第37話 暗躍

 アリエル達が酒場でのいざこざに巻き込まれ少し経ったころ。


 街の外れにある屋敷で男の荒れ狂う怒号が飛び交っていた。廊下を歩きながら怒鳴り散らし、男は一室へと入った。


「あのクソ餓鬼。次会ったらただじゃおかねぇ」


 男は酒場でティアナに吹っ飛ばされた人物だ。

 ソファーに座り、部屋の中にいたほかの獣人の男に酒を手渡さられると、一口飲むと、酒を机に叩きつけた。その両脇には首輪と手首には枷がついた少女達がその男の様子に肩を跳ねさせた。部屋の中に所々同じような少女の姿がある。


「商品を傷つけて無いだろうな?」

「連れてきた餓鬼は牢にぶち込んでおいたぜ。それはそうと、かしら。 なぜあの餓鬼を見逃したんだ」


 男が頭と呼ぶ人物は酒場で、中心にいた男だ。あの時とは異なり眼鏡を掛け、書類に目を通している。


「確かにいつものかしらなら、正当防衛とか言って邪魔する奴はその場で殺してんな」


 別の男が呟くとその意見に賛同する声が部屋の中にいる他の者達からも上がる。


「少しは頭を使え。あの餓鬼を殺すのは惜しいとは思わなかったのか?」

「確かにかなり上玉だったな」

「それに加え、連れの餓鬼。あれはやばいぞ。ああいう餓鬼が好きな変態共なら、いくらでも払うだろう」


 酒場で震わす声で懇願してきた桃色の髪の少女のことを全員が思い出した。

 奴隷を購入するのは貴族がほとんどだ。

 購入目的は様々だが、奴隷の9割は年端もいかない少女と考えれば、どういった用途で購入するかは自ずと見えてくる。


かしらさっさとやろうぜ。あの餓鬼の世話は俺がやる」

「慌てるな。今回の獲物は上手くいけば、かなりの儲けにはなるが、勇者になりたいと言うだけの腕はあるように見えたからな」

「さっきは油断しただけだ! あんな餓鬼俺1人でもやれる」

「やめておけ。俺でも正直まともに戦ったらどうなるか分からん。お前達も感じただろ」


 部屋の中にいる男達の顔は曇り、その意見に苦言を言うものはいない。

 いつもはこういう場合、楽しげに向かってきたものを叩き潰していたが、今日に限っては違った。


 あの時、目の前には剣を握る華奢な少女しかいなかった。相対している姿を見れば誰もが少女に勝ち目はない。だが理由は分からない。本能が強者を察知して動いたとしかいいあらわせなかった。


「危険を冒してもやるのか? せっかく法に触れないように上手くやっているのに、騎士団が動きかねないぜ。しかも獲物は2人だ……」


 取りまとめ役の男は顎に手を運び考え込む。

 奴隷商人は騎士団からある程度目を瞑ってもらっている節がある。奴隷売買に手を出している貴族に考慮してのことであるが限度がある。


 もしも2人のうちどちらか片方を取り逃がし、騎士団に駆け込まれたら一気に危うい立場になってしまう。


「やることはいつもと変わらん。もしもの時のために常連の貴族共に声をかけておけ。最高の品を準備するとな」


 その声というのがただ商品の入荷を待っていろと言うものではなく、暗にもしもの時はもみ消せということだと、部下と思われる男たちは理解し薄く笑みを浮かべると、続々と部屋から出て行った。






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