第40話 もみ消し
奴隷商人の一派を捕らえてから数日後、アリエルとティアナはオラリアンの王都にフォークルの領主の案内の下に来ていた。馬車から覗く町並みは賑わい、アリエルは日差しに目を細めながらカーテンを戻す。
「王都はお気に召しましたか?」
「わざわざ案内してもらって済まないな」
「いえいえ。構いませぬ。殿下達とお会いできたのも何かのご縁。どうかこの国とよりよい関係を結んでいただければ幸いです」
「私としても領主と知り合えてとても嬉しいぞ」
アリエルは握手を求め、領主はそれに応じる。2人の間には少々不気味な笑みが飛び交う。
「ほんっとに……」
アリエルの横に座るティアナから呆れたような声が呟かれた。
結局動けるようになったのは全てが解決された後であったため、騎士団に捕まった者を八つ裂きにするわけにもいかず、怒りの矛先を見失っていた。
そして他国の王女を攫って奴隷として扱おうとしていた罪で、奴隷商人達は捕らえられたその日のうちに王都に移送されていた。
アリエルは事前に奴隷商人達をはめる際、領主と打ち合わせたその直後には王都へと使者をおくっており、その報告を受け、直々に近衛騎士団が出向いてきたのだ。
「アリエル様。宜しければ私も王の御前に同席させて頂きたく思います」
「構わない。その方が好都合だしな……」
「その際は是非に……」
「分かっている。お互いに利益になるように運ぶから安心しろ」
「誠に感謝いたします」
お互いに硬く両手で握手をしながら不敵に笑みを浮かべて見つめ合う姿を、ティアナは窓映ったその光景に顔をしかめていると馬車が止まり扉が開かれた。
「うむうむ、中々の城だな」
外に出るや、アリエルは腕組みをして目の前の長い庭園とその先にそびえ立つ城を見る。
城の周りには水路が無数に流れ、庭園の植物は太陽の光を浴びて緑光に輝いている。
アリエルの横ではティアナが固まり目を輝かせる。
「はっはは。他国から訪れた方は皆同じ反応を示されますな」
「素敵ですね……」
「ペルセリカの王城と比べれば小さな城ではありますが、オラリアンに住む者にとっては誇りですね」
城を眺めていると門にいた1人の騎士が駆け寄ってきた。そしてアリエルとティアナの前で頭を下げた。
「ティアナ王女殿下。アリエル王女殿下。王都にようこそおいでくださいました。ご案内いたします。こちらへ」
騎士は数日前にフォークルの街に来ていた騎士団の隊長だった男。
挨拶すると騎士は歩き出しそれについていく。城の中に入るとティアナはキョロキョロと周りを嬉しそうに見回す。
上下左右、白を基調と基調とした内装は優雅さが感じられる。
ティアナは立ち止まるとしゃがみ込みうっとりと廊下を見つめる
「あんまりキョロキョロするな。ペルセリカの城も似たようなものだろう」
「ふっあんたもまだまだね。ペルセリカの城は純白の石柱が並び、大きな窓から見える街や森が見事に城の装飾と融合して、たしかに職人達の芸術的な仕事は感服よ。だけどこの城は違うわ。柱一本一本似ているようで全く違う装飾が施され、廊下を進むごとに、彫刻の天使達から物語でも囁かれている気がするわ、そして」
「さて……城マニアは放っておいてはやく案内してくれないか?」
置いていかれそうになると慌ててついてくるが、城について語るティアナの話しは終わらない。間に入れる余地すらない語りには領主や案内をしてくれている騎士ですらも面倒くさそうな視線を向ける。
そして聞いてもいない城についての情熱を一方的に聞かされていると大きな扉の中に入る。玉座が姿を現し、玉座には1人の人物が腰を下ろしている。
「陛下。ペルセリカの王女殿下方々をお連れしました」
「よくぞ参られたペルセリカの王女殿下方々」
「お初にお目にかかりますベルトラン陛下。ティアナ・フィン・ペルセリカと申します。こちらは妹のアリエル。父から親書を――なっ」
ティアナが胸に手を当てお辞儀をして挨拶して、手紙を出し前を向くとアリエルが一歩前に歩み出て腕を組み仁王立ちしている。
「堅苦しい挨拶は抜きだ。オラリアンは今回の件どうするつもりか」
「ちょっ! 申し訳ありません! 妹は少々常識が欠けておりまして」
「やめっろ! 縮む!」
「どうしてあんたはいつもいつも偉い人に突っかかるのよ!!」
「仕事もせずに偉そうでムカつくだろ」
血相を変えてティアナはアリエル頭を押さえつける。
「しっかり対処もしていただいているでしょ!」
「馬鹿か。アホ共を捕まえただけであって何も終わっていない。腐王ならば仕方がないがな」
「――ひっ……」
「聞いていた通りのようだな。そこまで言うのならば理由があるのだろうな」
「もちろんだ。これを見ろ」
そういうと紙の束を取り出し前に差し出す。
王は近くに控えていた騎士と目配せをした。
騎士はアリエルが取り出した分厚い紙を受け取ると王へと手渡した。
「これは?」
「例の奴隷商人の販売リストと組織内の帳簿。それとそこの領主がオラリアン内の貴族に転売していたリストだ。私のほうで不法に売られた者に印をつけておいた。分かっているだけでそれほどいるのなら潜在的にはもっといるはずだ」
王は目を丸くして紙を見ていく。
だが一番驚いていたのは王ではなく少し離れたところで控えていた領主だ。
「アリエル殿下! こっこれはどういうことか!? さっ先程お約束したではありませんか」
「確かにしたな。よかったな罪を償えるぞ。お互いにとって素晴らしいことだな」
