第39話 反撃への根回し

 石造りの堅牢とした雰囲気の部屋。

 水滴が室内に落ちる音が静寂を一層引き立てる。


「起きろ!!」


 アリエルは近くから聞こえてくる怒鳴り声とガチャッガチャと響く金属音に目を覚ました。

 目を開けると麻の簡素な服に身を包み。柱にがんじがらめにくくりつけられているティアナを焦点があやふやな目つきでぼーっと見つめる。


「変わった服だな〜ぁ」

「こんな時に寝ぼけてんじゃないわよ!」

「ふぇ? ……なんだ!? これは!」


 アリエルは上を見上げるとティアナと同様に両手が吊るされている。

 ガチャガチャという音が響く。


「こっちのセリフよ!!」

「あーそういえばそうだったな」

「よかった……」

「ん? 君は確か酒場の」


 アリエルの横には酒場で出会った少女がいた。牢の中にはそれ以外にも多数の人間の少女がいる。


「やっぱり予想通りか……」

「一人で納得するな! 説明しろ! あんたに言われた通り信用したらこのざまなのよ!」

「サラとか言ったか? 怪我はないか?」

「はい……」

「無視するな!!」


 アリエルは少女に笑みを向けるが、少女の顔は険しい。

 この状況からなのか、ティアナが無視された事に怒鳴り散らしているからかは定かではない。


「ん? どうしてお前ずぶ濡れなんだ?」

「ふっふふ。……聞きたい?」

「いや……いい」


 目を覚ましてから、ティアナの声には怒りの感情がこもっている。眉間にしわを寄せ見るからに機嫌が悪い。既にこの状況になってから、自称商人を名乗る奴隷商人と話したのだろう。


