第22話 侍女達は語る

「やっと終わった……」

「そうね……」


 城の侍女達の休憩室の机には少女4人が机に突っ伏していた。

 その横の長椅子には毛布に包まり仮眠を取っている者もいる。


「それにしてもアリエル様とティアナ様が参加されるとはねぇ」

「ほんとにそうだよ~私アリエル様ほとんど見てない……」

「相変わらずミーシャはアリエル様大好きなんだね」

「だってかわいいもん」


 残念そうにしていたミーシャは起き上がると体をくねくねさせた。


「私はティアナ様かな。凛として、時々見せる子供っぽいところとかキュンと来る。それに黒龍を圧倒する剣の使い手。ティアナ様付きになれないかしら」


一人の少女の言葉にミシェル以外の少女達を続く。


「別にいいもん。同意は求めてないし」

「私はちょっとアリエル様は怖いかな」

「どうして?」


 ミーシャは首を傾げる。


「ああ。夜会が始まった時でしょ」

「ええ。あの時私、中にいたけどどうなるか怖かったわ」

「何が? そういえばなんか雰囲気がおかしかったけど何かあったの?」


 仕事仲間から夜会での出来事を聞くが、ミーシャの顔は更にニヤニヤと緩んでいく。


「さすがアリエル様だぁ~」

「お気楽でいいわね……もう少しで夜会会場で死人が出そうだったのよ……」

「え~ならその貴族の人の味方なの?」

「まさか、相手はあのランフォード卿よ」

「……たしかその人って」

「そうよ。いい噂はないわね」


 昨日の夜会でアリエルたちといざこざを起した貴族はドルニオ・ランフォードという中堅貴族。元々は商人でたった一代で大貴族に近い力をもつ貴族。しかし民の間ではあまりいい印象はない。傭兵を幾つも抱え込み、各町にギルドを運営しているが、裏では街娘の誘拐、奴隷売買に手を出している噂があるからだ。


「いっそのこと、あのままアリエル様に討たれて欲しかったわ」

「軽はずみな発言はやめなさい」


 少女の1人が慌てて止めると、指摘された少女も口を押さえた。街の中で話す分にはいいだろうが、ここはあくまで城の中。誰の耳に入るか分からない。


「そろそろ帰らない? もう疲れたから早く寝たい」

「そうね。アイリはもう寝てるけどね」


 4人の少女の視線は長椅子で毛布に包まっている小さな人物に集る。


「あぁあ~疲れたぁ」


 そこへ扉が開くとつかれきった声と共に短髪の小さな少女が入ってくる。


「あれ……アイリ?」

「あれ寝てるんじゃ……ないの?」

「今まで片付けしてたけど?」

「んじゃ……それは?」


 5人の視線は長椅子で寝ている何者かに集まり、一番近くにいたミーシャが近づいていく。毛布に手を掛けようとした瞬間、寝ていた人物がすっと起き上がり、毛布が落ちた。

 出てきた人物を見て全員が目を見開いた。


「アッアリエル様!?」

「ん……ミーシャ……」


 黒のローブを羽織って、ぼさぼさな髪を掻き乱すと大きなあくびをした。

 だが開いた目がまた閉じて椅子の上でうつらうつらしている。


「どうしてアリエル様、こんなところで寝ているんですか?」

「部屋の前~鬼いた」

「シュリル様ですか。夜会のことで探しておいででしたよ」

「そういえば……私も深夜にアリエル様見てないか聞かれましたね……」

「まだ~?」

「まだ探しておられると思いますよ」


 寝起きのせいか話のキャッチボールすらままならない。

 ミーシャはそんなアリエルを満面の笑みに幸せオーラを漂わせて見とれているが、他のメイド達はそんなミーシャを冷ややかな眼で見ていた。


「コーヒーでも飲みますか?」

「うん。あと、も」

「ミルク多め、砂糖少なめですよね」

「うん」


 ミーシャは休憩室奥の給湯室に嬉しそうに走っていく。


「すごいわね」

「そうね……」


 メイド達は2人のやりとりを見て、アリエルの寝ぼけながら発する言葉足らずの発言を全て理解するミシェルに素直に感心する。


 しばらく寝ぼけながらミシェルの入れたコーヒーを飲んでいるとアリエルも目が覚めてきたのか、目がパチッと見開いてきた。


「そろそろ目を覚まされましたか?」

「さっきから起きているぞ」

「これが噂のアリエル様の使い魔ですか?」


 アリエルの膝に抱かれた小龍を覗き込む。


「なんだ小娘。我は見世物ではないぞ」

「しゃっ喋った!!」

「何をそれほど驚く。我はかの神龍から生まれし存在であるぞ」

「名前はあるんですか?」

「名前? ニブルヘルクだっけか」

「なんか言いにくいですね」

「小娘。我を愚弄するか」

「確かに言いにくいな」

「……そうなのか?」


 ミシェルに自分の名に文句を言われ不快感をあらわにした黒龍だったが、アリエルが同様に続くと、悲しげに聞きなおす


「そうであるのならばエル。我のことは好きに呼べ」

「……ならニブルヘルクだから、最初と最後でニクだな」

「ニク……だと……」

「アリエル様さすがにそれは……」

「ダメなのか、好きに呼べと言ったじゃないか……なら見た目でクロだな」

「クロか」

「まぁ……それなら」

「今更だが今日からクロと呼ぶぞ」

「ああ。異論はない」


 黒龍を抱き上げる姿にミシェルはニヤニヤとした顔を隠すようにうつむくが顔が曇った。

 アリエルは腰には剣と杖を携え、黒いローブの所々が焦げて穴が開いている。

 最後に見たのはドレス姿のアリエル。今の武装した姿と昨晩のことを聞いたあとでは嫌な予感しかしない。


「アリエル様。昨日の夜はどうされていたんですか……?」

「ちょっと用事があってな」

「用事……ですか」


 ミシェルは言葉に詰まる。

 意を決して口を開いた時、部屋の扉が勢いよく開いた。


「皆アリエル様知らない……か……」


 シュリルは長椅子でコーヒーをすすり飲むアリエルの前へとスタスタと歩み寄ると、手の中からカップをもぎ取った。

 そしてアリエルの姿を見直すと険しく睨みつけた。


「アリエル様、とんでもないことをしでかししてくれたようですね」

「何のことだ」

「昨晩、ランフォード卿のお屋敷が何者かに焼き討ちされました。生存者はおりません。ご存知ですよね?」

「はて……知らんな……」


 シュリルの手の中にあるコーヒーに手を伸ばそうとするが、高くあげられ、目を合わせないように立ち上がりコーヒーを取ろうと背伸びする。


 話しを聞いていた少女達は驚きお互いに見合う。


「陛下がお呼びです。一緒にお越しください」

「断る。私は忙しい」


 アリエルはコーヒーを諦め、剣に手を伸ばす。


「逃げるのは構いませんが、交渉できる場は最後とお思いください。もしも逃げればどこまででも追いかけます」

「お前は何なんだ……。分かった、行けばいいんだろう行けば」


 シュリルはアリエルにカップを返すとそのまま、コーヒーをすするアリエルの首根っこを掴み引っ張っていった。


「いい……」

「可愛い……」


深刻そうな顔をしていたミシェルだったが、その声に嬉しそうに振り返った。


「でしょ!」

「どうしてミシェルが自慢げなのよ」

「いいじゃん!!」







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