第41話 奴隷商人の今後

かしらこれは一体」


 オラリアンの王都から少し離れたところ。

 草原地帯の真ん中に周りを高い塀で囲まれた場所がある。悪事を働いた者達を収監する収容所だ。

 何重にも囲まれた塀の中から、出てくる集団がいる。捕まったはずの奴隷商人達が釈放されていた。


 男達は想定外の事だったのか、何故釈放されたのか呆然と立ち尽くしている。

 黒龍を従えていたのと、オーバンに聞かされ、アリエルのことは王女だということは全員が分かっている。

 王族を奴隷にして売り払おうとしていたことを考えれば釈放されるなどあり得ない。


かしら最後にあの餓鬼と話していたことと関係あるのか?」


 オーバンは何も答えることなく。高く囲まれる最後の塀の門に向けて歩き出す。

 深刻そうなオーバンの一方。仲間達は顔を見合わせている。


 そして最後の門をくぐると声がかけられてくる。


「よう。ようやく出てきたか」


 門を出たところのすぐ横の塀に桃色の髪の少女がもたれかかっていた。


「これはどういうことだ。あの時仲間達の無事は約束してもらったが」

「気が変わった。てめぇの仲間はてめぇで守れ。子供達もあわせてな」


 アリエルの言葉にオーバンは目をカッと見開く。


「私を見くびるなよ。お前達が奴隷商売での利益を獣人の奴隷解放に使っていたのは分かっている」


 オーバン達の屋敷の地下に囚われていた少女達は全てが人間だった。獣人は忌み嫌われてはいるが外見的特徴である耳と尾以外に関しては人間と大差なく、それに加えて身体能力は常人の比ではないことから奴隷の比率の大部分は獣人によって占められている。


 それにもかかわらず売却する際の価格が安い人間のみしかいなかった。アリエルは疑問を覚え、何か不正の証拠の探すために漁った際に目を通した帳簿から更に疑問が募った。

 帳簿の内容と奴隷商人達が持っていた財産から支出と収益を比較すると得たはずの収益はどこかへと消えていた。


 そして人間のみを売買していたということから、街の修道院の孤児達を調べると、案の定修道院のシスター達はオーバンのことをよく知っており、獣人の子供をたまに連れてくるとのことだった。


「でも今回だけだ。次はないと思え」

「お前は何故俺たちを助ける」

「特に理由はないが、最近獣人と知り合ってな。そいつらと似たような色だったからな」

「色? なんのことだ……」

「ひとまずはぶっ殺されなかったことを大いに感謝しろ。何もなければ私の魔法の的になるか、剣で真っ二つだったんだからな」

「もうこの商売からは足を洗うつもりだ。貴族にいいように使われるのはもうたくさんだ」


 アリエルは左斜め下に視線を向ける。

 そこには足を両手で抱えてティアナがまぶたを赤くしながら不機嫌そうにしている。

 昨日王との話を付けた後、釈放されると聞き、ぶった斬ると叫んでいたところ、シュリルに2人仲良く夜通し説教を受ける事になった。


「お前な……そんななら付いてくるなよ」

「そんなこと言ってっ、逃げる気なんでしょ……」

「命令権全て、逃げるなって命令してんだろうが」

「あと……私のことはお姉ちゃんと呼んでもいいのよ?」

「そんな屈辱を受けるぐらいなら舌噛んで死んだ方がマシだな」

「昨日呼んでたじゃない!」

「それはこいつらを油断させるための演技だ! 面倒くさいから大人しく落ち込んでろ!」


 教会でのアリエルが油断させる為に演技をしていた際にお姉ちゃんと呼ばれたことが気に入ったのか、ティアナは何度もそのことをむしかえす。その度にアリエルの表情は曇っていた。


