあんたは6年間あたしの奴隷でしょ? ちゃんと外を歩いても問題ないようにしてあげたんだから感謝しなさい」
「ふざけるな! お前の奴隷などに誰がなるか!」
手を隙間に突っ込み引きちぎろうとするが、一見脆そうな首輪ではあるがビクともしない。しばらく鍵を引っ張ったりしていると、アリエルの体から雷撃が噴き出した。
髪は白くなり耳と尾が出現した。
「その姿になると一段と似合うわね。……飼い主はあたしかしら」
「こんなもの私の魔法で吹き飛ばしてやる」
「壊すな」
ティアナの一言でアリエルの両手はゆっくりと首輪から離れていく。
「おーこれが契約の力ね。……想像通りで良かった。あんたを止めるために首輪が欲しかったのよね」
「まさかお前……前から考えていたのか」
首に嵌まったこれはアクセサリーなんかではない。白狐の力でも引きちぎれなかったことを考えれば準備をしていたとしか考えられない。
「安心しなさい。あの時言った6年間は街から出さないというのはあんたの言葉に乗っただけだから。それじゃちょっと来て。その姿のままで。でも雷撃は消しなさい」
「はぁあ?」
「いいから来なさい」
手を引っ張られ部屋を出る。廊下で城の者とすれ違うたびに視線が突き刺さってくる。その度にティアナは立ち止まり感想を求め、アリエルはしらんぷりを貫いた。
城のメイドたちに耳や尾を触られるたびにこそぐったさに飛び上がり、息も絶え絶えで城の玉座の間に連れて行かれると、アリエルの顔は曇った。
玉座には両親が控えている。そしてその側にはアルト達が立っていた。
「エル……その姿は」
「アリエル……」
アリエルが気まずそうに頷きで返すと、フェルバートは一瞬でアリエルの目の前まで近づくと顔の筋肉がたるみ、抱きしめ頬ずりし始めた。
「可愛い!! 可愛い私の天使! 私のてんしぃいー!! こんな可愛い狐ならいくらでも化かされようぞ」
フェルバートが自身の感情を爆発させてアリエルに迫るが、その一方でアリエルは険しく固まったまま。
「父上……私を恐れないのか?」
その問いかけにフェルバートは、肩を掴み真剣な眼差しでアリエルの顔を真っ直ぐに見直す。
「馬鹿なことを言うな。ティアナに聞いたぞ。私達がお前を恐れるなどあるわけがなかろう。転生者で天使であってもだ。たとえお前が世界に厄災をもたらす存在だとしても、私達がお前達を愛していることに変わりはない」
「そうですか……」
「ほらね」
「べっ別に私はそんなことどうでもよかったがな」
目を潤ませながら腕を組み目を閉じた。
それを見て再びフェルバートはアリエルを抱きしめると、ふと背中の尾に目がいった。
たるんだ顔で背中の尾に手を伸ばし撫で上げると、アリエルの体が跳ね上がった。
「さわんなクソ親父!」
複数の尾がフェルバートを襲い吹き飛ばす。玉座の後ろの壁に叩き付けられると、そのままセリーヌの膝にしがみついた。
「セリーヌ。アリエルが、アリエルが私に、くそ……だなんて……これが反抗期というものか。どうしたらいい。私はどうしたらいい!」
「まぁまぁ」
動揺しまくってキョロキョロとセリーヌとアリエルの顔を見るフェルバートにセリーヌは笑みを送る。
アリエルは腕で顔を拭うと玉座の下に控えているアルトを見た。
「んで。こいつらがここにいるということは話したということでよろしいですか?」
「ウリエル様の許可を頂き話しました。本当は全ての獣人の方にお話できればいいのですけど……」
セリーヌは目を細めて申し訳なさそうな顔でアルト達を見直す。それを見てティアナはうつむいた。
本当の歴史は獣人は世界のために戦った英雄。迫害の対象になっている獣人にこの事実を伝えるだけでも生きる希望が沸く。だが同時にリスクも付きまとう。もしも迫害をなくすために国が御触れを出せば世界は大混乱に陥る。
「お気使いは無用です。我々の先祖が魔王に加担した存在から世界の英雄に代わっただけ。あくまでも先祖のことであり、私の目的は何も変わりません。いえ。より一層この国のためにお仕えさせていただく所存です」
「貴方たちをそのような存在にした元凶がここにいたとしても?」
アルト達の先祖を獣人にしたのはガブリエルという天使。その天使は死にその力はティアナの中にある。
「だから今王妃様に言っただろ」
「それでも……」
「お前達人間は俺達のことを誤解しているぞ。たしかに俺達獣人は嫌がらせや理不尽な暴力を受けることはある。だがな。だからといって獣人なんかになりたくなかったなんて思ったことは一度もない。そんな奴にはあったこともないし、聞いたこともない。それに話じゃガブリエルっていう天使であって、お前じゃないだろ」
