第38話 策略
アリエル達がいるオラリアンの第二の都市、フォークルの街には大きな教会がある。天の教えを人々に伝え、悪しき存在を打ち滅ぼし、人の世界に安定をもたらす勇者を導く組織。
その教会にティアナは足を踏み入れていた。
「あの馬鹿……本当に逃げないわよね。用ってなんなのよ。それに本当に向こうからくるのかしら」
アリエルから今後の方針を聞かされ、別行動を取っていた。
今朝の獣人達は向こうからコンタクトを取ってくると聞かされ、アリエルは持っていた装備と黒龍を酒場の店主に預け、私に任せておけと言い残しどこかに姿を消した。
そしてアリエルの指示で勇者の裁定を受けるべく、教会を訪れている。
教会に入ると巨大な石柱がずらりと並び、天使の像の形の照明が室内を明るく照らしている。
中を見渡すと端の受付が眼に入り、近づいていく。ティアナ自身興味はあったが受ける気はなかった。アリエルの指示に渋々承諾したが教会に足を踏み入れた頃にはまたこの世界で勇者になることが出来る喜びを感じていた
「勇者の裁定を受けたいのですが」
受付の2人の女性に話しかけるが、女性たちはティアナを見て顔を見合った。
「お歳を伺ってもよろしいですか?」
「15です」
「申し訳ありません……勇者の裁定は16歳以上の者と決められておりまして」
「そういえば前もこんなことあったわね……」
前に勇者になった時も同じようなことがあったことを思い出した。
前回も年齢制限で正式な参加申し込みはできずに、観覧席から無理やり乱入して勇者の称号をかすめとった。
「……あと数ヶ月で16です」
「申し訳ありません。決まりですので……」
「分かりました。勇者の裁定ってどんな内容なんですか?」
「半年に一回闘技を競い勝った者、もしくは教会の賢者様がお認めになられた方に勇者と認めるというものです。内容は集団戦の予選を行い。トーナメントで競う形になります。」
「ほぼ……おなじか。ありがとうございます。次はいつなんですか?」
「次の開催は明後日です。街の闘技場で行なわれます」
「――なっ。むぅう……仕方がないわね」
仕方がないと言う言葉からは諦めの意思は感じられない。予選があるということはそこに乱入すればいい。そこで賢者たちの目に留まればいいということ。
ティアナがため息をつき教会を後にしようと振り向いた瞬間声をかけてくるものがいた。
「お困りですかい? お姉さん」
「あんたは!」
目の前に立っていた人物は今朝の獣人の集団の中心にいた人物だ。
ティアナは思わず剣に手を掛け、睨みつける。
「待ってください。俺は別にお姉さんに危害を加える気はありませんよ」
「どうだかね」
(本当に接触してくるなんてどうなっているの……)
男は困り顔でティアナを見ている。
男を見てティアナは、アリエルと別れる前に言われた言葉を思い出した。
「斬るな」「警戒するな」「相手の言葉を信じろ」という3つの言葉。
「いいわ。信じてあげる」
「それはよかった」
男は肩を落としほっとため息をもらす。
「ところで、失礼ながらお話を聞かせていただきましたが、勇者の裁定に出れなかったんですよね」
「ええ……」
「俺がなんとかしましょうか?」
「えっ!」
「こう見えても教会の賢者様の中に交流がある方がいますゆえ。もしかするとお力になれるかもしれません」
「本当!? 助かるわ! ぜひお願い!」
ティアナは嬉しそうに男の腕を掴み見上げる。
「はははっ、どうなるかは分かりませんがお力になることをお約束しますよ。ところでお連れの方はどちらに?」
「ここで待ち合わせしているから。もうじき来ると思うわ」
そこへ声が聞こえてくる。
「お姉ちゃん!」
「ん?」
ティアナは我が耳と我が目を疑った。
入り口から可愛らしいドレスを纏ったアリエルが、「お姉ちゃん」といい駆け寄ったくるからだ。
「あなたは!」
駆け寄ってきたアリエルはティアナの腕にしがみ付き後ろに隠れる。
その様子をティアナはこの世の物とは思えない物を見るようなギョッとした視線を向ける。
「エル……」
「お姉ちゃんに……何か用事……ですか?」
アリエルを見て男は優しげに笑みを浮かべるとしゃがみ、覗き込むとアリエルの頭を撫でる。
「大丈夫だよ。出会いは最悪な形だったけど。俺は君たちが勇者になるのを応援したいだけだから」
「そうなんですね。それならよかった」
アリエルと男が笑顔で見つめあうのを、ティアナは引きつった表情で見守る。
「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私はこの街で商人をしている、オーバン・ロートレックといいます」
「あたしは……」
「私はエルといいます。こっちはお姉ちゃんのティアです」
ティアナの言葉を遮る。
「ところでエル……その服はなんなのよ」
「待ち歩いていたら、領主様のお屋敷に招待されてもらったの。お姉ちゃんのことを話したら2人で遊びにおいでって」
可愛らしい口調にティアナは震え上がった。
だがその一方でオーバンは薄く笑みを浮かべた。
「よろしければ。今朝のお詫びとして私の屋敷で昼食をご馳走させていただけませんか?」
「でも……領主様がすぐにこいって……」
「大丈夫ですよ。直ぐにお送りしますので」
「そういうことならよろこんで!!」
「それでは参りましょう。外に馬車を待たせておりますので」
◇
馬車に揺られて10分ほどが経過し、外に出ると大きなお屋敷があった。
「ふぁぁ~おおきなお屋敷ですね~」
「さぁさぁ。こちらへ」
オーバンの後ろを楽しそうに歩くアリエルの姿にティアナの表情は強張ったままだ。
一室に通されるとお茶を出される。
目の前のソファーにはオーバンが座った。
「それにしても平民なのに勇者の裁定に挑もうとするなんてすごいですね」
「……やっぱり平民なのにおこがましいですよね……」
「いえいえ。そんなことは。お二人の努力の賜物でしょう」
「私なんておねえちゃんと比べたらまだまだですけどね」
アリエルがカップを手にとり口に運んだ瞬間。横から何かが割れる音がした。
ティアナの持っていたカップは床に落ちて割れ、ティアナはアリエルにもたれ掛ってきた。
「ふっ、おっお姉ちゃん……なに……急に」
一瞬小さく笑みを浮かべたかと思うとアリエルもふらっとするとティアナに押されるように一緒にソファーの倒れこみ意識を失った。
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