第36話 獣人の債権者

 アリエル達が王都アプトランを旅立ち3日が過ぎようとしたころ、ようやくペルセリカの領内を抜け、隣国のオラリアンに領内に入った。

 道中で街が複数あったが、飲まず食わずでここまで来ている。

 街には降りたが、その度にティアナが酒場に飛び込み、アリエルは置いていこうとしたためまともに食事を取っていない。


 アリエルは千載一遇のチャンスを逃さぬようにしていたが、流石に限界が近づきつつあった。


「もう限界だ……次の街で飯にしよう」

「騙されないわよ……そう言って置いていく気でしょ」

「勝手にやってろ。私はもう疲れた」


 ギラギラと周りを注意深く見ていると、地平線から街が現れる。

 慣れたように黒龍は地面すれすれで飛ぶと街を視界に捉えたと同時に小さくなった。

 空中に投げ出されそのまま街の入り口に向かって宙を飛び、2人は一瞬翼を出して着地する。


 そしてそのまま街の入り口から一番近い酒場に駆け込み、次から次へと注文する。

 店に駆け込んできてカウンターに座り、一心不乱にがっつく2人の少女に注目が集まる。

 カウンターを挟んで店の店主と思われる男と少女が呆気に取られ食事を見守る。


 しばらくすると満足そうに2人はお腹を撫でる。


「お客さん達……どっから来たんですか……」

「アプトランだ」


 アリエルが答えると少女は驚いた様子で


「ペルセリカの!? 黒龍に襲われた、あの?」

「そうだが。正確には近くの街だけどな」

「もしかして……その場にいたり?」

「いたと言えばいたな」


 少女はカウンターの中を走り、回り込んで、アリエルの横で手をついて覗き込む。


「黒龍を倒したのはペルセリカの王女様というのは本当ですか!? しかも黒龍を眷属にしているっていうのは?」

「まっまぁ」


 アリエルはカウンターテーブルの上で小さな皿に盛られたご飯にかぶりついている、黒龍に目を落とす。


「その時のことを一部始終! 教えてください!!」

「は?」


 少女はアリエルの肩を掴むと前後に勢いよく揺らす。


「おい。サナ。やめろ!」

「はっ」


 少女ははっとしてアリエルから手を離す。


「ごめんない。私サラって言います。ペルセリカの王女様方は私の憧れで……」

「すまんな。一昨年、ペルセリカの建国祭にいってから2人の王女にぞっこんでな」

「いえ……大丈夫です」


 少女はもじもじとして、ティアナは気まずそうに返事をするが、

 アリエルは両手で口を押さえ戻しかけていた物を再び胃の中へと収める。


「建国祭?」

「あれでしょ……あんたがシュリルを池に引きづり込んだ時の」


 不思議そうにアリエルが呟くとティアナが耳打ちした。


「ああ……あの時のか。あれは私のせいじゃないぞ」


 ペルセリカでは毎年建国祭が開かれ、国内外からたくさんの人が王都アプトランに訪れる。一昨年のその建国祭の際、毎年ティアナのみが式典に参加し、アリエルは参加せずに城の庭園を散歩していた。


 そんな時に噴水の前でシュリルがユリアにケーキの作り方を習い嬉しそうにアリエルに駆け寄ってきたが、一緒にいたユリアは何もないところで転び、アリエルを噴水の中へと倒したが、アリエルはシュリルの腕を掴み引き込んだ。


 それだけであれば事故で済む話だったが、その直後に水に浮かぶケーキを見て落ち込むシュリルに向かって、アリエルの「甘い物嫌い。丁度よかった」という言葉が、シュリルの逆鱗に触れ、着替えさせられるとそのまま式典に放り込まれた。