「で……なんて言ってた?」

「……この街の領主様はお得意様らしくて、今売り込みに行っているそうよ」

「なるほどな……」

「そういえば、あんたさっき領主様がなんとか言っていたけどあれはなんなのよ」

「まぁ、すぐにわかる」

「なっ」


 アリエルを拘束していた鎖がバラバラになり床へと落ちた。

 アリエルの腰からは九本の尾がくねくねとして、手首をさすっている。


「お前はここにいろ」

「は? 何言ってるのよ!! さっさと外しなさい! あいつらを八つ裂きにしてやる」

「断る」

「外せ!」

「ふっ」

「あれ……」


 見下ろしてニヤニヤとしてくるアリエルを、ティアナは不思議そうに見上げる。

 売自契約の効力でアリエルはティアナの命令に絶対順守のはずだが、アリエルは動かない。堪えている様子すらない。


「どういうことよ」

「1日に5回か」

「まさか……」

「無制限とでも思っていたのか? 大人しく繋がれてろ。あのカス共は私が血祭りにあげる」


 売自契約はあくまでも自分の自由を一部譲渡するもの。


「待ちなさい!」

「力を解放するなよ~解放すると周りの人が丸焼きになるかもしれないからな。それに解放したところで……」


 鎖を引きちぎろうともがいているがジャラジャラと音を鳴らすだけ。

 ティアナを拘束している枷はアリエルの物と比べるとかなり大きい。


「まるで猛獣だな」

「うるさい! さっさと外せ!!」

「せいぜい頑張れ。私はちょっと宝探ししてくるからな」


 そう言い残すとアリエルの姿が光になって消えた。

 そして、転移した先は先程までいた応接室だ。


「よお、さっきぶりだな」


 机に向かう商人のリーダー的男、オーバン・ロートレック。オーバンは唖然として見上げていた。


「お前はさっきの餓鬼か……」


 アリエルの体に雷撃がまとうと男は慌てて机の後ろの壁に掛けてあった剣に手を伸ばすが、それよりも先に尾が吹き飛ばした。


「さてと宝探しだな」


 アリエルは机を乗り越え、机の上と引き出しの中を漁り始めた。


「魔道士だったか。それにその姿は何だ!!」


 立ち上がり殴りかかるが再び尾に吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。


「大人しくしてろ。後でちゃんとぶっ殺してやるからな」


 机の引き出しを探り、書類を出しては放り投げを繰り返してアリエルの手は止まった。


「ないな。おい! 奴隷の販売リストは何処にある?」

「そんな物はない」

「あるんだな。机にあるのか?」

「だからそんな物はない!」

「机か」


 机の上と引き出しの中は全て確認済みだ。

 アリエルは机の引き出しを引っ張り出して、尾で両サイドに引っ張り、引き出しを破壊した。

 すると紙の束が床へと落ちた。


「やはり二重底か。どこぞの貴族の家にもあったな。悪人の間で流行ってるのか? どれどれ〜」

「それを見られたからには同胞であっても無事で済むと思うな」

「なるほど……それにしてもなんか聞いたことあるような名前がびっしりだな。なかなかやり手じゃないか」


 城で教養などの教育をランファニアから受けていていたため、近隣各国の王族や貴族の名前はおおよそ頭に入っていたが、力のある権力者の名前もちらほら見受けられた。


 オーバンは壁に掛けてある他の剣を手に取り斬りかかる。

 しかし剣は空を切った。視界からアリエルの姿が消え戸惑いの表情を浮かべるが、相槌の声がソファーの上から聞こえてくる。


「転移だと……」

かしら!」


 唐突に部屋の扉が開くと部下と思われる男が数人入ってきた。

 部屋の中の惨状に一瞬固まるが。


「領主が裏切った! 騎士団が入ってきてる!」

「なんだと!」

「ほう。もう来ているのか」

「お前が仕組んだのか!?」

「あとはこいつも渡せば面白そうだな。ご丁寧に借金で攫ったのと、通り魔的に攫ったのが分かりやすくて助かる」

「てめぇ……いやまだお前の口を塞げばなんとでもなるか」


 先程までの紳士的な雰囲気から一変して、鋭い眼光でアリエルを睨みつけ剣を振りかざし飛びかかる。

 剣はアリエルを中心に球体状に展開された障壁に阻まれ止まる。

 しかし障壁には亀裂が走る。


「過小評価が過ぎたか。この状態の私の障壁に傷をつけるとは。だが魔道士相手に動きを止めることはどういう意味か分かるか? どうぞ魔法を当ててくださいといっているようなものだぞ」


 障壁に白銀の雷撃が奔ると部屋の中は白く染まった。

 3階建ての屋敷のアリエルがいた3階部分の部屋が吹き飛んだ。

 男達は建物の中から正門と建物の間にある庭園へと着地する。


かしら……」


 男達の後ろ。正門までの通路には騎士達と高貴な雰囲気の初老の男が立っていた。

 そしてその後ろには解放された少女達が騎士達に守られるように座っている。

 その中にはティアナの姿があるが未だに複数の鉄球が繋がれている。

 懸命に外そうとしている騎士に怒鳴り散らしている。

 ひとまずは他の少女と一緒に外へと救出されたのだろう。


「領主! 俺達を全面的に支援してくれると言っただろ! これはどういうつもりだ!」

「なんの話だ。獣人風情が私に話しかけるな」

「貴様!!」

「やめておけ。無駄だ……」


 部下の男は剣を抜き掛けたが、オーバンに制止され剣の柄から手を離した。


「今はここから逃げることだけを考えろ」

かしら。この数ならやれる!」

「無理だ、騎士だけじゃない」

「戦況分析はできるようだな」


 消し飛んだ3階部分から声が聞こえると。覆っていた粉塵が晴れ、尾と翼を背中から生やしたアリエルが地面に着地する。


「羽……」

「王女殿下お下がりください。我々にお任せください」

「私に構うな。こいつらの相手は私がやる」


 2人を挟み、アリエルと領主は言葉を交わしている。


「王女殿下だと……まさかお前……」


 オーバンの脳裏には隣国の王女の噂と今朝の酒場にいた小さな黒い龍の姿がよぎった。

 そして目の前の狐天使の肩には何処からともなく飛んで来た黒龍が止まった。


「噂は本当だったのか……」

「さて。私にあんな恥辱を味合わせたんだ。楽しませろよ」


 バチバチと雷をまとった尾が振り下ろされる。かしらと呼ばれる人物が剣で尾を受け止めるが絶叫が轟いた。

 剣で尾は止まったが、剣を通して雷撃が近くにいた男を襲った。


「つまらんな。もう一人倒れたか。手加減してやってるのにな」

「舐めやがって……」


 必死に攻撃を受け止め、表情を強張らせる。一方のアリエルは残念そうに両手を低く上に向ける。


「お前ら逃げろ。俺が時間を稼ぐ」

かしら……」

「いけ!」

「クロ止めろ」


 唇をかみ締め出入り口に展開している騎士団目掛け突っ込んでいく。

 しかし全員が剣を抜き、覚悟が目に篭った瞬間、空から巨大な影が舞い降り行く手を遮った。


「魔獣……黒龍か」

「クロ~1人2人食っていいぞ」

「ひっ」

「我に人を食らう習慣はない」

「その図体で人食わないのか、もったいない……まぁいい。殺さない程度に可愛がってやれ」


 指示を受け黒龍は、鋭く尖った爪を持つ手で、砂埃が舞い上がるほど強く嫌そうに叩きつける。


「さてと……」


 悲鳴が砂埃の中から聞こえるのを確認すると、アリエルはオーバンに向けて歩みだした。オーバンの攻撃を尾で受け止め剣を弾き飛ばすと尾で宙に体を吹き飛ばし、転移し上から叩き落した。


 そしてうつ伏せに倒れるたオーバンの前でしゃがむと耳打ちをする。

 少しの間オーバンは驚いた顔を見せ。


「分かった……」

「よし交渉成立だな。クロ、もういいぞ」


 一方的に黒龍がオーバンの部下達を蹂躙していたが、アリエルの言葉で黒龍の動きが止まった。


「お前ら武器を捨てろ……」

かしら……」


 全員がオーバンが苦悩に満ちた顔で言葉を搾り出した姿に、剣を落とした。



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