「なっ……陛下! 騙されぬよう。この者はペルセリカの王女などではありません!! 白銀の耳に尾。それに人外の翼まで生やしておりました!!」
「ならこれを説明せよ。そなたの家の捺印ではないか」
「陛下! それは……盗難にあいまして」
王が指し示す紙の端には紋章の入った朱印が押されており、領主が言葉詰まらせるとほぼ同時に、王の命で領主は取り押さえられ、あっという間に連れていかれた。
王への助けを求める叫びとアリエルに向けられる怒りの叫びが交互に廊下に響き渡り続けた。
「まさかこれほど我が国が腐敗していようとはな」
静かになると再び紙に目を通す。
そして疲れ切ったため息を吐くと再び顔を上げた。
「それにしても少々お転婆か……これのどこが少々か」
「まだ私の用件は済んでいない。あの獣人の傭兵団を私にくれ。今回の件もなかったことにしろ」
「会って早々大問題を提示して今度はそれか……それは出来ぬな」
「何故だ!」
「他国とはいえ王族を奴隷としようとしたことは大罪だ」
「仕方がない。この国は数日中に滅ぶからその時に貰い受けようか」
「どういうことだ」
王は険しくアリエルを睨み付けた。
「私の父に奴隷商人に捕まり助けを求める手紙を出したんでな。今頃は出兵の準備でも進めているだろう。この国の王ならその意味を理解できるだろう?」
ペルセリカの王が王女を溺愛しているのは他国にも知れ渡る周知の事実。
一年前、城の晩餐会でティアナに求婚を求める他国の王子がいた。約一ヶ月間の間に毎日届く求愛の手紙に困り果てたティアナはフェルバートに相談した。
それが大事になるとも知れずに。
何も知らなかったフェルバートは激怒し、事もあろうに戦争の準備を始め、国の国境に戦力を展開した。しかしそれは開戦ギリギリのところで視察から慌てて戻ったランファニアによってなだめられ事なきを得た。
このことは他国の王族や貴族は恐怖に染まった。大国ペルセリカの第一王女との婚約は次期女王の夫という意味であり、息子や孫を婚約者にと考える者は少なくなかった。
そしてオラリアンも例外ではなく、それどころかティアナに求婚したのはオラリアンの王子。王はティアナの顔を見て思い出したのか更に青ざめた。
「これで掃除完了だな」
「待っ待たれよ。分かった。あの者達を引き渡そう」
「それはありがたいな。それなら滅ぶ前に頼むぞ」
帰ってきた答えが想定外だったのか、王は言葉をなくす。
「誤解させたようだが、私達にも止める事が出来ないぞ。もう手紙は出してしまったからな。滅ぶ前に引き渡すか、滅びながら奪われるかの違いだな」
王は言葉をなくし、近くに控える騎士達の表情も硬い。
「そんな事にはなりませんのでご安心下さい」
王の後ろにある垂れ幕から声が聞こえると、1人の人物が出てくる。
その瞬間、アリエルの笑みが吹き飛んだ
「シュリル……なぜお前がここにいる……」
「アリエル様にお渡しした魔道具に探知魔法を仕込ませていただきおおよそのことは聞かせていただきました。何やら企んでいらしたので丁度ウリエル様がミーシャ達を迎えにおいででしたので、ついでに転移していただきました」
笑みを浮かべているシュリルとは異なりアリエルは歯ぎしりしながら固まる。
「陛下。どうぞご安心下さいませ。我らが王もこの事態は把握しております。……少々取り乱してはおりますが、戦火を起すようなことは必ずならないことをお約束いたします」
「そうか」
「まっまぁ可愛い冗談だっただろう?」
必死に誤魔化そうとしているのがあからさまだが、アリエルは笑ってみせるが、シュリルは一切瞬きすらせずに凝視している。
「お話ししたい事はありますが後にしましょうか。今はそれよりも重大な案件があるようですので」
「そうだ! 奴隷商人達を私に寄越……くだ、さい」
今まで通り高圧的な態度で要求するが、飛んでくる殺気に近い視線に小さく言い直した。
「陛下。そのもの達の身柄はペルセリカに引き渡していただきたいのですがよろしいですか? こちらにて処罰致します」
「ちょっと待て! 処罰だと! 勝手に決めるな! 私はまだあいつらに用があるんだ……です」
目が合ったと同時に目が泳ぐ
「紛い成りにも一国の王女に手を上げたんです。尋問の後に処刑するのが当然の流れです」
「なっ、お前あのことを聞いたにもかかわらずよく言えるな!」
「なるほど……そういうことでしたか。余計にアリエル様の言葉を聞くわけにはいかなくなりましたね」
「は?」
「アリエル様もお父上様に詰問されたばかりなのにお忘れですか? 例えどのような事情、関係があろうとも、間違ったことは正さなければいけません」
「要は今回の件を正当化出来ればいいんだな」
再びアリエルは鞄の中をまさぐると紙を取り出した。
「またですか……」
「ほら、さっさと見ろ」
紙を上下にふり、催促されるまま、シュリルはアリエルから紙を受け取り、複数の紙を見比べる。
何かに気がついたような様子を見せて、腕を下げて大きなため息をついた。
「説明はいるか?」
「いえ結構です。何をおっしゃりたいのかは理解出来ました」
ティアナの言葉からは諦めに似た感情が感じ取れる。紙をアリエルへと返す。
「流石だな。んでどうする?」
「処罰は無しというわけにはいきませんが。処刑については考え直しましょう」
「当然だな。だがお前も人の事を言えないほど甘々だな」
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