 2人がにらみ合っているとオーバンが口を開いた。


「結局お前は何者なんだ」

「私か? 何者? 姫だが?」

「……あの耳と尾だ。それにあの羽はなんなんだ」

「……お前達ならいいか」


 呟くと白狐へと姿を変え、九本の尾が揺らめくなか、ふわっと純白の翼が現れた。


「ん? はぁ!? 何だこれは!!」


 左右に首を振り、後ろを見る。

 純白の翼が今までの6枚から左右に4枚ずつに増えていた。

 背中から揺らめく九本の尾と翼。オーバンとその仲間達はパニックになっているアリエルとは対照的に言葉を無くして見つめる。


「どうして増えるんだぁあ!!」


 一心不乱に羽を引っこ抜こうとする。目からは怒りが感じ取れるが口元は緩みそうになるのを必死に我慢しているかのような、不思議な顔をしている。


「あんた……自分で触ってもくすぐったいわけ?」

「もういい……」


 アリエルはティアナの前で姿勢正しく座ると背筋を伸ばし、羽をピンっと伸ばし、尻尾を前に回した。


「ティア。やれ」

「何を……?」

「この忌々しい羽を切りおとせ」

「はぁ? 嫌よ! 自分でやりなさいよ」

「自分で切るなんて怖いこと出来るわけないだろ!! それにお前……人を切りたくてうずうずしてるんだろ?」

「人を快楽殺人鬼みたいに言わないで!!」

「大丈夫だ。傷は白狐の力で治る。さっさとやれ!」


 アリエルは姿勢正しいままに頭だけを下げて目を瞑る。


「というか……傷が治るなら羽も治るんじゃない……?」

「え……」


 アプトランでウリエルに天使の翼についてはミーシャがウリエルを質問責めにしていたのを聞いていた。

 あくまでも翼は天使の力が具現化されたものであり、正確には身体ではない。

 翼自体はどんなに傷がつこうが身体を流れる神聖な魔力が修復するらしい。

 実際アリエルの魔法で焼けたウリエルの翼はその日の晩には完全に治っていた。


「でもやれと言うのなら仕方がないわね」


 ティアナは渋々剣を抜くと大きく振りかぶった。動揺するアリエルにお構いなしに振り下ろす。

 剣がアリエルの背中を通過する直前に翼が勢いよく、尾と同様に身体の前に回った。


「なによ。切って欲しいじゃないの?」

「やっぱりいい……この呪いはタチが悪いな」

「あんたの方がタチ悪いわよ。そんなことより……」


 オーバン達は2人のやりとりを唖然としてみている。


「忌々しいことに私は天使らしいぞ。耳と尾は天使の力なのか加護なのかはよく分からん」

「もしかして……本当に存在するのか。いや、あれは本物の天使だったのか?」

「あれって……お前天使に会った事があるのか!?」

「魔族領にいた時に酒場で声をかけられてな」

「魔族領に天使!?」


 顎に手を運び少し考えじっとオーバンの顔を凝視すると口を開く。


「……1000年位前か?」

「……5年ほど前だ」

「その天使だが、羽は12枚。外見は金髪碧眼の女で、大きな目で少しつり目。毎日男に股開いてよがってそうなエロエロな容姿。性格は最悪。口調は高圧的。すぐに手が出てくるクソゴミ天使か?」

「……よく分からんが、恐らくその天使だ」

「あんた……よく自分の師匠をそこまで言えるわね……バレたら殺されるわよ」

「人の心を読む陰湿な覗き魔を正確に確認しているだけだ。私は何も間違ったことは言っていない……ぞ……」


 アリエルの後ろにいたティアナが小さく悲鳴を上げると同時に、何者かがアリエルの頭を後ろから鷲掴みにした。


「覗き魔の尻軽女か、相変わらずいい度胸だ」

「ひぃっ! クソ天使なんでここにっい」


 短い悲鳴を残し、アリエルは地面に倒されると。腰をグリグリと踏まれる。


「何しに来たんだ。ク……師匠」

「転移させた小娘のお付きの騎士を転移させたついでにお前らに頼みがあってな」

「こんな仕打ちを受けて、やるわけないだろ!」

「先程口走ったこと全て忘れてやるからやれ」


 踏まれながら提示された内容を鼻で一蹴する。


「何百年も前のことをくよくよ、めそめそするような師匠が忘れるわけないだろ。寝言は寝ていえ」


 ウリエルの雰囲気が一気に変わり翼が僅かに輝き出す。雰囲気に気圧されたのかティアナは後ずさりする。

 アリエルの尾がウリエルに襲い、ウリエルは飛び退いた。


「やる気か?」

「いい機会だ。焼き鳥にしてやるよ」

「こっちの台詞だ馬鹿弟子。私に勝てるとでも思っているのか?」

「羽が増える呪いを気にしなければ、クソ天使を焼き鳥にする事は可能だぞ」

「確かに、ティアナが完全覚醒したんだ。お前の意識次第で完全に覚醒するようだろうが、私の言いたいのはそこじゃない。今のお前じゃ一般天使にすら弄ばれるだろうさ。天使とお前の違いを考えてみろ」