「お二人はもしかして勇者希望の冒険者か傭兵さんですか。すっごく可愛いのにすごいですね」

「勇者希望?」

「違うんですか? 剣を携えていたので、てっきり勇者の裁定に出るのかと」

「勇者の裁定? なにそれ」

「あれか……お前でたことあるだろ」


 今度はアリエルからティアナに耳打ちする。


「あたしが?」

「あれだ。教会が取り仕切っていた剣闘大会だ」

「……ん?」

「覚えてないのか……お前勇者になりたいんだろ、何で覚えてないんだ……参加者があまりにも多かったために全員で戦うことになって、お前が蹂躙して地獄絵図になっただろ」

「ああ……あれね。ってそんなことしてないわよ!」

「お二人は姉妹ですか? 仲いいんですね」


 少女は2人でこそこそと話す後ろから楽しそうに覗き込んでくる。


「ええそうよ」


 ティアナは笑顔で返答するが。


「仲がいい? ははっ、どっからどう見たらそうなる」

「はぁ?」


 ティアナはテーブルを力強くたたき不快感を表すが、アリエルは目を細め横目でそれを見る。


「ホントにお前は馬鹿だな。矮小な脳みそでは仕方が無いが、人前で私達大好きなんですぅ、なんて姉妹。どう思われるか少しは考えろ」

「誰が矮小な脳みそだ!!」

「ほら直ぐキレる。それが証拠だ」

「あんたがムカつくこと言うからでしょ!!」

「お取り込み中ごめんなさい。早く黒龍が襲来の時のこと教えて下さい!!」

「別に構わないが……」


 アリエルは少女から矢継ぎ早に飛んでくる質問に次々と答えていくが、ティアナは浮かなそうにそれをじと目で見つめる。


 自身の黒龍との戦いを語るが、終始ティアナは出てこなかった。


「という感じだな」


 語り合えると少女は満足そうに天に祈る。


「ちょっと!あた……ティアナ王女のことはどこにいったのよ!?」

「脳筋王女は何もやってないだろ」

「誰が脳筋だ!!」

「ティアナ王女さま、だが?」


 アリエルの顔からは勝ち誇った感が滲み出ている。


「おうおう。珍しく流行ってんじゃねーか」


 入り口付近から椅子が倒れる音が聞こえアリエルとティアナは振り返ると、剣を携えて武装している集団が入ってきていた。


「獣人か……」


 呟くと机に向き直した。

 旅慣れた2人にとってはこの後には、めんどうごとが起こるのは目に見えて分かったからだ。


「店主さんよ〜いつになったら金を返す気だ?」

「もう少し待ってくれ。もうすぐで準備出来るんだ」

「返済期日までに返せなかったらどうなるかわかっているんだろうな」

「今週までになんて無理だ。もう1週間待ってくれ。ようやく店が軌道に乗ってきたんだ!」

「駄目だな」


 獣人の男は少女に近づくと頭に手を置き肩越しに店主に話しかける。


「ならお嬢ちゃんをもらおうか。この嬢ちゃんなら高く売れそうだ」

「待ってくれ! まだ期限はあるはずだろ!」

「俺達を見くびってもらっちゃ困るぞ。お前家族で逃げる準備をしているだろ」

「――っ。それは……」

「でも安心しなこれでチャラにしてやるよ」

「いや!」


 獣人の男は少女を抱えて店の外に向けて歩き出し、店主は男に駆け寄ろうとするが取り巻きに蹴り倒され床に転がる。


「これはこれは~どうしたものか。契約では返済が不可能。返済を拒んだ際には債権者は債務者の全てを自由にすることができるとあったはずだな。やれ」


 取り巻きの一人が剣を抜くと、床に転がる店主に向けて凶刃を振り下ろした。

 だがその剣は店主の眼前で止まり横から別の剣が伸びていた。

 ティアナが鋭い視線を剣を交えている相手へと向ける。


「何の真似だ」

「その子を離しなさい」


 合わせていた剣を弾き飛ばし、小さくジャンプすると蹴り飛ばした。

 身のこなしに驚き、獣人たちの視線は一気に険しく変わった。

 そして少女を抱えている男に剣を向ける。


「お姉さん。何か誤解していないかい? 俺達はそいつに返済をお願いして、返済が見込めないから回収しているだけだぜ?」

「物は言いようね。一度しか言わないわ。死にたくなければ離しなさい」

「はっ、どっちがだ。今なら見なかったことにしてやる。暴行についても目を瞑ってやるぞ」


 取り巻きたちは剣を抜くと、頭と思われる男の前に出る。

 酒場内は緊張感に包まれ他の客たちは固唾を呑んで見守っている。


「トゥインクル・ライトニング」

「――なっ」


 突然ティアナの耳元で小さな魔法の詠唱が聞こえると、体に白銀の雷撃が奔り床に膝をついた。

 その直後に後ろからアリエルが歩み出る。


「ごめんなさい! どうか見逃してください……私達は勇者になりたくてこの街に来ただけなんです。どうか見逃してください……」


 アリエルの口調は明らかにいつものえらそうな口調とは違う。体を震わせ。声を震わせて獣人たちに話しかける。


「あんた、なにを……」

「はっははっいいだろ。てめぇら行くぞ」

「パパっ、パパ!」

「サラ!」


 ティアナはアリエルを睨みつけ、痺れる体に鞭をうち足に力を入れるが目の前を剣が遮った。


「なんとか助かったか……あんな恥ずかしい芝居までやらせやがってっ――っ」


 ティアナはアリエルの首輪を掴むと持ち上げる。


「あんたでも理由次第ではただじゃおかないわよ」

「待て、まず聞け。あの連中をぼこるのは簡単だ。だが聞いている限り奴らの言っている事は間違っていない。騎士団に駆け込まれたらこちらに勝ち目はない」

「だから黙って見ていろっていいたいわけ!?」

「私が黙っていると思うか? 」

「でもどうするのよ。直接潰せれないんでしょ……」


 アリエルはニタッと笑みを浮かべる。


「確認するが、あの少女を助けたいか?」

「あたりまえよ……何する気……?」

「お前も協力しろ。必ず助け出すからな。あんな屈辱を味合わされたんだ。連中にもそれなりのもので支払ってもらう。ふっははは」



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