「……ありがとう」
「礼を言うのも間違ってるよ。姉さん」
「そうね……」
「まっ私達は人間じゃないけどな」
アリエルは自分自信悩みがある中、他人の心配をするティアナに、呆れたように呟いた。
「さて私達がここに来た理由は他にもあるのだろう?」
フェルバートは我に返って立ち上がる。
そしてアリエルの前まで歩を進めながら。
「お前たちに頼みたいことがある。近隣諸国に親書を届けてもらいたい」
「親書? まぁそのぐらいならいいですよ。なんだ……」
フェルバートはアリエルの前でしゃがみこむと、両手を取り心配そうに覗き込んでくる。
「本当に大丈夫でちゅか? パパが居なくてもさみしくないでちゅか?」
「……また吹っ飛ばされたいか?」
さっと離れると再びセリーヌにしがみつく。
「本当に面倒くさい……」
「良かったわね」
「うるさい」
照れ臭そうにそっぽを向くが。
「ティア。もう満足だろ売自契約を破棄しろ」
「どうして?」
「は? 」
お互いに不思議そうに見つめ合う。
「あんたに首輪をつけておきたいってさっき言ったでしょ。世界が平和になるまで破棄しないわよ」
「ふざっ……」
怒鳴りそうになるのを我慢してアリエルは深呼吸すると。首輪の鍵を手でつまむ。
「分かった。これからはお前に相談してから動く。だからこれを外せ」
「嫌よ」
「はぁああ!? なんだと!! こんなの四六時中つけてろってか!? お前は馬鹿か!!」
「……よし、ならこれもつけようかしら」
おもむろに自分の懐に手突っ込むと、一本の紐を取り出しアリエルに見せる。
何をしたいのかは話しの流れでおおよそ見当がつく。
「こんなのつけられるか!」
尾から雷撃を首輪目掛け放つが狙いが逸れる。自ら外したわけではない。その証拠に何度も雷撃を放つが空を切る。
「契約の力すごいわね」
両手で首輪を持ち力一杯引っ張り上げる。
必死に頭を抜こうともがくが、明らかに抜けるわけがない。首よりも輪は大きいといっても両手が入る程度の隙間。
何とか外そうと頑張っている最中でもティアナは近づいてくる。
「分かった! 分かったからそれだけはやめろ!」
「やめろ?」
「やめてください……」
苦々しく言い直すとティアナは腕を下げるが。
「ちっ……」
「本当に……そのひねくれた性格ちょうどいいから直してあげるわ」
「何を言う。私ほど清廉潔白は精神を持つ人格者などそうそう居ないぞ」
「清廉潔白が聞いて呆れるわね。あんたが今までやらかしたことを考えれば単に頭がイかれた奴よ」
「はっ、勝手に言ってろ」
気に入らなそうに腕を組んで頷くと、ティアナが口を開く。
「じゃーユニコーンの密猟者に買収されたのはどういうことなのよ?」
「収穫の護衛をしただけだな」
「龍王の祠から魔導書を盗み出して逆鱗にふれたことは?」
「借りただけだ。あのぐらいでキレるなんて龍王の器はノミ以下だな」
「魔王を倒した後、実権を握ろうとした教会の神官を皆殺しにしたのは?」
「正義の鉄槌を下しただけだな。最後の一人になっても向かってくる心意気は素晴らしかったな」
「旅の途中で再会を約束した女の子達はどうしたの?」
「あーそんな約束したっけか。そんなくだらないことでまた世界を旅できるわけないだろ。体力と時間の無駄だな」
全ての問いかけに悪気もなく即答するアリエルに全員がただただ冷たい視線を送る。
「あんたねー……巻き込まれるこっちの身にもなりなさいよ」
ユニコーンの密猟者に買収された時は隙をついてティアナが絞め、龍王の時は一緒に殺されそうになり、教会の神官をやったときには教会の企みが露見するまで、ティアナは共謀したと見なされ監視されていた。
挙句の果てには旅の最中で出会った少女達から、彼を返して下さいと手紙で懇願される始末。
「契約は絶対に破棄しないから。それに関しては今後のあんたの態度次第ね」
「まぁいい。ならこの姿でいろと言う命令を解け。これに関してはもういいだろ」
「そうね……いや。どうせだし明日までその姿でいなさい。……可愛いし」
「…………」
「不服?」
「勝手にしろ……ではな。話は終わっただろ」
「どこいくのよ!」
アリエルがくるりと出口に向かって歩き始めると、慌てて後をついていく。
尾で床をべしべしとたたきながら進み、あからさまに苛立っている。
「ついてくるな」
「勝手にしろっていったじゃない」
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