リメイクブレイズ

宮野ほたか

第1話 魔王になりたい

魔王。


 数々の物語で語られるそう呼ばれる者は、残虐の限りを尽くし、世界の全てを手に入れる。

 全ての物語で魔王は勇者に倒されその生涯を閉じる。


 それは決まった運命にすら感じる


 魔王が弱いのか

 勇者が強いのか


 物語では例外なく魔王の住む城まで勇者に攻め込まれ、そこで死闘を繰り広げ幕引きになる。


 自身の城まで攻め込まれるまで動かない魔王は何を考えているのだろう。自分自身が最大戦力のはずなのに最後の最後まで引きこもっているなど、どれだけ力が強かろうが全ての魔王に共通することは、一概に全員馬鹿ということだ。


 俺ならばもっとうまくできる


 俺ならば未来永劫続く魔王の泰平の世を、ハーレムを築くことができる



 そう考えた年若い魔道士がいた。


 その魔道士は導師、大賢者、マナを司る者。若くして国を代表するほどの魔道士。魔王になりたいと強く思うようになったのは、物語のお決まりな魔王の最後を勇者のパーティーの魔道士として参加した際に目にした時だった。


 魔王を討伐してから、国から莫大な恩賞を受け取り、何不自由なく生活はできていた。しかし、遊んでみたり、出かけてみたりしてみたが、自身の中の感情は強くなっていく一方。仲間達は結婚し、子供ができ、幸せな家庭を築く中、男は1人、何年も魔法の研究に打ち込んだ。


 魔王を討伐して10年余りの歳月が経過し、埃が舞う研究室で男の絶叫に近い歓声響き渡った。


「あああぁああ。できたぞ! この理論ならいける。あとは素材か……ここからは慎重に進めなればならないな」


 完成した魔道の理論は王国では最大の禁忌、闇の呪術に属している。もしも見つかれば魔王討伐の功績など何の考慮もされないまま絞首刑になるのは間違いない。


「金はあるし人脈もある。問題はないな」


 すぐに男は呪術に必要な素材を冒険時代に知り合った非合法な物を取り扱う商人に声をかけまくった。


 まずはユニコーンの角。


 森の聖域に住むと言われ、災いから人々を守ると言われている神獣の角だ。力はそれほど強くはないが、国によっては王家の家紋などに刻まれているほどだ。持っているだけで首が飛びかねない代物だが、人脈に恵まれ直ぐに手に入れることができた。他にもユニコーンの角と同格の品を集めていき、研究室に呪術の素材の品々が揃ってくるほどに、男は焦っていった。


 たまに男のことを心配して昔のパーティーメンバーが研究所に尋ねてくるのだ。その度に慌てて隠していたが、うっかりユニコーンの角を見られてしまった時は、レプリカと押し通した。


 見たことがない者であればそれで済む話だが、冒険時代にパーティーメンバーとユニコーンの角を刈る者を捕まえたことがあり、実物を見たことがある者にその言い訳がうまくいっているとは思えない。


 だが残る素材は最後の竜王のたてがみの一つのみ。しかしこればかりは密猟者といった者ではどうすることもできない。


 昔仲間と竜王と戦った際は勝負にもならなかった。さすがに1人で挑むのは自殺行為だ。だからと言って仲間に頼ることもできず男は途方にくれていたが、そこに耳寄りの情報が入った。


 どうやら竜王のたてがみが王国の闇のオークションに出されるらしい。


 その品の出所を探ると、出品者の名は昔竜王に戦いを挑んだ時にお世話になった山の麓の村長みたいだった。男は王都でオークションの前に村長に会い、最低落札価格の数十倍、自身の資産全てと竜王のたてがみを交換することに成功した。


 王都から研究所に戻り直ぐにしまいこんだ素材の数々を床に並べ、全てを並べ終えるとナイフを手にした。


 その瞬間、急に部屋の扉が開いた。


「いけいけいけ!」


 騒がしい声と共に兵士が流れ込んでくる。


 そして目の前には見知った顔が立っていた。兵士達の前で剣を構えた女性が眉を顰めている。


「勇者か久しいな」

「お前は何をやっているんだ! これはなんだ!」

「私などのことは気にせずに、さっさとどこかの貴族の求婚でも受ければよいものを。早くしないと売れ残るぞ」

「おっお前には、かっ関係ないだろ!」

「たしかに……もう私には関係のないことだな。私の悲願はここになる。この世界とは別の世界で私は魔王になる!」

「魔王だと! 気でもふれたか! まぁいい、投降しろ! 何を考えているか知らんがあたしがなんとかする! お前も王国のためにつくせ!」


 男は笑みを浮かべながらナイフを構えた。


「よせ。お前の剣の腕は知っている。大人しく投降しろ。全てあたしに任せるんだ!」


 必死に説得してくる仲間を前に男はナイフを少し下げ、悲しげな表情を浮かべた。

 次の瞬間自身の手首に強く押し付けると強くナイフを振り下げた。


「なっ馬鹿! なにしてっ……なんだこれは……」


 女性は男からナイフをもぎ取ると切り裂かれた手首を取った。

 男の手首から流れ出た鮮血が床に落ちると、床の石に薄く掘られた溝を伝い、魔法陣の形を成すと紫色に輝き始めた。


「勇者。本当にすまない。私は……魔王に魅せられてしまった。もうこの思いを抑えるのは不可能だ」

「ふざけたことを言わないで! さっさと傷を見てもらえ。罪ならば魔王討伐の旅で精神を病んでしまったということで十分に――っ」


 そう言った直後に魔法陣から溢れ出る光に周囲が覆われた。

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