「は? 何を言ってやがる。さっさとぶっ殺されろ……」


 強気で語る口調は次第に弱くなっていく。


「まさか……」

「お前断絶結界使えないだろ?」

「いや……だが同格の天使なら大丈夫なんじゃ」

「断絶結界は一応天界の秘技だ。使えるもの同士なら効果はないが、習得していない奴には破れっこないぞ」


 アリエルは無表情で固まる。


「安心しろ。馬鹿でも可愛い弟子だ。殺す事はないよ。ただ死ぬほど笑ってもらうがな」

「ふっ」


 小さく笑う。

 そしてウリエルに向かって歩き始め、手が届く距離に来ると勢いよく地面に両膝をつき、頭も地面につけた。


「お師匠様お許し下さい。それと私に断絶結界を教えて下さい!」

「本当に悪いと思っているのか?」

「モチロンです」


 少しだけ裏返った声で返事をしたと同時に、ウリエルはアリエルの頭を踏む。

 グリグリと踏めば踏むほどアリエルは肩を震わせる。反省から来ているものではない事は力の入った腕を見れば明らかだ


「あれ〜おかしいな。反省しているんじゃないのかぁな? お師匠様の事をぶっ殺してやるときこえてくるぞぉ? ん?」


 アリエルの頭を踏みながら、ウリエルは視線を集めていることに気づいてオーバン達を見る。


「なんだお前ら? 私に見惚れてたか?」

「フィルラさん、知り合いなんじゃないんですか?」

「いや、知らんよ」

「あれ?」

「ティア無駄だぞ。師匠の記憶力はゴブリン以下だからな」

「ほーう。……いやまてよ。……お仕置きしたい所だが今は勘弁しておいてやろう。これは貸しだからな。忘れるなよ貸しだぞ」


 恩着せがましい言い方をすると頭から足を外した。

 アリエルは足がどくと、立ち上がり砂を払う。


「そういえば5年前に魔族領で何していたんだ?」

「5年前か……確か元勇者の子孫達に声を掛けていたか?」

「私に聞くな……と言うことはこいつらに稽古でもつけようとしてたのか?」

「天使に勧誘していただけだ」

「勧誘!? 人間が天使になれるのか!?」


 アリエルだけではなく、話の流れについていけてなさそうにキョトンとしていた、オーバン達にも動揺が広がる。


「でもお前らがこうしていると言うことは断ったということだよな」

「あれは本当に天使への勧誘だったのか……」

「師匠どう言って誘ってるんだ」

「ありのままに誘っているだけだ……私と一緒になって神に仕えないかと。証拠になるよう羽も出してな」

「酒場で羽を生やした奴にいきなりそんなこと……どんな娼婦だよ! ふっはははは。怪しすぎだろ! はっははは。何の誘いだよ?」

「…………」

「ふっふふ。誘いに乗った奴はいたのか?」


 お腹を抱えて爆笑する姿にウリエルは重く口を開く。


「一人も……」

「だろうな。ふっはは。勧誘出来ていたらアホ天使ばかりになっただろうな。ふっはは。アホの集団に祈りを捧げる人々。滑稽だな。そんなふっふはっむぐぅ」

「黙れ。殺すぞ」


 口を押さえられ邪悪な笑みを浮かべて覗き込んで来る姿に、笑みが消えた。


「なんなんだお前らは……俺たちはもう行っていいんだな。奴隷商売からは足を洗うことは約束しよう」

「まっ、待て! 仕事ないんだろ? 私が紹介してやる」

「確かにないが……」

「ちなみに拒否は受け付けないからな。まぁ、ふっ、安心しろアホ天使になれってわけじゃない」

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